マフオカ

蟹です。好きな本の話をします。夜更け、本を読みながら食べるペヤングはどえらくうまい。

マフオカ

蟹です。好きな本の話をします。夜更け、本を読みながら食べるペヤングはどえらくうまい。

最近の記事

  • 固定された記事

俺のペヤングを盗み食いした貴様にススメたい三冊

 俺のペヤングがない! 籠の中を――カップ麺をしまっているあの籠だ――覗いて俺がどれだけ嘆いたか、貴様は知っているのか。ペヤングとともに楽しむはずだった本の話をしてやろう。貴様の罪の重さを知るがいい。  タイトルから察せられるとおり鳥類学者がその仕事について書いている。このエッセイのいいところは楽しさだ。要因のひとつにまんべんなくちりばめられた小ネタがある。漫画や映画などがたとえに動員されていて満天の星空のごとく繰り出されるものだからたまらない。まばゆく輝く小ネタにむふふと

    • 暴走警備ユニットの胸きゅん人見知りコメディ(非ロマンス)

       よい本を読んだ。ロボットSFであり、コメディであり、テクノスリラーである。  ざっくり説明すると、地球人類が宇宙へ旅立ち植民している遠い未来を舞台に、人型警備ユニットが人間を守ったり守られたりする話だ。ざっくりが過ぎるのでもう少し説明させてほしい。というか、語らせてほしい。  本書は保険会社に所属していた人型警備ユニットが宇宙各地で自身の使命感に従い人助けする話で、中編四編からなる。一人称は「弊機」。こっちこちのですます調に見慣れない一人称で堅苦しいかと思いきや、「弊機」

      • 時間に洗い流される前に、あたりまえを解き明かす

         先日ニーチェの『この人を見よ』を読んで、まだその読後感の鮮度が落ちていないころだったからだと思う。間に読み終えた本はいくつかあったけれど、この『リクルートスーツの社会史』との間に橋が架かったように感じた。『この人を見よ』が圧の高い自伝であるのに対し、本書は落ち着いた筆致で社会史について書かれていて印象もジャンルも内容も違うが私の中ではリンクができた。  いずれも、あたりまえをあたりまえのまま受け容れることに疑義を呈する書だ。  ただし本書は声高に思想信条を主張するものでは

        • BADなひとびと 超克の流儀

           2019年秋、日本はラグビーW杯に沸いた。屈強なラグビー巧者たちが本邦に集結したことにも驚く(何度誘致しても来てくれなかったのだ、W杯)が、超人たちの美技をこんなにも贅沢に目にする機会が来ようとは。さらに今大会では日本代表が躍進を遂げ、プール戦全勝を果たし決勝トーナメントに!  パスを繋げても繋げても攻撃しているはずなのに前進どころかじりじり後退していくという時代が日本代表にはかつてはあった。切なく応援しつづけていたけれど、まさか自分の目が黒いうちにこんな日が来ようとは思い

        • 固定された記事

        俺のペヤングを盗み食いした貴様にススメたい三冊

          ゼロサムゲームの幸せ豆腐

           呑みたい。そんな夜がある。  だからといって鯨飲したいというほどワイルドな心もちではない。ナイトキャップと洒落込むには眠気が足りず、腹はくちくなっているはずなのに食べたい気持ちがある。ごくちんまりした欲望なのだ。しかし今飲み食いしてしまえば一日の理想的総摂取カロリーを大幅に超えるのは間違いない。  我慢するか。それがいい。  分かっちゃいるがちんまりしているくせに欲望は釣り針の返しのごとくがっちり意識の表層に食い込み、ひーらひらひら注意を惹くんである。  こういう

