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黒珈|くろこ|ビジネスラノベ作家
2024年5月14日 05:00
「ウソつきジュース、飛んでいけえーっ!」 河川敷で遊んでいた男の子達が、大声で叫んで足元の缶を蹴る。 『YES』と印刷されたそれは、むなしく宙を描いて、川の手前のよどんだ湿地にぼちゃんと落ちた。 その様子をボーッと眺めていた悠生は、背後に人の気配を感じて振り返る。「ホントは、戻りたかったんじゃないですか?」 缶ジュースを両手に持った制服姿の光璃が、彼の横に腰を下ろしながら言った。
2024年5月13日 05:00
「澤内さん」 ズンズンと歩を進めていく悠生に、光璃が声を掛けた。 彼の心中を察してか、その口調は幾分控えめである。「どこに行くんですか?」「そうやそうや、ウチはもうクタクタやで」 額に大きな絆創膏を貼った真深は、思わず本音を漏らした。 彼女だけじゃない、他の4人も心身共に疲れ切っていた。「……ここら辺でいいか」 競技場から少し離れた公園で、悠生は足を止めた。 しかし、背中は向
2024年5月12日 05:00
記者団が風の様に消えたあと、しばらくその場に佇んでいた稔流が、悠生の方をゆっくりと見て言った。「という訳だ、君にも迷惑をかけたな」「……」 悠生は、むっつりと黙り込んでいる。 そんな彼に構わず、稔流は幾分弾んだ声で話を続ける。「先代同様、俺は君の商品に大変興味を持っていてね。どうだい、もう一度研究所に戻って、会社復興の為に力を貸して貰えないか?」 この言葉に、悠生は一歩前に進んだ
2024年5月11日 05:00
稔流の話を要約すると、次の様になる。 モカコーラとBWの業務提携は、以前から双方の役員レベルで話題に上がっていた。 提携推進派だった福山副社長は、慎重派の大西社長を押さえ込む為、ある秘策を打った。 BWの株を、モカコーラの役員に横流しにしたのである。 更に、悪知恵が働く彼はstraightドーピング事件を画策、社長以下その一派を一掃した。 この時の実行部隊が、モカコーラ専務である松
2024年5月10日 05:00
稔流の発言に、ポカンとなった記者達。 真っ先に我に返った記者のひとりが、口を開く。「あなた、何か勘違いされてません? 我々が今日ここに来たのは『straightドーピング事件』に関与した疑いのある澤内悠生氏が高校女子駅伝に選手を送り込んだ、という情報を入手したからで、あなたの就任記者会見を撮りに来た訳じゃありません」「その情報を流したのは、わたしだ」「え?」「何っ!」 彼の話を聞
2024年5月9日 05:00
その事には、当然マスコミ各社も気が付いていた。 彼らは、スタンドの興奮が一通り収拾したのを見て、一斉に行動を起こした。「澤内コーチ、おめでとうございます」「佐山さーん、こっち向いてください!」「創部二年目の学校が初優勝、コーチの手腕もあったかと思いますが、それだけじゃないでしょう?」「試合前、選手達が飲料を飲んでいたのを目撃した人がいるんですが、ドーピングじゃないでしょうね」「全国
2024年5月8日 05:00
「よく頑張ったな、光璃」 澤内は、肩に掛けていた大きなスポーツタオルで光璃を包み、頭を優しく撫でてやった。「へへへ」 最愛の人に抱き締められて、彼女は満足そうな表情を浮かべた。 そこへ、残りの4人が飛び込んで来る。「やったあ光璃っ!」「優勝よォっ!」「ウチにも触らせろっ!」「この色男っ!」 ひと固まりになってぎゃーぎゃー騒ぎだした6人に、スタンドの観客はいつまでも惜しみない拍手を
2024年5月7日 05:00
目の前に、大きなトラックフィールドが広がっている。 光璃が競技場に入った瞬間、スタンドから大きな拍手と歓声が響いてきた。「何だ、急に人数が増えたんじゃないか?」 あまりの声援に、営業課長は驚いて腰を浮かした。 何故こんなに人が集まったのか? それは、テレビ中継の効果であった。 中継車まで動員した大手民放は、レギュラー番組を急遽取りやめ、全国に桔梗女子VS聖ハイロウズ学園の熱戦を
2024年5月6日 05:00
「終わったわね」 松澤の乗ったパトカーを見送った豊田は、背中に掛けられた言葉に振り返った。「……お前か」 スーツ姿の女性を見て、彼は吐き捨てる様に言った。「畜生、せめてあの野郎を一発殴ってやりたかった」「そんな事したら、あなたまで刑務所行きじゃない」 弥生は、たしなめるようにそう言った。「澤内君と、走れなくなっちゃうわよ」「……それは困る」 気を取り直した豊田は、目の前に居る謎
2024年5月5日 05:00
縁石に軽く跳ね返ったそれは、絶妙なタイミングで転がって、走り込んで来た光璃の足元へと向かう。 その瞬間、沿道から飛び出した一人の男が、転がってきた缶をぐしゃっと踏みつぶした。 慣性で前に行きそうな身体の勢いを殺し、くるっと彼女に背を向ける。 一瞬、そちらを向いた光璃だったが、何でもないと判断したらしく、再び前を向いて走りを続けた。 驚いたのが、増沢。「何っ?!」 渾身のタイミ
2024年5月4日 05:00
「リタイアだと?!」 増沢は、手にしたスマートフォンを思わず取り落としそうになった。 第五区の選手が、ガードレールに激突して途中棄権。 これで、地区大会出場条件である二位以内確保の望みも完全に絶たれた事になる。「揃いも揃って、この役立たずが!!」 怒鳴りながら通話を切った彼は、ギャラリーが詰めかける市役所通りの沿道へと戻った。「……結局、信じられるのは自分だけか」 彼の右手には、
2024年5月3日 04:30
「追いついたっ!」 後先を考えないオーバーペースで光璃の背中をとらえた引地は、ここが勝負所と、一気に差を詰めてきた。 だが、彼女のこの判断は、結果として命取りになる。 現在地は、瑞枝街道が市役所通りに合流する急カーブの手前。 しかも合流地点は、長い下り坂から一気に平坦なコースに戻るというおまけ付きで、選手の間からは『魔の左カーブ』と言われる危険な場所であった。 ほとんどスピードを落
2024年5月2日 05:00
(身体が、軽い) 地面を蹴りながら、光璃は自分を包み込む不思議な感覚に酔いしれていた。(今の私には、路面の砂一粒一粒、空気の流れる線まで分かる様な気がする。 どこまでも行ける、誰にも負けない……) 彼女は確信する。『走っている時、私の体は路面から浮かび上がり空を飛んでいました。まるで鳥のように』(D大駅伝部一年の澤内さんは、箱根第六区を走りながら、こんな感覚を抱いていたんだ)
2024年5月1日 05:00
「何しとんねん、また抜かれとるやないか!」 先程の上機嫌はどこへやら、再びカミナリが落ちた増沢は、大伊里に掴みかかった。「言うたやろ、絶対負けられへんねんで」 しばらく彼のなすがままにされていた大伊里は、やがて増沢の手を振り払うと、低い声で言った。「ド素人が……勝負事に口を出すんじゃない」「何だと」 その仕打ちに、増沢の口調がガラリと変わった。 あれ程出ていた関西弁が全く消え、言葉