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「YUKITO-死にたい俺と生きたい僕-」第1話(漫画原作)

 俺が生まれた意味ってあったのかな…。母さんは俺を産んだせいで、死んでしまったようなものだし、母さんに代わって俺を育ててくれたばあちゃんは、恩返しもできないうちに死んでしまった…。父さんは俺を養うために単身赴任して一生懸命、働いてくれているし…。俺なんていなければ、父さんもばあちゃんもそんなに苦労せずに暮らせたんじゃないかな。俺が生まれなければ、母さんだって、きっとまだ生きてたはずだし…。家族に支えられて何とか生きてきたけど、俺なんて何の価値もない人間だし、すべてが無意味に思えるようになっていた。
 
 別に自分のことを不幸だと思っているわけではなかった。片親だからって周囲から同情されるのも好きじゃないし、俺のことを憐れな目で見てくるクラスメイトが苦手で、人を避けていたから、友だちらしい友だちもいなかった。自分は孤独で孤立している方だと思う。けれど別にいじめられているとか、そういうことでもないから、人間関係に悩んで、この世から消えたいわけでもなかった。
 
 ただ何となくこのまま生き続けることが憂鬱で、漠然ともういいやと思った程度だった。生きているのがつらくて苦しいから死のうとする、生や死に本気の人が抱く自殺願望とは違った。希望も理想も夢も何もない日常を惰性で生きているのが疲れたし、面倒になったのかもしれない。そもそも俺はヒトという生き物であること、生きることが向いていないんだと思う。タフな生命力なんてないし、何者にもなれそうにないし、人生に何も見出せないし、命をつなぐ気もないし…。表向きには去年のばあちゃんの死にショックを受けて、ばあちゃんに会いたくて死ぬという遺書を残すことにした。会えるものならばあちゃんには会いたいけど、死んだところで100%会えると決まっているはずもなく、いわゆるあの世や転生の類は信じない質だから、ばあちゃんとの再会を願って死ぬというのはただの口実だった。本当は存在したくなかったのに、母さんが命がけで俺の命を生み出してしまい、ばあちゃんや父さんに献身的に育てられ、命を守られてしまったから、運良く17年間生きてしまったというだけで、自分の命や生に執着心や未練はなかった。
 
 比較的、交通量の多い道路の上に架けられた、歩道兼車道の橋の上から車が往来する真下の道路を見下ろしていた。そこは毎年、ばあちゃんと一緒に花火を見た、思い出深い橋だった。橋の柵をよじ登れたら、飛び降りることができるかもしれない…。車にぶつかってしまったら、運転している人に申し訳ないから、なるべく車は避けよう。
 
 8月31日の日没後、死ぬ覚悟を決めて、橋の歩道でもたもたしていると、ふいに誰かの囁き声が聞こえてきた。
「大切な命を捨てる気なら、僕がキミの命と身体を拾うね。キミの人生はもらったよ、ゆきとくん。」
「えっ?今の何だ?誰?」
辺りを見回してみても、人気はなかった。死に一歩、足を踏み入れているから、おかしな幻聴が聞こえるようになったのかもしれない。
「車が減ってきたから、今がチャンスかな…。」
幻聴は気にせず、柵を突破しようとしていた矢先、歩道の側に一台の車が止まった。
「ねぇ、ちょっとキミ、何してるの?死ぬなんてダメよ、ゆきとくん。」
慌てた様子で車から下りてきたその人はなぜか俺の名前を呼んだ。知り合いかもしれない。俺は大人しく柵を上るのをやめた。
「ちょっと下を眺めていただけなので…。どこかでお会いしましたっけ?どうして俺の名前を…。」
引き止めた女性の顔をじっくり見ても、記憶にない人だった。
「それなら良いんだけど…。キミ、もしかしてゆきとくんって言うの?そっか、本当にゆきとくんなんだ。じゃあ、ちょっと私の車に乗らない?死ぬ気じゃなくても、心配でほっとけないし…。」
どうやら名前を言い当てたのは偶然だったらしい。ちょっとおかしな人だなと思ったけれど、なぜか俺は彼女の車に乗ってしまった。誰かにその車に乗るように仕向けられた感覚もした。
