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バスケ物語

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バスケ物語 ep.1

バスケ物語 ep.1

     一

 そのボールは、きれいな弧を描いてゴールに吸い込まれた。
「よし」
 放った少年が呟く。彼が操っているボールは、バスケットボール。誰もいない朝の体育館で、自分の思うままに体を動かし、ボールを放つ。少年が放つシュートは、めったに外れなかった。
「さすがやね、宮尾」
 そこに少女が近付いてきた。上下、学校で定められている体育着で、肩にかかるほどの髪を後ろで結わっている。
「今日、始業式

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バスケ物語 ep.2

バスケ物語 ep.2

「明日から――」
 その日の夜、宮尾は尾崎に電話をしていた。
「星野も朝練に来ることになったから」
「ええー?」尾崎は明らかに驚いた調子で言った。まあ、驚くのも無理がない。
 あの後、宮尾は自分が毎朝、尾崎と朝練をしている話をしたら、自分もバスケがしたい、と申し出た。おとなしい性格なのに、意外と大胆な所もあるんだな、と驚いたが、OKした。
「いつの間に仲良くなっとったん?」
 まだ、来て一日しかた

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バスケ物語 ep.3

バスケ物語 ep.3

 今日の体育は、サッカーだった。特に苦手なスポーツがない宮尾は、サッカー部の男子と息の合ったコンビプレーを見せていた。
 休憩になって水飲み場に一人で向かうと、体育館から甲高い声と、小気味のいい羽根の音が聞こえた。開けっ放しのドアから覗くと、女子がバトミントンをやっていた。何回も続くわけじゃないから物足りない部分もあったが、楽しそうだった。
 運動神経が女子の中で抜群の尾崎は、拾うのが難しい羽根を

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バスケ物語 ep.4

バスケ物語 ep.4

     五

 教室は騒がしいことになっていた。先生がいるのに騒がしいのには理由がある。毎年、桜の面影が消えて、夏が顔を覗かせ始める頃、体育祭が行われる。この行事に対する思いは様々に錯綜していて、こと種目決めになるとそれぞれの本音が見え隠れする。
 学級委員が前に出て種目を決めていくが、譲らない人が多く、かなりの時間を要していた。
 そんな光景の中、宮尾は頬杖を突いて傍観者に徹していた。
 宮尾

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バスケ物語 ep.5

バスケ物語 ep.5

 プログラムは午後の部に入る。
 午前の結果、得点は一位が村瀬らのA組、以下平岡らのC組、宮尾らのB組となっており、逆転優勝をB組が狙うのなら、得点が大きいスウェーデンで勝っておきたい所だろう。
 走順は宮尾と平岡が同じ八走目、二つ前を長谷部、一つ前を星野、三つ前を尾崎、二つ後を村瀬と佐々井が走る。最後の二人はアンカーではなく、共に陸上部の部員に譲っている。
 空に響き渡る号砲でリレーがスタートし

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バスケ物語 ep.6

バスケ物語 ep.6

 西桜ボールで後半がスタートした。平岡が運んで、前を走る佐々井に判断良くパスした。佐々井も迷わず、スリーポイントシュートを放った。そして、ネットを揺らす心地良い音を鳴らした。
 西桜9―44山茶花
 山茶花ボールでリスタート。コートの外から松本が松下に投げた。ここで上手く気配を消していた佐々井がパスコースに現れ、カットした。ドリブルして、わざわざスリーポイントラインまでさがり、そっからシュートを放

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バスケ物語 ep.7

バスケ物語 ep.7

 合宿二日目。前日と同様のメニューがこなされたが、その後にとっておきのイベントが用意されていた。
 夜、全員が体育館に集められた。
「よし、揃ったな」
 村瀬が前に出た。そしてどこかへ駆けていって、しばらくして学校の全ての電気が消えた。一年に動揺が走る。
「え、本当に何も見えない」
「これでやったら危なくないか」
 皆、これからなにをやるのか知っている。――きもだめしだ。
 宮尾も辺りを見回した。

