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色なき風と月の雲 2



今日は珍しく、女性が多い現場に呼ばれた。
今まで何度か行ったことはあったが、いつもより気合が必要である。


自担グループではないが有名海外アイドルのコンサートなので、周りのスタッフはとても美意識が高いのである。


一人だけ浮くのは良くないと思い、普段はあまりしないメイクをする。

薄く下地やファンデーションを塗り、唇に色をのせる。アイメイクは薄いブラウンとラメ、マスカラをつけてくるんと睫毛を上げた。

汗でメイクはすぐ崩れるので、崩れていても分からない程度の薄さにする。

化粧品の独特な香りに包まれ、少し気が引き締まった。メイクが本日の戦闘服。



─じゃあ、いつものお願いします

ホテルの部屋についてすぐ目の前にいる人に伝えると、慣れた様子でするすると指輪を外し私に渡してくる。

呼ばれた部屋は、私の家の倍以上はあるだろうか広すぎる部屋だった。

「それじゃ、こっちきて」

そう言った彼に手を引かれ奥の方にあるベッドへ向かう。さっきまで舞台で歌って踊っていた人が今、目の前にいる。

そのまま流れるように押し倒され、たくさんのキスが降ってきた。


「ねぇ、好きって言ってよ」


「あいしてるよ」


いつものやりとり。いつも好きとは言ってくれない。

毎回返ってくる〈あいしてるよ〉という言葉は、いつもファンに言っているものと何ら熱量が変わらないもの。すぐ思ってもいないなと分かってしまう。

いつまでも触れられない唇に寂しさを覚え、彼の顔を引き寄せてキスしようとしても、顔を逸らされてしまった。


私だって別に好きなわけじゃない、好きになってほしいわけでもないが毎回こうなっているのだから少しでいいから愛を感じたい。愛されていない、都合のいい女である自分が嫌になる。



「寝顔は可愛いのにね」

眠ってしまった彼の額にそっとキスを落とし、足早に部屋を出た。



終電もないのでふらふらと東京の街並みを見ながら家へ向かう。このきれいな光には、それぞれ色んな物語があるんだろうな。どんな人たちが生きているのだろう?きっと出会わないであろう人達におつかれさま、と心のなかでつぶやいた。



夜も眠らないこの街は、ふらふらと考え事をしながら歩くには適している。


私はこれからどうしたいのだろうか、どうなりたいのだろうか。かつての同級生達や同世代の人達が徐々に前へ進んでいるのに、自分は未だに何も変わっていないような気がしてしまう。


舞台で演じることは楽しいが、本当にこのままで良いのだろうか。このまま続けていけるのだろうか。


そんなこんなでいつの間にか家に着いていた。ほんのり汗ばんでいたのでシャワーを浴びると、服で隠れる場所に小さな赤い花がいくつも咲いていた。

─ほんと、何やってんだろう

毎度のごとく、自己嫌悪に襲われる。


貰った指輪をカラン、とグラスに入れる。
また自分が汚れてきているように思えてしまう。

鏡の前に並べられたグラスの中にはメンズの指輪などが入っている。

自分の指には大きすぎるそれらは、今回のように相手をする対価として貰ってきたものだ。

グラスをひとつ掴み、傾けるとカランと音がする。



いつからだったのだろうか、こんなことを始めたのは。

最初の頃はお断りしていたけれど、何度もしつこく誘われて断るのも面倒になってきたので応じることにしてしまった。


自分を大切にしろとか自分の意志はないのかと思われたりするだろうが、綺麗な顔を至近距離で拝むことができ薄っすらと自覚していた自分の欲を満たすこともできるのでそんなに悪くはないと思ってきた。

少なくともこの関係をリークするつもりはないし、P活のようにお金目当てでもない。お互い文句は言わないし、プライベートには踏み込まない。


ただ、何も無いよりは自分の目に見える証が欲しかった。


同じように数人とも関係をもったが、身体は満たされても心は満たされない。

─いつまでこんなこと続ければいいのかな





オリジナルのフィクション小説です。

題名を 「色なき風と月の雲」に変更いたしました。
「初めて書いた物語」を少しだけ編集し直しました。

2023年5月14日 美浜えり





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