結婚してから7年間、お小遣いは1000円だった極貧時代

起業して5年、今私のお気に入りはタグホイヤーの時計だ
起業した年に初の海外旅行にグアムにいった。
30歳で初の海外だ・・・
その時、デューティーフリーで初めて高級時計を腕に巻いた、それがタグホイヤーだ、初めてのタグホイヤーは日本円で約30万円の海外限定時計で欲しかったが諦めた、まだ起業したばかりだし・・・
そして、2019年初めて3万を超える時計を購入した。
それがタグホイヤーのカレラで80万だっ

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BABEL初の本気PV、その費用!

私の半生とは全く別の話ですが

2018年にBABELを結成して、楽曲を作りレーベルを作りプロモーションビデオを作成し配信で販売、DISCを販売、簡単な告知広告を行う。という作業を私中心に行った時の話です。

楽曲の作成

私はバンドのボーカルで作曲・作詞の両方を担当しており、MACのソフトLogicproを利用しギターと簡単なドラムパターンで曲のイメージを作成します。そのあと、あるきっかけで知り

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自分の会社が始まる!考え方だけで初年度から黒字だった理由

2015年8月法人ではなく、個人事業として「CONNECT」を始める。

最初は私一人で、遅れて1ヶ月後井関も合流し二人で代表が私の二人体制で事業を始めました。

役割は私がコンサル/ディレクターで井関がデザイナー
最初のクライアント様は化粧品会社2社で月の売上は60万円でした。

私は前職や関係のある人間にアポイントを入れて起業した挨拶と紹介の斡旋を行い、井関は交流会に参加し自社の事業の紹介とそ

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初めての鬱病発症

ここからが僕とECの出会いです
2012年私は前職携帯ショップから大手食品ECモールへと転職をします。
前職で300万の年収は420万に!
ですが、その企業に私は1年弱しかおりませんでした。

私はECコンサルティング部の所属となり、200店舗以上のコンサルを行うようになるのですが。
何より、出社して初めて思ったのは、本当に何も教えてくれない・・・
ノウハウなんか自分で作るんでいらない!・・・です

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中学時代の罪

さかのぼって、13歳中学1年生
私は罪を犯した。

小学生の頃から、周りの過程にはプレイステーションやセガサターンなどゲームを所持していた。
ゲームのある家には人が集まる!といっても過言ではない。。。
それは今も昔も変わらないかもしれない、私はどちらも持っていなかった。

それに踏まえ私は幼少の頃(今もかもしれないが)性格が悪いのもあり、友達が少なかった。

だから小学校高学年の時にはいつも隠れな

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起業時、最初のパートナー

起業をすると決めて、最初に前職で一緒に仕事したことがあった。
某企業で同郷の営業マンが一人いた

出会いは前々職の決済代行企業にいた際に
彼が働く会社の代表とお会いする機会がありそこからだ

彼とは話もあい、よく飲みに行く中になっていた、年は僕より5個程下だ
今考えると何故だろう・・・
私は彼に「一緒にやらないか?」と言った。
彼は「僕でいいんですか?」とそこからは二人でミーティングしながらお互い

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・初めての正社員、人に翻弄される軽く絶望

経営者でもあるがビジュアル系バンド面である僕が素性を出し過ぎるのはどうかと思うのですが。
私は2010年の結婚し、同年に長男が誕生しました。
それまではバンドしながら携帯電話の販売員のバイトし典型的にその日その日な生活
ですが、結婚・・・・
それじゃダメだな!当たり前!
という事で、一度バンドを諦め、23歳で初めての就職、もはや典型的です
仕事は、バイトで働いていた携帯販売代理店に就職、理由はそこ

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音楽を目指すきっかけ

まず、私が音楽とふれたのは
中学校一年だ
ラルクアンシェルの「虹」
ここからが音楽好きになるきっかけで、それまでラルクアンシェルなんてしらなかったしそんなに音楽も聞いたことがなかった。
理由は単純、「るろうに剣心」の映画の主題歌だったから!

むしろそれまではジャニーズの方が好きだった!
かっこいいー男性が踊りながら歌い、女子にキャーキャー言われている!
これに憧れないわけがないのだ!

ビジュア

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2015年起業のきっかけ

2015年3月、当時29歳

私は前職から転職し初の給料日でした。
参考までに前職での年収は約500万程でした、色々と辞めざる得ない事情がありお誘い頂いていた企業への転職でしたが、そこでの推定年収は手取り400万ちょっと。
明細を持って自宅に帰って、妻と明細を見て「少し減ったね・・・」と話しました。
ですが妻は笑って「大丈夫だよ!」と言ってくれました。
そして「子供のサッカーか水泳を辞めさせれ

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中学生の社会勉強

中学時代の話である。
そこでは遂に本格的な「お勉強」が始まった。

そのお勉強の中で最も私を驚愕させたのが、社会の授業で習った憲法、特に基本的人権の尊重という項目である。

私はまず、このような理想が国によって定義されていることに驚き、次に、そうした理想が何十年も前から規定されているにも関わらず、一中学校の中でさえ、それが叶えられていない現実に驚いたのであった。
つまりは私の在籍していた田舎の公立

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