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犯罪と精神医学(1):犯罪者の"追っかけ"をする人の心理 ハイブリストフィリア

皆様、こんにちは!鹿冶梟介(かやほうすけ)です。

安倍晋三元首相が凶弾に倒れてから、二週間以上経ちました。

ご存じのように、この事件は政治だけでなく、某宗教団体も巻き込んだ、とても大きな問題になりつつあります。

そして、この事件を引き起こした山上徹也容疑者ですが、SNS等を見ると彼の行動を肯定する人が一部いるようです。

山上容疑者が行ったことは「殺人」という犯罪であり、非難されるのは当然なのですが、戦後日本の「政治と宗教」の関係に、結果的に楔を打ち込んだのも事実…、というのが彼を擁護する人々の考えのようです。

この問題については政治・宗教だけでなく、”イデオロギー”や”ナショナリズム"も関連してくるため、私はこれ以上は言及することを控えます。

しかし、驚いたことに山上容疑者に対する共感だけでなく、一種の”恋愛感情”を抱く女性もいるようです…。

雑誌、SNSでは、山上容疑者に恋する女性たちを”山上ガールズ”と称しております。

実は「犯罪者に対する恋愛感情」というのは以前より報告があり、心理学用語で「ハイブリストフィリア(犯罪性愛)」と呼ばれます。

今回の記事では、この「ハイブリストフィリア」について解説したいと思います。


【ハイブリストフィリアとは?】

個人が、犯罪者や違法行為をする人に性的関心を持つこと。「ボニーとクライド症候群*」とも呼ばれる。

Hybristophilia」は、「誰かに対する暴力・怒り(転じて”傲慢")」を意味するギリシャ語の「hubrizein」と「強い親和性/好みを持つ」を意味する「philo」に由来する。

典型的な例は、刑務所にいる犯罪者に手紙を出して追っかけをする女性達(刑務所グルーピーと呼ぶ)などが挙げられる。

ボニーとクライド: 1930年代に米国中西部で銀行強盗や殺人を繰り返した、ボニー・パーカーとクライド・バロウの犯罪者カップル。映画「俺たちに明日はない」は二人を描いた物語である。ボニーとクライドについては、今回は紹介いたしません(またの機会に...)。


【ハイブリストフィリアの分類】

ハイブリストフィリアは主に2種類に分けられる。

1.受動的ハイブリストフィリア

受刑者が犯した犯罪について、「言い訳」を探して正当化する。

犯罪者との特別な関係を築くことで、自らが特別な存在になろうとする。

そして対象となる犯罪者は、「自分を傷つけない」と思い込み、さらには「自分なら彼を救うことができる」と信じる。

2.積極的ハイブリストフィリア

犯罪者が行う犯罪を積極的に手伝う(被害者を誘い込む、遺体隠蔽の手伝いなど、犯罪に喜んで加担する)。

犯罪者が喜ぶことが自分の喜びとなる。

【ハイブリストフィリアの具体例】

図1: セオドア・ロバート・バンディのおっかけ達

<セオドア・ロバート・バンディ(Theodore Robert Bundy)>
1974年から1978年にかけて少なくとも30人以上の若い女性を殺害。「シリアルキラー(連続殺人犯)」という用語は、バンディを表現するために作られたと言われている。IQ124と頭脳明晰であり、法廷では弁護士をつけずに自ら弁論や弁護を行った。収監中、女性から数百のラブレターを受け取った(図1)。またバンディは、裁判中にキャロル・アン・ブーンという女性と結婚した。

<ジェフリー・ライオネル・ダーマー(Jeffrey Lionel Dahmer)>
米国の連続殺人犯であり、「ミルウォーキーの食人鬼」の異名を持つ。1978年から1991年にかけて、17人の青少年を殺害、死姦した後、その死体の肉を食べた。収監中に多くの女性達からラブレター、金品を受け取っていた。

