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【読書】新自由主義=エリート階級による独占体制

新自由主義/ネオリベラルという言葉が使われはじめて久しい。欧米ではイギリスのサッチャー首相、アメリカのレーガン大統領、日本の小泉改革がすぐに念頭に浮かぶが、真剣にネオリベというものを理解するため手にしたデヴィッド・ハーヴェイの書。

要約

  • 埋め込まれた自由主義embedded liberalismの代替案として登場し70年代から政治社会の主流になっていくのが新自由主義。

  • 個人の自由は市場取引の自由や私有財産権の保護によって保証される、というのが新自由主義の根本的原則。

  • 人の自由とか財産権保護など綺麗事を振りかざす新自由主義者たちだが、実際やっていることは、エリート階級(勝ち組)による非エリート階級(負け組)の搾取。




1.本の紹介

本のタイトルは「A Brief History of Neoliberalism」(2005年刊行)で、邦訳は「新自由主義 その歴史的展開と現在」(2007年)。

著者はイギリス人地理学者で政治経済学や社会理論学者のデヴィッド・ハーヴェイ/David Harvey(1935ー)。ケンブリッジ大学にて地理学博士号取得、オックスフォード大学教授を勤め、ニューヨーク市立大学名誉教授。

デヴィッド・ハーヴェイさん

ご高齢にも関わらず結構メディア出演されてtalkしてらっしゃる様子。生の声を聞くことを大事にしている私としては、とてもありがたい。

新自由主義体現しているのは、個人の自由なんかではなく、強者の独占/モノポリーだとする著者の分析。

2.本の概要

新自由主義/neoliberalismに関する理論的バックボーンや歴史的背景について掘り下げた内容。

2.1 埋め込まれた自由主義embedded liberalism

世界大恐慌から第二次世界大戦を経る文脈で、社会民主主義的な、あるいはキリスト教保守民主主義的な政治体制が、欧州を中心に形成されていく。経済・財政的には、ケインズ的な積極財政による経済成長と完全雇用を目指すこれら国家に共通していたのは、必要があれば市場にも介入する強い政府の存在で、この政治・経済体制を埋め込まれた自由主義embedded liberalismと呼ぶ。

Embedded liberalismの特徴は、市場や企業活動がしっかりと規制され、国にとって重要なセクター(例: エネルギーセクターや自動車セクター)については、政府の管理下に置かれることも稀ではない。

2.2 新自由主義の勃興

逆に新自由主義的国家に置いては、これら規制市場原理を歪めるとして撤廃される。それは国内のみの話に留まらず、国境を越えたモノやサービス、資本の移動も同様であり、関税や非関税障壁の撤廃による自由貿易の促進国際資本の移動の自由化、それによる経済成長という話に繋がる。

理論的には、個人の自由は市場取引の自由や私有財産権の保護によって保証される、というのが新自由主義の根本的原則。下記著者の言葉がそれを集約している。

Neoliberalism is in the first place a theory of political economic practices that proposes that human well-being can best be advanced by liberating individual entrepreneurial freedoms and skills within an institutional framework characterized by strong private property rights, free markets, and free trade.

出典: 本書、pp.2

そして、政府の役割は色々と施策を打ち出すことではなく、私有財産権の保護と健全な市場機能の担保、それに必要な制度の確立(例: 軍備、防衛、警察、法整備等)。

The role of the state is to create and preserve an institutional framework appropriate to such practices. The state has to guarantee, for example, the quality and integrity of money.
… 

出典: 本書、pp.2


元々は、オーストリアの経済学者フリードリヒ・ハイエクと一握りの経済学者や歴史家、哲学者らが創設したモンペルラン・ソサイエティー/Mont Pelerin Societyに端を発する。

フリードリヒ・ハイエク(1889-1992)

同協会の新自由主義的学者リバタリアンらは、個人の自由を大原則とする自由主義を政界に広げ、共産主義と計画経済、ケインズ的積極介入主義に反対することを目的とした政治団体で、財界や政界の支持(例: 富裕層、ビジネス界)を集めていく。1970年頃には政界の中枢にまで影響を及ぼしはじめ、米国や英国のシンクタンクらも新自由主義的論調を展開、学会でもミルトン・フリードマンらシカゴ学派が大きな影響力を持つように。そしてハイエクとフリードマンは各々ノーベル経済学賞を受賞。

※フリードマンの著作概要は以下

従来の自由主義と新自由主義の決定的な違いは、後者が社会的弱者の自己責任論を、徹底追求するところ。カネを貸して借り主が返せなくなったら、どんな理由があろうが借り手のせいなのが新自由主義、貸し手にも、一定の責任があるとするのが従来の自由主義となる。

アメリカではカーター政権(1977~1982)やレーガン政権が、慢性的なスタグフレーション対策として、規制緩和に着手。イギリスでも、首相となったマーガレット・サッチャーがスタグフレーション対策として大胆な金融・社会政策改革に着手、労働組合の弱体化、社会保障の削減、福祉国家の縮小、国有企業やサービスの民営化、企業減税等を実施。当時サッチャー首相が放った有名なフレーズは下記。社会連帯という考えは解体、個人主義、私有財産、自己責任という考えが、社会的通念に。

No such thing as society, only individual men and women

サッチャー首相の言葉(出典: 本書, p. 23)

無論、これらの新自由主義的原則は、IMFや世銀、WTO、他金融機関を通じて世界中に輸出、特に債務危機などに陥った国に対しては、国際支援を与える対価/条件として規制緩和、貿易自由化等を突きつけていった。

2.3 新自由主義の結果

新自由主義的政策の断行の結果、格差の拡大や金融市場自由化によるリスク拡大など様々な弊害が指摘されている。

著者は、新自由主義化は、経済成長のための経済政策等ではなく、一部の経済的エリート(例: 資本家、起業家、多国籍企業)階級の利益や特権を反映した、極めて政治的なプロジェクトであるとしている。世界の資本蓄積には資する策ではあるが、その富は社会に分配されず、一部の人間の手に行く、それを自由だの自己責任だの個人の財産といった原則論で、正当化するのが、新自由主義の正体であるといっている。

3.コメント

新自由主義について深く掘り下げた内容だが、本書に入る前に、そもそも自由主義ってなんだっけってことを知っていると、もっと理解が深まる気がする。フランシス・フクヤマの「自由主義」がおすすめ。

※自由主義の全てがわかる一冊

そして著者が強調しているのは、個人の自由とか財産権保護など綺麗事を振りかざす新自由主義者たちだが、実際やっていることは、エリート階級(勝ち組)による非エリート階級(負け組)の搾取である、ということ。

ちょっと話はずれるが、例えば奨学金を借りたはいいが、まともな職に就けず返せなくなってしまった人々が大勢いる問題。その人々を自己責任という考えで片付ける風潮があるが、これもやはり新自由主義的考えなのだろう。私からすれば、むしろ貸し手の問題な気がする。

最後に一言

ちょっと深い内容なので、万人におすすめとは言いがたい一冊。ただ、「自己責任」という言葉が飛び交う昨今、その考え方がどこから出てきたのか知るためには良い本。

本記事は、あくまで私がポイントだなと思った部分のみ書き出しまとめているだけです。この概要記事がきっかけとなり、この本に興味を持っていただけたら幸いに思います。


併せて、他の記事もご覧いただけたら幸いに思います。


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