西城秀樹

noteアプリでは得られなかったこと

noteをやりはじめた頃はアプリのみで執筆していたが、仕上がりがあまりにもみすぼらしい為にブラウザを使用するようになった。

ブラウザを使用してから、お題企画のテーマを思いついたら執筆したり、それに沿った他人な記事を閲覧することが増えたのは勿論、過去に執筆した記事や動画とTwitterも埋め込んでいる。

アプリのみ使用した頃と比べて、他人が櫛比した記事に目を通す機会が増えてから、自らの考えに固執

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#松屋銀座#ちびまる子ちゃん の展示を観てきました。自分の青年期から、大人になる頃に観ていました。 #マナカナ や、 #西城秀樹 #カヒミカリィ#BBクイーンズ などと主題曲を創っていましたね。1分程の、本放送前のパイロット版を見れたの、良かった。色指定も"プロ"!

西城秀樹さんと青葉真司容疑者に関すること〜恋の暴走〜

表題の歌は記憶がない頃に #西城秀樹 さんが歌われた者であり、無意識に歌や振り真似をして家族の前で戯けたことから、実姉に自作曲をしたと大ボラを吹いたが、後に、

盗作だ

と指摘されたことがあった。

原曲を知らぬまま同様なことをした方がかなりあったことから、

なるべく被らないような表現をするように努めた。

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実際に盗作や使い回しした有名人もいる

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西城秀樹さんに関すること 〜ジャガー〜

#西城秀樹 さんの表題の歌詞を細かく噛み砕いたらいくつかキーワードが私の脳内に浮かんだ。

自己犠牲によって身を呈し、大切な人を守っていく勇敢さ

会話する時に相手の目を見ない相手に対する怒りから仕向けさせる時に起きる感情

幼い頃に生前のコンサート等危険なことをしていることがあった激しさを表現する性格になった

以上の事から生育歴に関連することを連想され、

命掛けの歌

と呼ん

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西城秀樹さんを悼む

2018年5月18日

新御三家として野口五郎、郷ひろみと人気を分けた西城秀樹さんが亡くなった。
御三家と私も同じ昭和30年生まれだ。
デビューは『あいとまこと』よりも一年早い。と言ってもその頃はすでに
大人気歌手だった。
歌の迫力もさることながら、ステージパフォーマンスも素晴らしかった。

松竹映画『愛と誠』

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西城秀樹(享年63)の隠れ脳梗塞、原因は「サウナ、喫煙、糖尿病」

西城秀樹さん(享年63)は、若いころから糖尿病で、サウナ好きやタバコ好きがたたり血液ドロドロにより動脈硬化が急進行。
 そのため、40代半ばにすでに脳梗塞を発症。脳梗塞の発症による入院は8回も。

 「動脈硬化」とは、動脈の壁が厚くなったり、硬くなったりして働きがわるくなることを言います。
 血管内壁に脂肪が沈着して大きくなり、組織を破壊して血栓ができてしまいます。この血栓の挙動次第で、いろんな危

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『昭和40年男』その2

2016年7月29日

新宿三丁目「ヤングマン」

不思議な出来事があるものです。
先日、面白いお店があるから、付いてきて欲しい、と言われて連れ出されたお店は、カラオケ喫茶でも、カラオケパブでもなく、懐かしの歌声喫茶でも
ありませんでした。
 1970年代から、1990年代のヒット曲のビデオを集めたお店でした。
まさに、雑誌『昭和40年男』垂涎の空間です。
テーブルには、昔駄菓子屋でも売っていた、

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西城秀樹さんのステージを取り入れたフィットネス事情

毎日通っているジムで現行も含め、過去に契約したインストラクターのレッスンの中に #西城秀樹   さんのステージで使用されていたものを採用したものがあった気がする。

最前線でリードするインストラクターの姿を見て、

自分より目立っている自意識過剰野郎

と心の中で呟きながら踊っていたこたがあり、レッスンを終えた時のマイナスな表情をされた時の姿で嫌悪感を抱かれて恨まれるのを恐れて、このような職業につ

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私の自己紹介①〜昭和歌謡との出会い〜

本来ならば noteを始めた頃にするべきだったが、利用者の大半が私よりかなり若い方が多そうであることから、何回か分けて #自己紹介 書こうと思っている。

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昭和歌謡を聴くようになったきっかけ

1971.4.27 昨夏に子宮全摘手術を受けた #立川病院#帝王切開 で出生、1週間後に東村山市に育つ。

幼少期から年齢相応の経験をしてもらえず、自宅に

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西城秀樹さんの一周忌記念に関する書き切れなかったエピソード〜「ジプシー」に関連すること〜

昨日のnoteで #西城秀樹 さんに関連するキーワードに対する回顧をしても、まだ書ききれなったので、今回はその中の一曲である「ジプシー」に関するエピソードを挙げた。

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1982年頃、エレクトーン講師の資格を保有するレベルに至った実姉が難易度が高い小見出しの曲を難なくこなせたことを目の当たりにし、その頃にエレクトーンを習いだした私はダメ出しの連続で課題の見

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