<リチャード・ラミレス(Richard Leyva Ramirez)>
1984年から1985年にかけて、ロサンゼルスを中心に無差別に民家を襲撃し、13人を殺害。収監中に75通を超えるラブレターをもらい、獄中結婚をした。彼の裁判の間、何十人もの女性が彼の姿を見るために法廷に集まった。

<宅間守>
2001年に大阪教育大学附属池田小学校で児童8人を殺害、15名を負傷させた大量殺人犯。死刑判決が出てから、女性Aと獄中結婚。またA以外に、宅間との結婚を希望した女性Bがおり、最終的に宅間はAを選んだ。

<上祐史浩>
元オウム真理教幹部。1995年に国土利用計画法事件で逮捕(懲役3年)。オウム真理教のスポークスマンとしてメディアに出演。女性から人気を集め、彼の追っかけをする女性を「上祐ギャル」と呼んだ。

【なぜ犯罪者を好きになるのか?】

人が犯罪者を好きになる理由として、以下のような理由が挙げられます。

  • 生物学的に女性は攻撃的な男性(強い男性)を好む

  • 対象となる犯罪者を救えるのは自分だけ、と思い込むナルシズム(自己愛)

  • 犯罪者の中に、「幼少期の彼(犯罪者)」を見出し、彼を育てたいという気持ち(一種の母性)。

  • 注目を浴びた犯罪者に近づき、有名になりたい(出版や映像化をねらっている)

  • 刑務所に入っている男性は、一部の女性にとって「完璧なボーイフレンド*」になる。

囚人の"完璧なボーイフレンド化": 1.その恋人がどこにいるのか心配しなくて良い(なぜなら刑務所にいるから)、2.その恋人は逢瀬の時間もしっかり守ってくれる(なぜなら面会時間が決まっているので)、3.その恋人は会っているときはとても紳士的だ(なぜなら面会のときに、刑務官が立ち会っているから)

【犯罪者を好きになる人の特徴】

犯罪者を好きになる女性の特徴について、Katherine Ramdsland博士らは以下のようにまとめております。

  • 30-40代

  • 自尊心の低い人

  • 父親像の欠如(父性を十分知らない人)

  • 幼少期に虐待を受けた人

  • 所属するコミュニティにおける価値観が男尊女卑の傾向が強い人


【ハイブリストフィリアの対象となる犯罪者の特徴】

これは、鹿冶がハイブリストフィリアの対象となった犯罪者を調べ、"独断と偏見"によりまとめてみました(当てはまらないケースも勿論ありますが...)。

  • 凶悪犯罪に関与した犯罪者

  • サイコパス(共感性の欠如)

  • ナルシスト(自己愛が強い)

  • マキャベリスト(他人を利用とする)

  • メディアでの露出が多い

  • 知的(弁が立つ)

  • 不幸な生い立ち(母性をくすぐるような生い立ち)

  • わりとイケメン(外見がそれほど悪くない)


【病気なのか?治療法はあるのか?】

ハイブリストフィリアが精神疾患であるか否かには、賛否両論あります。

そもそも、精神疾患の診断基準DSM-5には「ハイブリストフィリア」に関する記述はありません。

これは、精神障害の前提である「本人および社会が困る」という状態に該当しないためです。

従って、治療の対象にはならないことがほとんどです。

一方で、「性依存」の一種と捉えたり、「性倒錯(パラフィリア)」の観点から論じる研究者もおります。

この場合、認知行動療法や、性欲を抑制するために薬物療法が適応になるでしょうが、彼女らが治療を求めて精神科医の元に来ることはまずないでしょう。

【鹿冶の考察】

<悪(ワル)について>
「悪(ワル)」というのは古今東西、人々を惹きつけます。

たとえばピカレスク小説などが人気を博すのはその証左でしょう(分かりやすく言うと、”ヤクザもの”や”怪盗もの"など)。

また、みなさんも思い出してほしいのですが、中学・高校の時って、いわゆる不良がモテていませんでしたか?