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バスケ物語 ep.8

バスケ物語 ep.8

     十

 睡蓮高校は都内最強の高校と言われ、毎年のように全国大会に顔を出している。
 金子がそこのバスケ部と名乗ったから、宮尾は興味を覚えていた。どのくらいの実力があるのか。自分との差は大きいのか、小さいのか。
 数分間の勝負だったが、その実力は分かった。スピード、ドリブルのキレ、シュートの正確性、隙のないディフェンス、どれをとっても格の違いを痛感させられた。それでもスコア的には差がつかな

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バスケ物語 ep.9

バスケ物語 ep.9

 二学期がやって来た。
 夏の大会は終わった。次は十一月の秋の大会。
 その前に学校では行事がある。九月下旬にある文化祭だ。西桜の一文字を取って「桜蘭祭」と言われる。
 皆はりきってクラスの出し物や部活の出し物の準備に励んだ。
 宮尾のクラスでは縁日を教室の中で開くことになっていて、ヨーヨー釣り、線引き、輪投げ、射的などを放課後、製作していた。
 宮尾はこの行事が嫌いで、表面上は黙って働いているが

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バスケ物語 ep.10

バスケ物語 ep.10

 寒椿のエース、三年の小松俊平。彼は中学時代から、かなりの実力者として全国的にも名を馳せていた。
 睡蓮のエース、植松達とはかつてのチームメイトだった。二人で無名だった秋桜中学校を全国優勝に導いた。しかし、MVPは――どちらがなってもおかしくなかったが――植松だった。
 そして高校進学の際、二人は寒椿高校に入る約束をしていたにもかかわらず、植松は掌を翻すように睡蓮行きを決めた。多額の裏金が譲渡され

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バスケ物語 ep.11

バスケ物語 ep.11

     十四

 結果から言うと、宮尾は佐々井に負けた。くじ運の悪さの責任を押し付けられたが、それ以上に負けたことが純粋に悔しかった。
 その後も期待に応える形で、白熱した試合が続き、その熾烈な優勝争いを勝ち上がったのは、九クラス中で唯一、男子バスケ部員が長谷部、岩田と二人いる二年A組だった。
 こうして、球技大会も終わった。

 宮尾の心には、また悔しさが積み重なった。もっと強くなりたい、そう

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バスケ物語 ep.12

バスケ物語 ep.12

 夜も更けてきたが、街を彩るイルミネーションが幻想的で、今日の夜は無限に続く気がした。
 駅前で星野と待ち合わせた。電話越しの声は特別、驚いた様子もなく、「いいよ」と呟いた。どんな状況で電話を受け取ったのか気に病んだが、今さら乗りかかった船も同然、やるしかない。
 先に着いて心を落ち着かせる余裕が欲しかったが、星野はすでに来ていた。白いマフラーに口元をうずめて、小さな鞄を持った両手を寒そうにさすっ

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バスケ物語 ep.13

バスケ物語 ep.13

 持田が交代で入った。この持田と佐々井の代わりで入った岩田は、三年生が抜ける次の大会からスタメンになる可能性が高いので、ここで経験が積めると考えれば悪くない。
 しかし、相手は文句がなさ過ぎる。あっさりと小松にレイアップを決められ、また点差が縮まった。
 西桜45―36寒椿
 その後、宮尾のスリーなどで突き放しにかかったが、小松と島田の勢いを止められず、気がつけば二点差まで迫っていた。
 西桜54

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バスケ物語 ep.14

バスケ物語 ep.14

 村瀬からボールが渡された。目の前には金子。宮尾は抜くしかない、と心に決めた。
 目で四人に合図を送る。宮尾が動き出したら、四人が相手の他の四人を防いで、ゴールへの道を開けるように。これは、簡単なことでは決してない。体格で上回る清水と飯岡、技術で凌駕する植松と草野、長く抑えることは不可能だろう。
 一瞬でいい。一瞬で、宮尾はゴールまで飛んでやると誓った。
 そして、動いた。
 まずシュートフェイク

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