「ゆきとくん、高校生くらい?明日から学校?ご家族は?」
彼女は俺を助手席に乗せると立て続けに質問した。シートベルトを着用した彼女は、おもむろに胸と胸の間に、車内にあった小さなぬいぐるみを挟んだ。おかしな人どころかヤバイ女なんじゃないかと気づき、逃げ出したくなった。
「はい、高2です。家族は…母と祖母は死んでしまって、父は単身赴任してます。」
「高2ってことは17歳よね…。名前も年齢も奇遇だわ。ご家族、おうちにいないのね…。じゃあこれからちょっと私の家に寄って行かない?その後、ちゃんと送り届けるから。」
ばあちゃんから知らない人にはついて行ってはダメと子どもの頃から口うるさく言われていたのに、俺はうかつにもヤバイ女の車に乗り込んでしまったらしい。年下好きのおばさんなんだろうか…。俺を家に連れ込もうとするなんて…。でもさっき死を覚悟したんだから、死んだつもりになれば今さら何をされても別に構わないと投げやりな気分にもなった。
「あの…そのぬいぐるみ…おまじないか何かですか?」
そこそこ豊満な胸にむぎゅっと挟まれたぬいぐるみの存在が気になって仕方ない俺は、横目でちらちら見ながら尋ねた。
「あぁ、これは私の子よ。子ども代わりのぬいぐるみ。運転している最中に気づいちゃったのよね。シートベルトって抱っこひもみたいだって…。シートベルトに締めつけられると、子どもを抱っこしたくなるの。」
「はぁ…そうなんですか…。」
胸にぬいぐるみを挟むなんてエロいというより、ホラーだと思った。思わず引いてしまった。シートベルトが抱っこひもみたいで、ぬいぐるみを子ども代わりに抱いているなんて、完全にどうかしてる女じゃないか。
「テレビで芸人さんが言ってたのよ。シートベルトする時は必ず目をつむるんですって。シートベルトの締めつけが女性にバックハグされてる気分になれるらしいの。私もその気持ち、よく分かるわ。」
「へぇ…シートベルト一本で、人によっていろんな想像ができるんですね…。」
その芸人はただのネタかもしれないけど、この女はリアルにヤバイ。一人で運転している時だけこっそりするならまだしも、初対面の俺を乗せても気にする様子もなく、平然とぬいぐるみを胸に挟んで運転しているんだから…。
「あの…俺…用事思い出したので、ここで降りたいんですが。」
何をされても構わないと観念したつもりが、死ぬことよりこの女と関わり続けることの方が恐ろしいかもしれないと気づき、車から降りることを試みた。
「えー用事?もう私の家はすぐそこなのよ。ちょっとだけでいいから、入って。」
彼女は俺を降ろすことなく、自宅だというマンションの駐車場に車を停めた。
 
 車から降りた瞬間、ダッシュすれば逃げ切れるかもしれない…。そんなことを考えていると、
「逃げるなんて許さないからね。せっかくお母さんと一緒にいられるんだから。キミはどうせ、自分の命と人生を捨てた人間でしょ?これからは僕の思い通りに生きてもらうからね、ゆきとくん。」
さっきの声がまた頭の中で囁いた。
「どうしたの?ゆきとくん、こっちよ。」
幻聴に惑わされているうちに、彼女に手を引かれた俺はマンション内に入ってしまった。
「あの…俺…何も経験ないんですが…。経験したいとも思わないので、どうか見逃してください。」
ヤバイおばさんに童貞を奪われるかもしれないと勘違いした俺は、部屋に入る前に怯えながら伝えた。
「経験?そういうことじゃないから、安心して。ゆきとくんが嫌がることは何もしないから。」
彼女は微笑みながら、俺を部屋の中へ招いた。
 
 室内に入った瞬間、驚かされた。さっきのぬいぐるみと同じぬいぐるみが数え切れないほど部屋のあちこちに無造作に置かれていたから。しかも推しか何かなのか、誰かの写真がたくさん、壁に貼られていた。その写真はどことなく俺に似ている気もした。もしや、この女、俺のストーカー?ドラマなんかで見るストーカーってよく、部屋中に意中の相手の写真を貼ってるし…。
「この部屋に誰かを招くことなんて、めったにないのよ。」