学校一の札付きのワルには、なぜか可愛い彼女が…、何て言うのは不良漫画の定番ですね(そう言えば、ヤンキー漫画も人気ありますよね…)。

このような悪(ワル)への興味・憧憬が極端な形となって現れたのが、「ハイブリストフィリア」なのでしょう。


<マゾヒズムとサディズム>
ハイブリストフィリアは「マゾヒズム」および「サディズム」の要素を多分に含んでいると思います。

犯罪者という「危険人物」にお近づきになりたいという欲求は、「傷つけられることも厭わない」という姿勢がなければ成立しません。

否、むしろハイブリストフィリアの人は「傷つけられたい欲求(マゾヒズム)」という、自己破壊的願望が根底にあるのではないでしょうか。

犯罪者に恋をして自らを傷付けたい、という一種の自傷的・廃退的欲求が危険な犯罪者への興味や崇拝を生むのかも知れません。

一方、サディズムについては説明は不要ですね。「人を痛めつける喜び」という社会的には受け入れられない気持ちを犯罪者とシェアしたいという、シンプルな動機に基づき犯罪者に近づくのでしょう。

前述の積極的ハイブリストフィリアは、まさにサディズムが根底にないと出来ない所業だと思います。

あくまで小生の考えですが、このように、ハイブリストフィリアの成立には、「マゾヒズム」または「サディズム」という異常心理が深く関わると思います。


<犯罪者の追っかけは許されるのか?>
以前の記事「エッフェル塔と結婚した女~本当に”奇病”なのか?〜」でも説明しましたが、「フェティシズム(対物性愛)」を含め、性倒錯(パラフィリア)においては、「本人がそれで満足し、そして周囲に迷惑をかけていないのであれば、それは病気ではない」のです。

従って、犯罪者の追っかけをすること自体は精神医学的には、別に問題はありません。

また犯罪に加担しなければ、法的にも問題はありません

しかし、社会通念上、「犯罪者の肩を持つ」という態度は、多くの人々から白い目でみられるのは間違い無いでしょう。

なぜなら、犯罪者を愛すると言うことは、その犯罪者が行った行為を肯定することであるため(少なくとも周囲はそう見る)、道徳的・倫理的に受け入れ難いことなのです。
(たまたま好きだった人が過去に過ちを犯していた…、というのとは全くの別物です!)

つまり、「犯罪者に恋愛感情を抱くのは自由だが、周りの人間はあなたから離れていくだろう」ということは、誰かが教えてあげるべきと思います。

【まとめ】

・ハイブリストフィリア(犯罪性愛)を紹介しました。
・異常心理ではありますが、治療対象にはならないかも知れません。
・“山上ガールズ”の方々に言いたい。今の恋愛感情、確実に黒歴史になりますよ?


【参考文献など】

1.Hybristophilia - The Bonnie & Clyde Syndrome, dyingwords.net
http://dyingwords.net/hybristophilia-the-bonnie-clyde-syndrome/

2.Women Who Love Serial Killers, Psychology Today
https://www.psychologytoday.com/us/blog/shadow-boxing/201204/women-who-love-serial-killers

3.Hybristophilia, the Attraction for criminals, PHMC GPE LLC
https://chmpsy.com/2021/06/24/hybristophilia-the-attraction-for-criminals/

4.‘Hybristophilia’ Could Explain Why You’re So Obsessed With True Crime, Women’sHealth
https://www.womenshealth.com.au/true-crime-hybristophilia/

5.Psychology of Hybristophilia, Owlcation
https://owlcation.com/social-sciences/psyhparaphilia

6.「塩顔ハイスペックイケメン」山上容疑者にガチ恋する女性が続々…山上ガールズの本音とは, FLASH
https://news.yahoo.co.jp/articles/e49bc05eb531dca3a2f29607daa66e298c79c171

7.Hybristophilia, wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Hybristophilia


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