          ゼロサムゲームの幸せ豆腐

          山に殺人事件に人間関係にサスペンス要素も。巡査さんはほのぼのしてばかりもいられない

           ラグビーW杯がいよいよ始まる。屈強なラグビー巧者たちが日本に集結していると思うとうっとりしてしまう。夢のようだ。スポーツはまるで駄目、走るのはおろか歩くことも能うかぎり遠慮したい怠惰な私だがラグビー観戦は別。ルールは未だきちんと理解できず、「今、アドバンテージが解消されちゃったのはなぜ?」と首を傾げつつ、楕円形のボールがあちらへこちらへ向かうさまをわわわ、と目で追うだけだけど好きなのだ、ラグビーが。  さてなぜ無理くりラグビーの話をしているかというと、ウェールズ代表がW杯出

          山に殺人事件に人間関係にサスペンス要素も。巡査さんはほのぼのしてばかりもいられない

          元社畜OLが天才アサシンに

           毎朝七時半、ツイッターでの更新を楽しみにしている四コマ漫画がある。星海社ツイ4で連載されている『幸せカナコの殺し屋生活』( https://sai-zen-sen.jp/comics/twi4/kanako/ )だ。 ブラック企業を満身創痍で退職したOL・西野カナコ。 転職先はまさかの〝殺し屋〟!? 人殺しなんて無理無理無理無理カタツムリ――――!! ……と思ったら、天性の才能が大開花! 世のため人のため、今日も悪をやっつける――――☆ (表紙紹介文より抜粋)  うまく

          元社畜OLが天才アサシンに

          キレっキレのギャグとペーソス、弟子の目を通して描かれる楽聖

           ピアノを習っていたころを思い出す。ひととおりの基礎を経てバイエル(黄色と赤があった気がする)、ソナチネ、ソナタと初学者向け教材をこなすとモーツァルト、そしてショパンへ進むのが普通のコースだった。モーツァルトを終えさあ次の教材はとなったとき ――いよいよ来るな、ショパン。  と思ったものである。週に一度のレッスンと毎日一時間二時間の練習を続け、この時点で十年近くを費やしている(学齢前から始めてこの進捗、という時点でお察しの腕前なんである)。子どもからすれば膨大な時間とエネルギ

          キレっキレのギャグとペーソス、弟子の目を通して描かれる楽聖

          超大型新人のデビュー作(ただし百年前)

           アガサ・クリスティという女の人が昔イギリスにいて、推理小説を書いていました。――私がクリスティについて事前に知っていたのはこのくらいである。  どのくらい昔なのか定かでないし、なんなら「アガサ」という名前から女性だろうとあたりをつけただけで頭脳は大人で体は子どもの名探偵漫画に登場する阿笠博士はおじさんだからもしかすると間違っているかもしれないというくらいあやふやであった。まるで知らないといっていい。 「クリスティを? 一冊も読んだことない? マジで?」  どん引きされたこ

          超大型新人のデビュー作(ただし百年前)

          すとん、とおさまる丸み

          心にすとん、とおさまる短編小説を読んだ。 このおさまりの良さはいうなれば丸みだ。しかし丸いものをただまるいと言い表して果たしてこの小説の丸みが伝わるだろうか。心に一度おさめた丸みを取り出し撫でくりまわしながら考える。 この作品の主人公裕子さんはおそらく三十代、もしかしたらアラフォーに差しかかっているかもしれない年ごろの女性だ。舞台は日本のどこかの都市。東京かもしれないしそうでもないかもしれない。裕子さんの勤め先は近くに大学がある商店街の小さな不動産会社。地方であれば

          すとん、とおさまる丸み

          友に恋人に、英雄として人々に愛された女の痛みと選択を描く架空戦記

           家族や友人に「おもしろかったよ、読んでみて!」と勧められる本もあれば、「とてもよかった」という思いを胸に抱きなでさすり重みを味わいたくなる本もある。『銃座のウルナ』は後者だ。  覇権国家レズモアとエコールの戦いが激化するなか、孤児としてしかし愛されて育ったウルナは美しい故郷トロップやその地で暮らす友を守るために志願兵となった。ウルナが狙撃兵として配属されたのはエコールとの最前線でなく、居留する蛮族ヅードとの紛争が生じた極寒の孤島リズルのケニティ基地。この基地に出入りする兵