「でしょうね…。」
呆然としながら、ぬいぐるみと写真に溢れた室内を見ていると、子どもの写真が多いことに気づいた。赤ちゃんとか、もっと小さな胎児とか…。
「散らかってるけど、どうぞ座って。」
彼女は俺にアイスティーを差し出しながら、自己紹介を始めた。
「私は、水琴央香(みことひろか)って言うの。命を絶つつもりだったかもしれないゆきとくんに話したいことがあって…。私ね…中絶して産めなかった子がいるの。生きていたら、17歳。名前は幸与(ゆきと)にしようって決めてたの。だから、ゆきとくんが同じ名前って分かって、キミのことをもっと知りたくなったの。」
なるべく関わりたくないと思っていたものの、重い過去を持つ彼女に少しだけ興味を抱いてしまった。
「そうだったんですか…。偶然、同じ名前だったんですね。俺は三生雪音(みおゆきと)です。壁に貼ってる写真が水琴さんのお子さんなんですか?」
「名字じゃなくて央香でいいよ。そう、エコー写真は本物の幸与だけど、それ以外はAIに生成してもらった想像上の成長写真なの。最新の17歳の写真は何となく雪音くんに似てるから驚いちゃって。出会えてうれしかったな。」
「なるほど…AIに生成してもらっているんですか…。俺も自分に少し似てるって思いました。写真もぬいぐるみもこんなに大事にしてるのに、どうして産まなかったんですか?」
「相手に認知してもらえなくてね…。結婚の予定もなくて、一人で産んで育てる覚悟を持てなかったの。ピアノ講師になりたてで、収入も少なくて…。シングルマザーになる勇気を持てなかったの。本当はすごく会いたかったし、一緒に生きていきたいって思ったけど、現実は愛情だけじゃ育てられないもの。お金や協力者がないと、育児は難しいって周囲からも諭されてね。中絶したら、後悔と母性だけが残ったの。不思議よね、あの子はとっくにいないのに、何年経っても母性だけは消えてくれないのよ。」
「そうだったんですか…。後悔だけじゃなくて、母性も残るなんて残酷ですね…。俺の母は産後の肥立ちが悪くて、亡くなってしまったんです。俺を産んだから死んでしまったようなもので…。」
「そうなの…。雪音くんがもしもそのことを負い目に感じているなら、それは気にしない方がいいと思う。産まなかった私が言ったところで説得力はないけど、出産はみんな命がけだもの。母親は命をかけても、我が子の命を守りたいと思うのよ。自分より、子どもの命が続いてほしいって願うの。私は…幸与の命を守れなかったどころか、動いていた心拍を止めてしまったから、生きるのがつらそうな子のことは助けたくなるのよね。我が子を殺めた罪滅ぼしをしたくて、生きてほしいって救いたくなるの。そんなの偽善だし、エゴよね。」
彼女は壁に貼られているエコー写真を見つめながら呟いた。
「水琴さん…じゃなくて、央香さんも、そんな負い目を感じることはないですよ。俺は、母親から命をもらって、命をかけて産んでもらえたのに、夢も目標も何もない人生を歩んでいるから、生まれなくても良かったと思ってしまうんです。母から命をもらう資格はなかったと…。だからその…幸与くんも、もちろん央香さんには会いたかったとは思うけど、母親を困らせてしまうくらいなら生まれなくても良かったと割り切っていると思うんです。」
俺がそう言うと、
(うん、そうだよ。僕の気持ちを代弁してくれて、お母さんに伝えてくれてありがとう。)
また頭の中で例の声が響いた。えっ…?さっきから聞こえている声ってもしかして…彼女が産めなかった子の声…?幻聴じゃなくて、幽霊?
「ありがとう、雪音くんはやさしいのね。でもね、何もない人生だとしても、雪音くんが生まれてくれて良かったと、雪音くんのお母さんは雪音くんが生き続けてくれるだけで心底うれしいと思うの。私も雪音くんが生まれてくれて、うれしい。だって、こうして出会えたんですもの。」
彼女が目に涙を浮かべながら話している間も、俺の脳内にその声は語りかけてきた。
(ほら、お母さんが泣いているから、ハンカチ貸してあげてよ。ハンカチくらい持ってるでしょ?)
