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「ごはんが炊けるまで」

私は評価されていない、という悲しさに耐えきれず、だんだん人と疎遠になっていた時、そうだ、言いたい言葉が見つからないときは無理をして言わなくていいんだ、と米を研ぎながら思った。
チャイムが鳴った。インターフォンの画面を覗くと、大きな薄暗いものが映っている。いつもなら絶対に応対することはないが、何故だか今日だけは、誰かと話してみたいような気持ちになった。

ゆっくりとチェーン越しにドアを開けると、そこに居たのは輪っかを抱えた土星だった。
「指をパチンと鳴らすと何かが叶うとして、あなたは何を思いますか?」と、土星は開口一番に言った。
我が家にやってきた初めての惑星。しかも土星だ。
来客用のスリッパを探していると、「細かいことはお構いなく」と言い、彼はずかずかと部屋に入ってきた。そして唐突に「嫌味を言う人というのは、あなたに嫉妬しているんです。惑星どうしも、なんだかんだありましてね」と言い、ソファによっこらしょと身体の一部を預けると、近ごろの月と太陽の話をしてくれた。
土星によると、彼らは会うたびに「あれー?なんか顔、変わったよね〜」と嫌味っぽく言い合っているらしいのだ。それは単に影の問題で、双方とも何もいじってはいないはずなのにね、と。
私は土星をもてなすのは初めてだったため、まだ少しだけ緊張をしていた。
「あの、今、ご飯のスイッチを入れたばかりで。お出しできるものが、これしかないんですけど」と近所のコンビニで買ったチョコクッキーを差し出すと、土星は「かまへん、かまへん」と言いながら勢いよくクッキーを飲み込んだ。

その後土星は、最近読んだというグレートギャッツビーの小説の素晴らしさと、身体をすこやかに保つには、という給湯室での世間話のようなものや、惑星の勇気の不足についてペラペラと語り続けた。
私はソファの隅っこに押されるように座っていたので少しだけ肩が凝ってきて、しかもトイレに行きたくなってきた。ただ土星のおしゃべりは止まらない。正直に伝えるべきか、耐えるべきかを迷い始めていた。するとやはりそこはさすがの惑星である。「そろそろお後がよろしいようで」と土星は頭を下げると立ち上がった。
私が「何もお構いできず、すみません」と常套句を言うと、土星は「論理的に可能なものは熱意さえ充分ならば実現される」とアイシュタインの言葉をそのまま引用し、ウインクをして帰って行った。

私はわざわざ長距離を移動しきたのだから、明るい予言くらい残していって欲しかった、と思った。しかし結局は、どんな時も自分が自分を助けにいってあげることしかできないのだ、ということに気づいた。(私は、とっても悲しかった)。
透明なあの子を思い出して、澄んでいるとはどういうことか、と原子の配列から知見を得ようとしたこともあった。でも、こうやって揺れながら、揺れの中で統合していくしかないんだ。私は、それしかできないのだ!(それでイイ!)と気づいた。
なんだか一つの惑星を発見したかのような喜びがふつふつと湧き上がってきて、「99パーセントは勇気の問題です」と、母親への返信に賢者のようなメールを入れる。分子が高温で激しく振動するように、何かによって熱量を持つと、『只今(ただいま)』と漢字で表現したくなる謎の心理についても知ることができた。

ふと、おもちゃとして与えられたのが地球だとしたら、人間の虚飾の果たす社会的役割はどう捉えることができるのかを考えた。デモーニッシュな雰囲気のある人、つまり近づくほど不安な気分を与える人ほど何故か近づきたくなる理論があるというが、そんな恋は危険すぎる。
私が猫ふんじゃったをピアノで可愛く弾いていた時、背後にそっと近づいてきたブルガリの香水をつけた彼は笑って言ったっけ。「それ、泥棒行進曲?」
この曲を『カツレツ』と呼ぶ国もあるらしいと知ったのは、私がフラれたずっとずっと後のこと。

隣り合う白と黒の鍵盤の協和・不協和を探す時、これは何だか世の中の陰陽みたいだと気づく。「何かの音を意図的に外すと非日常が現れて民族的になるのよ」と教えてくれたピアノの先生の、ミント色の眼鏡を意図的に外してみたくて仕方がなかったっけ。
『イルカと星空』というタイトルの自作曲を披露すると、先生は静かにこうおっしゃった。「他の人に理解されるとは、心がそれを受け入れる準備をしている時だけなの」と。

3時33分に設定された炊飯器を見つめる。あと1分で米が炊き上がる。
土星はきっと今ごろ、夜空で輝いているに違いない。


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