Tomo

外房の山の中で古民家ぐらし。 日常で感じた想いを忘れずに留めておくためのメモ帳。平凡な…

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外房の山の中で古民家ぐらし。 日常で感じた想いを忘れずに留めておくためのメモ帳。平凡な日々の平凡な日記です📓♡

最近の記事

食べかけの抹茶パフェ

で失礼します。 最近わたしは毎日近所のガストにいる。車で15分ほどの距離にあるガストはとても近いわけでも遠いわけでもないが、「仕事場に行く」気分でここのところ足繁くかよっている。特に特徴があるガストなわけではないが、何はともあれ仕事が捗るからだ。 そんなガストに今日はずいぶん長くいる。ドリンクバーで居座る罪悪感と、疲れた脳に糖分を行き渡らせたい一心で、季節限定の抹茶ゼリー&わらびもちを頼んだ。 安いし、どうせチェーン店のパフェだろう、とはなから期待はゼロ。ところがどっこ

    • イノシシの日の夜。

      今日食べたもの。 栃木で有名なアキモト・パンの甘納豆コッペパンにピーナツクリームと粒あんはさんだやつ。 夕飯はいのししのボロネーゼ🐗🍝 お肉ごろごろチーズとろーりん🧀 さいっこうにうまかった。 毎日たくさん、しかも美味しいもの食べられるなんて こんなしあわせなことないね。 ありがたや。 それからパスタ後にお土産で持って帰ってきたゆべしを食べながら同居人とおしゃべり。トピックは「SNS」。 なんでSNSって開いちゃうんだろうね〜。最近他の人がどーしたこーしたに本当

      • むつかしくて、もどかしい。

        ばあちゃんちから家に帰る 帰りの新幹線の中で書いている。 思い返せばおさないころ、母や弟と遊びにてきいたときは、帰りの新幹線でよく一人泣いていたなぁ。夏休みや冬休みをばあちゃんちで過ごすのが本当に好きで、家に帰るのがいやだった。夏休みが嫌だったのか、自然豊かな田舎が好きだったのか、ただ現実逃避したかったのか、理由はハッキリしていなかったけれど。とにかく帰り際はさみしくってたまらなかった。 でもおとなになった今、そんなことはなくて。もちろん少しのさみしさはあるけれど。 そ

        • 熱を出して良かったこと。

          ばあちゃんちに来た。 喜寿のお祝いで。 久しぶりにおじさんやおばさんたちに会って嬉しかった。みんな相変わらず優しくて、言葉や態度のはしばしにあたたかさを感じてほっこりした。自分もやさしい人間であろうと思った。 そんなこんなで田舎を満喫して昨日帰ろうと思ったのだが、身体が動かない。起き上がれない。どんなに風邪ひいて調子悪くてもいつも食欲あるのに食べられない。 熱を測ったら39.7°。こりゃ延泊決定。フルーツ食べたいと言えば、母ちゃんスーパーまで買いに行ってくれ、雑炊食べた

        食べかけの抹茶パフェ

          ことば。

          に残すといつまでも覚えていられる。 だけど、そうすると、 言葉にしなかったことは どこかに忘れ去られてしまい、 なかったことになってしまう。 大切だけど言葉にならなかったものは どこに行ってしまうのだろう。 いっそのこと、全て言葉にしないほうがいいのかもしれない。 大切なことを書き残すよりも、 あるときふと、思い出したことが大切なのかも知れない。

          ことば。

          91歳のおじいさんとの出会い。

          岩手県は一関市東山町。 ここには、ラーメン屋がない。 そんな町にも、3軒の居酒屋があった。 旅先では、夜はローカルな酒場のカウンターに座る、をモットーにしているので、かなり入りづらかったが、勇気を出して一軒に足を踏み入れてみることにした。 「営業中」の看板を確かめて勇気を出して扉を開ける。こんばんは!と言うと、奥からお母さんが出てきた。店内には誰もいない。私はカウンターに腰を下ろし、地酒があるかと尋ねた。旅先では、その地のお酒を飲むのがお決まり。おすすめの岩手の日本酒を

          91歳のおじいさんとの出会い。

          おなじ海でもちがう海

          はじめてきた気仙沼。 目の前には海。海。 いつもいる場所も海のそばだけど、 同じ海のはずなのだけど、 ふだんと違う気持ちになる。 サーファーはいないし、波は激しくない ここのうみは湾だから穏やかで 海鳥がところどころ浮かんでいて カモメがピーピー鳴いている とっても透明で透き通って見える 大きな船がたくさん停まってる そしてきっと、ここにはたくさんの命が漂った きっと最後のが理由かな。 . この街のそこかしこには "海とともに生きる"ということばと そのための工夫が

