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反体制ハードボイルド小説『黒ヘル戦記』

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『情況』(変革のための総合誌)に掲載された連作小説。 一九八〇年代から九〇年代にかけて、首都のど真ん中にキャンパスを持つ外堀大学はたびたび学園紛争に揺れた。正門にバリケードを築き… もっと読む
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『黒ヘル戦記』の背景について

『黒ヘル戦記』の背景について

 『黒ヘル戦記』は、季刊誌『情況』の2020年冬号(1月号)から2022年夏号(7月号)に渡って掲載された連作小説である。

 『情況』は1968年創刊の老舗雑誌。表紙には「変革のための総合誌」と書いてあるが、ようは、革命的左翼の業界誌である。読者は活動家と公安関係者、各国の情報部員。
 『情況』はそのような媒体なので、この小説もその道のプロのために書かれている。そのため、革命的左翼とは縁のない一

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「黒ヘル戦記」の番外編【短編小説】1985年、夏の一日

「黒ヘル戦記」の番外編【短編小説】1985年、夏の一日

1985年、夏の一日

【あらすじ】
 1985年、五郎は外堀大学に入学した。病気で高校を留年したため、2年遅れての大学進学だった。外堀大学には同じ高校の卒業生、秀樹がいた。同じ歳の先輩・秀樹のおかげで、五郎の大学生活は順調にスタートした。「この借りはいつか返す」と五郎は秀樹に約束した。しかし、夏のある日を境に秀樹は姿を消す。ゲリラ戦を戦うため、地下に潜ったのだ。そして、秋、二つの事件が起きる。1

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黒ヘル戦記 第九話(最終回) 空席

黒ヘル戦記 第九話(最終回) 空席

『情況』2022年夏号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第九話 空席
1977年12月、内ゲバ事件が発生し、外堀大学の学生が殺人罪で逮捕された。この事件によって「人殺しの弟」となった男が、犯罪加害者家族の苦悩の日々を語る。

 革命家になると、それまでとは違う人生が始まる。行動範囲、交友関係、生活習慣のすべてが変わる。
 が、人生が変わるのは革命家本人だけではない。家族の人生も変わる。
 革

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黒ヘル戦記 第八話 隠れた善行

黒ヘル戦記 第八話 隠れた善行

『情況』2022年春号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第八話 隠れた善行
テロとは何か。1995年、国松警察庁長官狙撃事件の容疑者とした逮捕された男が、テロリストの秘められた思いを明かす。
 
 外堀大学は多くの「革命戦士」「ゲリラ戦士」を輩出した。しかし、彼らを「戦士」と呼ぶのは一部の堀大関係者だけで、社会は彼らを「テロリスト」と呼ぶ。戦士とテロリストは同じなのか。戦士はテロをどう見てい

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黒ヘル戦記 第七話 失踪者(後半)

黒ヘル戦記 第七話 失踪者(後半)

『情況』2022年冬号に掲載された反体制ハードボイルド小説

 1985年11月29日、マルゲリ全学連の決死隊は浅草橋駅を襲撃した。船戸健一はその実行部隊の一人。船戸は公安の追跡を振り払い、そのまま逃亡生活に入った。
 この物語は、人生の大半を逃亡者として過ごした男の愛と戦いの記録である。

 1 活動家の世界には「ゲバ名」というものがある。ゲバ名は活動家が使う偽名のことで、有名なところでは、レー

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黒ヘル戦記 第七話 失踪者(前半)

黒ヘル戦記 第七話 失踪者(前半)

『情況』2021年秋号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第七話 失踪者
1985年11月、国鉄同時多発テロ事件が勃発。浅草橋駅襲撃に参加した男は、栃木県の温泉地で名を変え、地下に潜行した。

 1985年以降、年間の行方不明者数は7万人台から10万人台の間で推移している。最多は2002年の10万2880人、最少は2020年の7万7022人。
 男女別では男性の割合が高く、年齢層別では20歳台