          友に恋人に、英雄として人々に愛された女の痛みと選択を描く架空戦記

          ピグマリオンとガラテア、物語の類型

           そういえば原作は読んでないな、映画は観たけれど。――そんな本がいくつもある。私にとってバーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』、映画「マイ・フェア・レディ」の原作はそのひとつだ。A・ヘップバーンファンのつれが「原作と結末が違うんだよ」と教えてくれたので読んでみた。  「序文 音声学の教授」、戯曲、「後日譚」の構成になっている。結論からいおう。とてもおもしろい。花売り娘イライザの語頭h音を出せなかったり、【ei】を【ai】と発音したりする癖がうまく訳されていて戯曲の生き生き

          ピグマリオンとガラテア、物語の類型

          昭和へ帰る旅/『ドライブイン探訪』

           ドライブイン。国道や県道など幹線道路沿いの駐車場つき商業施設を日本ではかつてそう呼んでいた。  往時の勢いが嘘のような静けさもある。変わらぬ盛り上がりもある。客層が変化した店もある。  本書は、そのドライブインを訪ね歩いた記録である。ドライブイン店主たちの個人史から、戦後の道路政策、自動車や外食文化の普及の道すじが見える。  著者は1982年生まれ。〈昭和という時代に対してわずかな記憶しか残っていな〉いという。 僕が生まれた頃にはもうファミリーレストランやマクドナルドが

          昭和へ帰る旅/『ドライブイン探訪』

          怪獣と少女漫画の間に、深くて暗い溝なんかなかった

           怪獣が好きだ。少女漫画も好きだ。好物を組み合わせれば旨味は二倍、いや、二乗になるのではなどと考えて食べものでちょっとしたアバンチュールをやらかしたりすることもあるが、怪獣と少女漫画という好物をそもそも組み合わせようなどという発想がなかった。  この作品によって私は、怪獣と少女漫画の間に深くて暗い溝なんてなかったことを知った。大怪獣と少女漫画のマリアージュ、なんと幸せな衝撃だ。  『乙女怪獣キャラメリゼ』はこういう話だ。  女子高生赤石黒絵は、幼いころから感情が昂ぶると体

          怪獣と少女漫画の間に、深くて暗い溝なんかなかった

          悪に手を染めた者の旅路の果て

           大人気作『ゴールデンカムイ』最新巻を読み悪人に思いを馳せた。  日露戦争帰りの「不死身」の二つ名をもつ元軍人とアイヌの少女が金塊をめぐる陰謀に巻き込まれる冒険物語だ。バトルアクションあり、狩猟グルメあり、ギャグにお色気、さらに新撰組鬼の副長・土方歳三が箱館戦争後生き残り、ひそかに収監されていたという歴史改変要素もあり。おいしいものぎっちりがっつりてんこ盛りなんである。  最新巻もおもしろい。  見どころは第七師団先遣隊に加わった杉元たちの樺太での活躍、あるいは次巻へつなが

          悪に手を染めた者の旅路の果て

          まるでモノクロ映画のスチールのような昭和三十三年の日本、東京

           この都市に限らないかもしれないが、東京には容赦なくアップデートしつづけてもたらされる新味と、そんな変化なぞ知らぬ気な古色とが同居している。たとえば私が学生時代から住む街にはテーラーがいくつかある。  いや、あった。  物心ついたときから服といえば既製品だった。かつては服をオーダーメイドするのが普通だったのだとか、なんとなく聞き知っているだけでテーラーには足を踏み入れる機会もなかった。  縁はないが何となく顔見知り、といった風情の街のテーラーが一軒減り、また減ってとうとうなく

          まるでモノクロ映画のスチールのような昭和三十三年の日本、東京