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随筆(2023/6/21):問題解決のために問題未解決や問題解決不能と果てしなく向き合う_3.少しマシになったら、それはそれで良しとして良いのである

8.成果や熟練や効率化によって、少し楽になったのならば、それをまず良しとして受け止める

問題解決安心爽快感のためだけの話なら、それにはいつか限界が来る、という話を前回しました。
解決すべき問題がなくなってポカーンと虚脱感に囚われながら途方に暮れるのであれば、それは健全とも幸福とも言い難いのです。

また、それ以外の場合の話もしました。
即ち、問題未解決問題解決不能という事態はほぼ常にあるのです。
そして、そんなことでもって、安心や爽快感が損なわれるのであれば、人間がそれに脅かされずに幸福になることは、基本的には不可能でしょう。

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では、問題と解決に、安心や爽快感の多寡に、己の幸福を左右されないで、その有難味だけを受け取るためには、どうするのが良いのか? (随分と虫の良いことを言っているよなあ)

とはいえ、これは案外簡単です。
問題解決後、何らかのメリット、旨味が長期的に感じられることがあります。作業に必要な道具が手に入って効率が上がったら、その分日々の作業はになっているし、日々の疲労も、ゼロとはならないが、激減しているものです。

だから、肩の力を抜いて、リラックスしていれば良いのです。
問題解決によって、状況が少し楽になったと思えるのなら、それに乗じて、堂々と、ダラければ良いのです。
ダラけてはいけない事態は、既に解消した。
外側の、楽な状況は、その成果だ。
それはムシャムシャとしゃぶり尽くして美味しく味わうものであり、それで良しとすれば良いのです。
後は内なる、神経のととのい方、もっと言えば弛緩状態への「慣れ方」の話だけです。慣れれば良いのです。(この話は後でします)

まして、居心地悪いしっくり来ない顔で、生成(な)った果実をドブに向かって放り投げてはいけないし、放ったらかしにして腐らせてもいけないのだ。
成果を得るのも、大抵はそこそこおおごとなんだ。それをあたかも無価値であるが如く損なってはならないんだよな。それは、とんでもなく、もったいないことなのだから。

自分から自分への、親切なんだ。
だから、ちゃんと、貰ってやってくれ。

『胎界主』第一部の実質的最終話、バトルロイヤルトーナメント回『無責任飛行』終盤

9.「こんなんじゃ満足できねえんだよ」というの、成果の問題か、脳のかゆみや痛みの問題か、見分ける必要がある

なお、上のことは分かっているはずなのに、やはり居心地が悪い、しっくり来ないことは、あります。
言わば、「こんなんじゃ満足できねえんだよ」とでも言うか。

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で、それには概ね2つの理由があります。
どちらが重いかによって、やることも変わってきます。

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1つは、成果が思ったほど大したものではなかった時。主観的にも客観的にも、みすぼらしいとまでは言わないが、あんまり嬉しさがないものが、手に入ってしまった時。

こちらは、「そういうものだ」とある種の諦めを呑み込んで、それでよしとすることになります。

あるいは、そこそこしゃぶって、飽きたらポイすることになるでしょうね。
そして、もっと上のものを狙い、それで一応の満足を得ることになります。

これが、この場合の、問題意識の解決策です。

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もう1つは、自分の感受性にしこりがある場合です。
こちらはやや面倒です。

しばらくは長期疲労が取り切れていないかもしれません。楽になったはずなのに休まらない。

で、そういう時にサウナを浴びると自律神経の重さがリセットされる感覚があるし、マッサージを受けると体に羽が生えたように楽になるし、ストレッチをすると肩こりを早めにポキポキーッとなくすことができるし、横を向いて朝まで昏昏と寝て起きると非常に爽やかなものです。
バカンスをして、心身を労りましょう。そして、「それは受け取っても構わないのだ」と自分に言い聞かせ、受け取ることに慣れれば良いのです。

そして、大事な話ですが、新たな問題解決を、そのための問題の模索を、当面やめましょう。
脳のかゆみや痛みを癒すために、問題解決と称してかさぶたをひっかくことは、己を幸福にしないどころか、より不幸にすることすらあります。
忙しい状態に慣れたら、忙しくない状態は不安をもたらすものになります。病んだ成り行きです。
だから忙しさを追い求めてしまうようになります。
そして、結果としていつか消耗して、疲弊して、回復しなくなり、心身ボロボロになります。私がそうでした。あれば実に嫌なものです。

休養回復は、仕事にも増して正当な営みである。
それで仕事が破綻するようなら、それは仕事の設定がおかしい。もっと軽量級でやるべきだ。背伸びはしばしば死に繋がる。戦場で匍匐前進をすると恥、という生存性に反するカッコイイ価値観を直ちにやめろ。
それに、休養と回復が組み込まれていないのに、継戦能力が保つと思ってはならない。そんなものは、人間のバイオリズムというものが考慮されていない、実際には有害な机上の空論だ。

もう一度。
休養と回復は断固正当だ。仕事にも増して、だ。
そこを、脳の片隅にでも、置いていてほしいのです。
「食べずに寝ずにやれ」という、バカみたいな、よくある話に対して、食べて、寝て、やって、もたらされる高い長いパフォーマンスで、いつかは競り勝ってやりましょう。

(続く)

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