得体の知れない声に誘導されるまま、ポケットからハンカチを取り出し、彼女に差し出した。ばあちゃんからいつもハンカチとティッシュだけは持ち歩くようにしつけされていたのが、生かされたらしい。
「ありがとう…雪音くん…。」
彼女は俺のハンカチで涙を拭いながら続けて言った。
「さっき…母性の話をしたけど、外出先で赤ちゃんをみかけると、どうしようもなく惹かれてしまうの。くりくりおめめとか、ぷっくりぽっぺとか、むにむにのあんよとか、小さなおててとか、たまらなく愛おしくなって、目が離せなくなるし、触れたくなるのよね…。それは恋心にも似ていて、母性と性欲って近いものがあるかもしれないって気づいたの…。」
さっきまでちょっと通じ合えたと思ったし、わりといいこと言ってた彼女だけど、母性と性欲は似てるなんて、やっぱりヤバイ女には違いないじゃんと警戒心を強めた。
「なるほど…それって男が好みの女の子に一目惚れして、身体に触れたいと思う気持ちに近いかもしれませんね。俺はそういう気持ちも欠落しているから、よく分かりませんが…。」
「つまり雪音くんは好きな子とかいないの…?女の子に興味ないとか?」
「そうですね…別に好きな子はいませんし、異性に触れたいとも思いません。そもそも恋自体、したことないくらいで…。ほんとに何もない人生なんです。」
「へぇーそうなんだ。片想いや失恋がつらくて死にたくなる人はたまにいるけど、そもそも恋も何もなさすぎる人生も退屈で余計につらいかもしれないわね…。」
「異性とか同性とか関係なく、人間そのものにあまり興味持てないというか…。そもそも友だちもいませんし…。だから学校がつらいとかそういうわけでもなくて。唯一、心の拠り所だったばあちゃんが去年、死んでしまってからは、心にぽっかり穴が開いてしまった気はします。」
「そっか…。他者に興味持てない人もいるものね。私もその傾向あるから、気持ち分かるよ。雪音くんのことは興味あるから、たくさん話しているけど、幸与を手放して以来、しばらく自分の殻に閉じこもって、他者を避けて生きていたから…。仕事で表面上は人と関わっているけど、そんな深くは関われなくて…。自分が抱えているものは誰にでも気軽に話せることじゃないし、話したところで理解されない可能性の方が高いことも分かっているし…。」
「事情も知らずに、急に胸に挟んだぬいぐるみとか、この部屋を見せられたら、理解に苦しみますが、事情が分かれば、納得できます。」
「雪音くんなら、分かってくれる気がしたから…。自分を隠さないで、素のままで関わりたいって思ったの。だからってわけじゃないけど、お願いがあるの。」
「お願い…ですか?」
「雪音くんは…部活とか忙しい?音楽には興味ない?もし…時間あるなら、ピアノ習いに来てくれないかしら?」
「えっ?ピアノですか?音楽もそんな興味ないんですが…。」
「私の勝手なエゴなんだけど、自分の子にね、ピアノを教えるのが夢だったの。雪音くんに幸与を重ね合わせてしまって…。人生何もなくて退屈っていうなら、暇つぶしにピアノやってみるのもいいんじゃないかしら。もちろんレッスン料は不要だから。」
(僕からもお願い。せっかくお母さんがピアノ教えてくれるっていうんだから、やろうよ、ゆきとくん。僕はずっとお母さんと何か一緒にしたかったんだ。)
どうやら彼女の子に頭を乗っ取られた俺は、その子と彼女という親子に押し切られ、仕方なくピアノを習うことにした。
「部活も特にやってないですし、時間ならありますが…。音楽やピアノの才能なんてないけど、それでも良ければ。」
「ありがとう、雪音くん。それじゃあ、毎週水曜の19時からどうかしら?その時間なら空いてるから…。いつもは羽山音楽教室で教えてるんだけど、うちにもピアノ置いてて、隣の防音室にピアノあるから、そこでレッスンしましょう。」
「水曜の19時で大丈夫です。全然弾けないので、期待しないでくださいね。」
「弾けなくていいのよ。とにかく雪音くんが来てくれるだけでうれしいから。私が雪音くんの人生を音楽で楽しませるつもりだから、生きてね。」