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黒ヘル戦記 第六話 狼体験

黒ヘル戦記 第六話 狼体験

『情況』2021年夏号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第六話 狼体験
外堀大学には東アジア反日武装戦線にシンパシーを寄せる学生が多かった。70年代の爆弾グループに、80年代の学生たちは何を見たのか。

 狼の吠ゆれば燃ゆる没日かな
         大道寺将司

 1 外堀大学時代の同志にJという男がいる。Jと俺は同じ歳で、同じGK(学術行動委員会)の釜の飯を食った仲間である。
 Jは群馬

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黒ヘル戦記 第五話 秘密党員

黒ヘル戦記 第五話 秘密党員

『情況』2021年春号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第五話 秘密党員
1988年3月、外堀大学の学生会館が何者かに襲撃された。外部犯行説、内部犯行説が入り乱れる中、ある人物のスパイ疑惑が浮上する。

どこかに「誰も信じてはいけない」という感覚があった。
リンジー・モラン(元CIA諜報員)

 一 日曜日の朝、ジョーから電話があった。
「よ、武川、久しぶり」
「おお、ジョー、どうした?」

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黒ヘル戦記 第四話 ボクサー(後編)

黒ヘル戦記 第四話 ボクサー(後編)

『情況』2021年冬号に掲載された反体制ハードボイルド小説

外堀大学学生運動の歴史は、白ヘルと黒ヘルの抗争の歴史と言っても過言ではない。
権力との戦いで倒れた者よりも、白と黒の抗争の中で倒れた者の方がはるかに多い。
寺岡修一

 5 ヒュンと風が吹いたかと思ったら、パチーンという音がして、黒のサングラスの男が吹っ飛んだ。
 高野が引っ叩いたのだ。男は尻餅をついて、あわわと口を開けて狼狽えている。

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黒ヘル戦記 第四話 ボクサー(前編)

黒ヘル戦記 第四話 ボクサー(前編)

『情況』2020年秋号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第四話 ボクサー
1987年9月、白ヘル・マルゲリ派と一触即発の緊張状態にあった黒ヘル団体GKに、高校時代、ボクシングで名を馳せた男が加わった。GKは男の加入を歓迎したが、男は新宿のヤクザとのトラブルを抱えていた。

ボクシングはとても簡単だ。人生の方が遥かに難しい。
フロイド・メイウェザー・ジュニア
(元世界チャンピオン)

 1 学

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黒ヘル戦記 第三話 フラッシュフォワード

黒ヘル戦記 第三話 フラッシュフォワード

『情況』2020年夏号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第三話 フラッシュフォワード
神楽坂で小料理屋を営む女は元黒ヘル。修羅の世界から離れて20年、彼女はPTSDに苦しんでいた。

ドナルド・トランプは、いずれ自分の遺体をおさめるために、ネヴァダ砂漠にピラミッドを建設していた。完成のあかつきには、ギザの大ピラミッドより十メートル高くなる。
小説『フラッシュフォワード』より

 1  午後七

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黒ヘル戦記 第二話 ランボーみたいな人

黒ヘル戦記 第二話 ランボーみたいな人

『情況』2020年春号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第二話 ランボーみたいな人
1983年3月、町田移転阻止闘争は内部崩壊によって敗北した。この戦いを牽引した男は、その後も大きな葛藤を抱え続けることになる。その葛藤は2017年に没した元赤軍派議長、塩見孝也氏が抱えていたものと同じだった。

「ランボー、任務終了だ。もう終わったんだ」
「何も終わっちゃいない。何も。勝手に終わりにしないでく

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黒ヘル戦記 第一話 詐病

黒ヘル戦記 第一話 詐病

『情況』2020年冬号に掲載された反体制ハードボイルド小説

第一話 詐病
1992年12月、板橋区の居酒屋から警察に通報があった。「客同士が喧嘩を始めて収拾がつかない」という。この酔っ払いの喧嘩に、なぜか、警視庁は公安刑事を派遣した。事件の背後に何があったのか。

「君は正気なのか。正気で言っているのか?」
「正気ですとも。私は卑怯者です。だけど、正気なんです」
『カラマーゾフの兄弟』より

 

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