見出し画像

社会の"こうあるべき皮"を剥く場所と剥く勇気【休職3か月目】

↑前のお話

※自分の為に書いてるのでめちゃくちゃ読みにくい
※小見出しとかないのでお許しを


人に話せば何とかなったのに
人に相談すれば何か見つかったのに
人に頼れれば希死願望なんて抱かなかったのに

人に相談するというやり方を私は教えてもらうことが無かった。

だから心の底から信頼できる人がいなかった。

私のパーソナルスペース的なのはとても狭い。
だから"知人"が多い

申し訳ないけど、高校から唯一連絡を取っている友達にも
小学校からの幼馴染にも
もちろん家族にも

弱音を吐かない。みんな"知人"

自分の悩みを相談できない。

自分の悩みを相談するのは
解決する糸口と
自分の考えが整ってから。

それからじゃないと
人に自分の悩みを打ち明けてはいけないと思ってきた。

つまり、

答えを全部自分で用意してからが
相談のスタート。

そんなんで生きてきたから
社会に潰された。

でも大人になってからやっと"友達"が出来た気がする。
私の"友達"は親にも相談できない悩み事を
相談できるのが第一条件だったような気もする。

7月に入って、私の誕生日がやってきた。
生まれて初めて家族以外のたくさんの人と
ケーキを分け合った。

友人の手作り激うま桃のタルト

今まで私は誕生日を大勢に祝ってもらったことが無い。
周りに知人ばかり作ってきたから。

それがこのいい大人の歳になって
ケーキを分け合うというのが本当にうれしかった。

インスタでホテルで風船飛ばしてお祝いとか
いいお店でディナーとか。

本当は憧れてた。憧れてたけど
誕生日当日は家族にお祝いしてもらうのが精いっぱい。

その時にいつも
「ああ、正直にたくさん悩み事を話して
お互い支え合う友達がたくさんいたらなあ」
と自分を責めてきた。

のに、
私の周りにはちゃんとあったかい人がいた。

言ってしまえば
偶然バイト先の友達でもないし
偶然おんなじクラスになった子たちでもない

大人になってお金を払って
集まっている形かもしれないけど

でも私は嬉しかった。

それは数か月の中だけど、
私が人を信頼できるようになってきたからかもしれない。

休職して、出会った人たちはみんな
私の化けの皮が剥がれるのを喜んでくれた。

素の私の上に何層も何層も何層も重なった
20代のこうあるべき、snsのこうした方がいい
そんな考え達が剥がれていくのを、とても喜んでくれた。

そんなだから私は

英会話もやめた
キックボクシングもやめた
ワーホリ計画もやめた
みんなが気に入るロゴ作成もやめた
snsのフォロワー気にするのもやめた
映え写真とかやめた
自己啓発本全部ばいばいした
高い美容室行くのもやめた
そして↓の記事(私について素敵に書いていただきました)
にもあるように
夜のzoom会議にメイクするのもやめた。

そんなまっさらな状態があったから
自分の核となる部分を自分でも気づけるようになったから
やりたいことを見つけられた。

それは、あるピザ屋さんに会って
お話を聞いた時。

自分の丸裸になった核となる部分に
到達した音がした。


totonoipizzaたっちゃんに会った時に
食べ物の話を聞いて
感情がワッとあふれてきた。

側にいた人たちは
いい大人がピザ食べて泣くから
驚いたかもしれない。
でも私がなんで鳴いてるのかを
聞いてくれた。

私の友達はすごい。

みんなは私がたっちゃんの話を聞いて
おいしいピザを食べて泣いちゃったところが
印象的かもしれないけど
確かに私もその時が一番感情が溢れたけど

それまでがとても自分の中で大事だったようにも感じる。

この場だったら自分の感情に素直になってもいい
泣いてもいい(人前で泣くとかありえんかった)
自分の思いに触れて良い
そう思える場だったからで

そして私的にはその場に居る人たちを信用するまで
かなりのハードルがあってそれが取っ払われてたから

自分は食べ物の、その存在の
その食べ物に込められた愛を

大事にしたいんだ。と、
自分の人生で大切にしたいものに気付いた。
(ピザで泣いた話はここに書いたのでもう割愛↓)

https://www.instagram.com/p/CvWaGY1rNs3/?utm_source=ig_web_copy_link&igshid=MzRlODBiNWFlZA==

前の記事のsuzuriの話に戻るけど、
私は作った人がいるのであれば
その作った人が望む形で消化されるところに美を感じるし
そうでなければならないと感じる。

私がグッズになるためのロゴを作れるように
食べる人がいるからジャガイモを思う存分作れると思う。

最初から捨てられることを前提に作る
そんな悲しい人はいない。

そんな私の核となるマグマのようなものに気付いたこのtotonoipizzaの会に
その場に居てくださった方々に
改めて

愛してると感謝を。

これが休職して、つながりの学校に入って2か月ほどのお話。
まだ強烈な話あるので忘れないうちに書く。


ちなみに、メンタルはまだ回復していないので
月一で精神科通って薬飲んでます。

↓休職4か月目はこちら


同情するなら投げ銭して