彼女からピアノを習う約束をして、その日は家まで車で送ってもらった。事情も知った帰りになると胸の谷間にぬいぐるみを挟んで運転する彼女の姿に少しは慣れた。
 
 死ぬつもりで自宅から出たから、もう二度と生きてここに戻ってくるとは思っていなかったけれど、死ぬどころかおかしな人と出会い、ピアノを習う約束までしてしまった。テーブルの上には遺書が残っていた。
「それ…もう必要ないから、始末した方がいいんじゃない?」
例の声がまた聞こえてきた。
「分かってるよ。まだ生きると決めたわけじゃないから、とりあえず机の引き出しにしまっておくよ。」
「キミが生きると決めなくても、僕はキミの人生をもらって生きると決めたから、もうキミは生きるしかないんだよ、ゆきとくん。」
さっきまで声しか聞こえていなかったのに、二人きりになると、その声の主は俺の目の前に正体を現した。4歳くらいの男の子が俺の目の前に立っていた。さっき彼女の部屋に貼られていたAIに作ってもらったという写真の子によく似ていた。
「キミは…央香さんのお子さんの幸与くん…?」
あの世もオカルトも何も信じない質だけど、はっきり姿が見えるため、信じるしかなかった。
「うん、そうだよ。僕は生まれられなかった水琴幸与。どうやらキミにだけは僕の姿が見えるみたいだね。不本意だとしても生まれることのできたキミは知らないだろうけど、生まれられなかった胎児はね、生まれ変われる順番が回って来やすいんだ。望めば転生できるってわけ。ただし、転生するには生命力が弱まっていて、死にかけの生きた命をみつけなきゃいけないんだよね。生きる気のない人の命を乗っ取って、自分の人生にするしかないんだ。本来はこんな風に会話なんてできなくて、転生を望む魂に寄生された命は、生命力を蘇らせて寿命を全うすることになるんだけど、どういうわけかキミとは会話できるし、キミの自我をまだ完全に僕のものにはできていないみたい。半分しか乗っ取られてないようなものだから、やりにくいよ。」
「えっ…?俺はキミに命を乗っ取られているってこと?迷惑だから出て行ってくれよ。俺の命は俺だけのものなんだから。」
「迷惑なんて悲しいな。キミはかけがえのないその命を粗末にしようとしたじゃないか。僕がキミの命を守ったんだよ。僕がキミを選ばなければ、きっとキミはキミが望むようにとっくに死んでた。」
「ゆきとが俺を救わなくても、央香さんに助けられたと思うし、そもそも臆病な俺は自殺を遂行できなかったかもしれない。だから、キミのおかげじゃない。」
「分かってないな。僕がゆきとくんの命に寄生できたということは、神さまからキミの命は僕のものと認められたことになるんだよ。もはやゆきとくんの命とこれからの人生は僕のものだから。僕が望む通りのことをしながら生きてもらう。死ぬなんて許さないからね。せっかく生まれたのに、何もないから死にたいなんて贅沢なんだよ。何もしなかったのはキミ自身だというのに。僕なんてしたいと思ったことは何ひとつできなかった…。魂しかなくて、肉体がないから、できないことだらけでつらかった。お母さんに抱っこされたかったし、手をつなぎたかったし、ほっぺにチューとかしたかったし、ピアノだって教えてもらいたかったんだ…。」
切ない表情を浮かべて悔しそうに彼は言い放った。
「ゆきとが生まれられなくて、母親に甘えられなかった気持ちは分かるよ。俺も母親と過ごせた時期が短いから…。でも、だからって人の命や人生を奪っていいのかよ。命に寄生するなんておぞましい。」
「ゆきとくんが知らないだけで、命はみんなそうやって転生しながら続いているんだよ。生まれ変わりたいと願う魂は、誰かの人生を奪って生きるんだ。心拍が弱っている胎児の命に寄生する魂も少なくないよ。」
「ふーん。じゃあ俺も誰かの生まれ変わりだったのかな…。それにしても央香さん、相当ゆきとのことを愛していたようなのに産めなかったなんて、気の毒だよ…。」
