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詩『卒業』

(1.登校)
早朝。裸眼、両目0.01。鏡に映るぼんやり、とした紺色の群像。夢うつつのままで、寝ぼけ眼を洗い流す。重い足取り、重い自転車のペダル、重い片頭痛、重いチャイム。午前中の教室に入る前に、おおきなブレスの貯蓄。存在という体臭をかき消して、ぶあついゴーグルを装着しなければならない。あっぷあっぷ、あっぷっぷ、ばあ、水槽のなかの金魚たちが背伸びする。数字や活字の餌を求めて、それぞれに口を開いている。きれいに咲いた赤信号の灯籠流し。赤い尾鰭が千切れながら、ひらひら滲んでいる。学校では個性が踏みならされて、どんどん殺される。難破して、転覆した金魚の白い腹。濁ってゆくみずの渦。浮き沈みする汚れた白旗のように。


(2.早退)
午後。不器用な少女は(私)の仮面を外して、合唱祭の練習から逃げ出す。背後でクラス中から、ブーイング。ありがとう、わたし、に戻るための辛辣な花道と餞と訣辞。私は水槽のホームルームを泳げない、いや、泳がない。何度も、何度も、透明な四隅にぶつかって、瞼の上に赤と紺が混じり合ったたん瘤ができた。上手に迂回できない、いや、うかうか迂回しているひまはない。写真のうさぎみたいな赤目も修正しない。利き手の右腕には、名誉の絆創膏が群れて嗤っている。泥だらけの制服は、よれよれで草臥れてしまった。角張っていた制服という鎧は、もう剥げ落ちた。規則正しいプリーツスカートが乱れて、ひだとひだが雪崩を起こしている。


(3.自主卒業)
放課後。運動場。砂煙。失った運動靴の紐。早く走って帰りたいのに、ゆるい靴で足がもつれる。紐はふかい森で生まれた蔓に変化して、わたし、の身体を締めつける。行く手を阻む合唱祭の課題曲、そして譜面とクラスメイトが練習している歌声。カッターナイフや物差しで振り払っても、振り払っても、蔓はまた再生する。森の呪縛。集団の和を乱すものは、処刑されてしまう。負けるな、(わたし)たち。私の道は『みず』から切り拓いて、『みずから』の足で力強く進んでゆくもの。そしてその痕跡と軌跡、ひかりに満ちた春の日のはなむけに。

(未来へ)


見出し画像:イラスト(みんなのフォトギャラリーより、てくだてくてくさん、ちょうどこの詩のイメージにぴったりな素敵なイラスト!ありがとうございます!)

photo1:Unsplash
design:未来の味蕾
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photo2、3:フリー素材
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