          おなじ海でもちがう海

          ひとり旅、はじまりはじまり

          いざ、数年ぶりの東北へ。 リュックを背負って、 久方ぶりの電車ひとり旅。 なにが待ってるかなぁ。どきどきわくわく。 最高の旅日和。 いつも通り、バッグに荷物を詰め込みすぎて、駅までの道すがらすでに後悔。スマホだけでいいかなと思ったけど、やっぱりカメラも。パソコンいらないかなって思ったけど、念のため... もう戻れない。毎度やらかしても直らないのが人間。 今日は5月くらいのあたたかさらしい。たくさん歩いて汗かきそうだけど、ようやく訪れる春の陽気に気持ちが浮き立つ。

          ひとり旅、はじまりはじまり

          うみ

          どうしてうみは きらきらしているのだろう? どうして きらきらは きれいなんだろう? 3月下旬 あたたかい なつのうみのかおりがする

          こたつ中のポジション争い

          ホーホケキョ カーカー チュチュ ホーホー 今朝も鳥たち大合唱🦜 そんな声をききながら、布団の中でゴロゴロ。昨日は充実の一日だったのに、日記書き忘れた...なんて思って急いで書いている月曜の朝。 昨日は勝浦朝市に行って、沖縄そば食べて、それから蔵開き。行くと知ってる顔がたくさんあって、みんな楽しそうに飲んでニコニコしてて。すてきな空間にあったかくて、いい時間が流れていた。みんながそれぞれ幸せに過ごしている場所にいると、自分も幸せになるナァ🌈と思った。 帰ってきて、3人

          こたつ中のポジション争い

          窓越しに映る空

          いつもいる場所だからか気づかなかったけれど、常連客の友達に言われ、お店の窓が汚れていることに気づいた。 カフェの営業終わり、そんなほこりだらけの窓を雑巾で拭いていた。すると磨いている窓越しに、落ちていく夕日が見えた。 「わー!きれー!!」 思わず声に出ていた。外にいるから聞こえないはずなのに、中にいる友達たちに「めっちゃ綺麗やで!」と叫ぶ。あまりの素敵さにぼんやりと、ずっと眺めてしまった。なぜだろう、青とオレンジに染まった夕方の空はいつだって心を潤してくれる。 そんな

          窓越しに映る空

          春分の日はカレーと牡丹餅を。

          春分の日の今日。昨年と同様、一緒に住む友と神社へお参りに行った。朝一番に向かったからか去年ほど人はいない。二人で手を合わせて想いを伝える。 それからその足で近くの海岸へ。手には、最近できたカフェで買ったドーナツとコーヒー。海風が冷たかったから外に出るのは諦め、車の中でドーナツをほおばった。「おいしいねー。」「遠くの海はきれいな青だね!」なんて言葉を交わしながら、あーだこーだ。 そんなふうに喋っていると、突然、横にいる友が、ついさっき神社で撮った二人の写真を眺めながら「いま

          春分の日はカレーと牡丹餅を。

          それでも変わらないもの。

          私はゆらーりゆらーりと揺られながら、次の行き先もわからない小さな舟に乗っています。どこへ行くのかわからないけれど、たまに近くに食料や水などの生きるために必要なものが流れてくるし、頻繁に違う舟に乗っている人ともすれ違います。そんなときは挨拶のことばを交わし合ったり、時にお喋りしながら同じ方向にしばらく一緒に進んでみたりします。だけど最終的には、また一人になって、「あっちかな?」「こっちかな?」と迷いながら、果てしない大海の中を一生懸命進み続けるのです。 コロナが世界を席巻する

          それでも変わらないもの。

          27歳0歳目「ギフト」

          27回目の誕生日を迎えた今日、思いがけないプレゼントをもらいました。それは、ものでもお金でもない、「ことば」のプレゼント。 その人が贈ってくれたのは、視力と聴力を失った重複障害者でありながらも教育者として活躍したヘレン・ケラー師の言葉でした。 「世界で最も素晴らしく、最も美しいものは、目で見たり手で触れたりすることはできません。それは、心で感じなければならないのです。」 心で感じること、自分の心に素直に生きることが大切。頭ではわかっているものの、それは不安で、難しいこと

          27歳0歳目「ギフト」