「僕は命が絶えた後も、ずっとお母さんの側にいたからね。なのにお母さんが悲しんでいても、泣いていても、何もしてあげられなかった…。僕はずっと側にいるよって伝えたくても、伝える術がなかった…。お母さんは僕の姿を見えないし、僕の声も聞こえない。僕はお母さんのことを見えているのに、身体がないから認識してもらえなくて、ずっともどかしかったんだ。僕を産んでくれなかったお母さんが悪いわけじゃないんだ。僕のことを認知してくれなかったお父さんの方が悪いと思うし、産みたいのに協力してくれなかった周囲も悪いと思う。だから、僕はそういう人たちに復讐したい気持ちもあるんだ。身体さえ手に入れれば、何でもできる。これからゆきとくんの身体を使って、お母さんにうんと甘えて、僕の命を認めてくれなかった人たちに仕返しするつもりだよ。」
「たしかに肉体がないと魂だけじゃ、認識はしてもらえないよな。霊感が強い人でもない限り、魂や霊なんて見えないだろうし…。ゆきとが自分を認知してくれなかった父親を恨む気持ちは分かるけど、復讐とか仕返しは物騒だな。人生を乗っ取られても、犯罪だけはしたくない。」
「僕だって犯罪はするつもりないよ。せっかく身体を手に入れて、何でもできるようになったというのに、早々に刑務所暮らしなんてごめんだからね。お母さんから離れたくないし。犯罪にならない程度に仕返しするつもりだから、安心して。人生と命は無駄にしたくないから。」
「分かったけど…気が済んだら、いつか俺の人生から出て行ってくれるよな?」
「さっきから言ってるけど、もうゆきとくんの人生は僕のものだから。」
「勘弁してくれよ。俺はそんな張り切って生きるつもりはないんだから。ゆきとが俺の中にいると、リア充な生活求められそうで嫌だな…。ところでさ、たしかゆきとと俺は同い年のはずなのに、なんで幼児の姿なの?」
「せっかく生まれられたんだから、リア充の陽キャ目指して生きるに決まってるでしょ。お母さんが幼児を好きだから、あえてこの姿のままでいるだけ。中身はゆきとくんと同じく17歳だよ。」
「へぇ…お母さんの好みに寄せてるんだ。健気なマザコンだね。」
「マザコンでもいいじゃない。ゆきとくんだって会えないお母さんに会いたいと思うでしょ?」
「俺の場合は…母親よりはばあちゃんに会いたいかな。母親のことは覚えてないし、思い出がない分、会えなくて寂しいって感覚はないんだ。むしろばあちゃんと過ごした時間の方が長くて濃いから、会えるものなら会いたいよ。」
「ゆきとくんの場合、マザコンじゃなくて、おばあちゃんっ子なんだね。僕は逆だな…。お母さんとはほとんど思い出がない分、恋しいよ。もしたくさん思い出があった上でお別れすることになったら、その思い出だけで十分幸せって割り切れるよ。やっぱり長く生きてる人って考えからして贅沢だよね。たくさん思い出作った上に再会を願うなんてさ。とにかく僕に協力してくれたら、おばあちゃんと会えるかもよ?」
「まぁ言われてみれば贅沢なのかもしれないけど、でも思い出があればあったで、その分、恋しくなるものなんだよ。えっ?ゆきとに協力すれば、ばあちゃんに会えるの?」
「うん、だって僕はその気になれば魂の集まる場所に戻れるからね。ゆきとくんのおばあちゃんやお母さんをみつけることができるかも。まだ転生していなければの話だけど。」
「なるほど…そっか、ゆきとはそもそも魂だもんな。ばあちゃんに会えるなら、少しは協力するか。」
「少しはじゃなくて、全面的に協力してもらうから。そもそも僕はもうキミの心身を乗っ取っているわけだし。まずは明日からちゃんと学校に行くこと。」
「ゆきとに言われなくたって、学校くらい行くよ。別に不登校してたわけじゃないし…。」
夏休み最終日、おかしな親子に命を救われ、死に損ねた俺は、自分と同じ名前で同い年の生まれられなかった幸与という存在に身体を乗っ取られ、何もなかった人生を奪われる羽目になった。ヤバイ親子のあやつり人形(おもちゃ)にされ、振り回される生活が幕を開けたのだった。二人が俺の人生に大きな爪痕を残す存在になるとは、この時の俺はまだ気づけなかった。

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