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四六時中の刹那

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どこからでも読める日々の誰かのつぶやきのような物語。 これは、ことばの宇宙。 わたしはどこにでもいるし、どこにも行かない。 小さな小さな、只のため息。 先を創るのは、あなたたち。
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記事一覧

四六時中の刹那 (8)

四六時中の刹那 (8)

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そいつは何のためらいもなく転がる私に向けて放尿した。嫌でも伝わってくるそいつの内臓の温かさが暴力的に私を慰めた。開放感溢れるような眼差しを向けてそいつは私を見下していた。ゆっくりと煙草に火をつけるとそいつはしゃがみこみ、私と視線を同じにしてニヤリと笑ったかと思うと、一瞬の躊躇いもなく私の首筋に煙草を押し付けた。私の頭は縮れて、纏わり付くような血の流れが血管を支配した。ふわりと空中に浮かん

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四六時中の刹那 (7)

四六時中の刹那 (7)

ふーくんのお嫁さんはユキちゃんだ。ユキちゃんは六人兄弟の長女でおばあちゃんに育てられたから煮物とか焼き魚とかお漬物とかすごく上手で、その料理がふーくんの胃袋を掴んで離さなかったんだと思う。ふーくんは私の膝に足を乗せてユキちゃんに電話する。ユキちゃんはずっと私とふーくんが児童園にいた時から友達だ。ふーくんは私のお兄ちゃんみたいでお兄ちゃんじゃなかった。本当のお兄ちゃんは妹をかわいがらない事はよく知っ

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四六時中の刹那 (6)

四六時中の刹那 (6)

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コーネルの箱に詰まった詩的な感情と莫大な日々の追憶を読み込んだ私の脳は、爆発しそうな感情で時の隅にうずくまっている小さな子供を道連れに、地面を掘り続けた。そこを掘ればきっと出てくるんだろう。あの日捨て去ったあの辺の苛立ちとか、ずぼら過ぎるあんたの鬱憤だとかが。エキセントリックなあんたらとは薄っぺらい膜で隔てられている。その膜を破ってあんたらは私達をおかずに踏みにじる。搾取もいい所だ。燃や

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四六時中の刹那 (5)

四六時中の刹那 (5)

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ママがいないので、焼かれちゃったよ。いたいよ、あついよ、こわいよ。パパとママの所に戻っていいかなあ?そう神様に尋ねたら、安心して、今度は大丈夫だからって、抱きしめてくれたよ。またふわふわの水の中で、だいちゃんといっしょにパパとママのおうちに戻るよ。でもね、すごくかわいそうな子供たちが天国の神様のもとにはまだ沢山いて、そういう子供達は愛され方がわからないから、どこにも行けないんだって。

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四六時中の刹那 (4)

四六時中の刹那 (4)

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仕事から疲れて帰宅すると、ちびすけが寝息をたててぬいぐるみ抱きしめて眠っている。それがいじらしくかわいすぎて、俺は幸福感に包まれる。あの頃恐れていた、虐待する親に俺もなるかもしれない、というのは結局思い違いで、ちょっと安心する。

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長い長い夏休みがこわい。蒸し暑い不快感で目が覚めて、夜はそれで寝付けない。朝はおなかすいて、机の上の500円玉で外に買いに行くのもめんどくさい。それ

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四六時中の刹那 (3)

四六時中の刹那 (3)

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みかちゃんの手をとって歩く。みかちゃんの手にはいつも力が無くて、握っても、握り返してくれない。家畜のように、無意味なみかちゃんが、私の唯一の友達。いじめられているみかちゃんと、いじめられている、私。みかちゃんと遊んでも、わくわくする事なんて無くて、ずっとずっと、こんなふうに人生が続くのかと思うと、つらかった。みかちゃんの手を今日も握る。それがとてつもなく嫌でたまらなくなって、みかちゃんの

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四六時中の刹那 (2)

四六時中の刹那 (2)

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小学校二年生だった。僕は若い副担任の家にお呼ばれされて、父親に殴られた場所を見せた。青紫のその場所を先生がそっと触って、キスしてくれた。僕は先生の家のプールに入って時間を忘れてのびのび泳いだ。先生も水着に着替えて一緒に泳いでくれた。僕には母さんがいなかったから、母さんってこんなのかなあってちょっとドキドキして嬉しかった。プールから上がった僕をきれいに拭いてくれた先生は裸だったけど、僕は特

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四六時中の刹那

四六時中の刹那

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犬みたいなあの子に噛みついたのは、衝動的欲求からだった。痛いですよ―ははは、と笑うあの子を掴み、連れ去りたかった。真面目に怖くなったので、遊びの延長線上みたいに今度はあの子をくすぐった。そして逃げるつもりだった。それなのにあの子は、力強く私を抱きしめてきた。不意を突かれた私は、その力に驚き、その繊細な美術品のような華奢な胸に落ち込んだ。暖かかった。

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滲み出ている不幸とか、特急

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