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小説作品

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短い小説の置き場です。
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【やる気へ】むしろお前の方から来てください。

【やる気へ】むしろお前の方から来てください。

大体やる気の奴、やる気あんのかな。やる気がないのはさもこっちのせいみたいな顔してさ、いつも受け身でさ。

そう思ったからお問い合わせフォームの欄にメッセージを書いて、送信ボタンを押した。え、私今めっちゃ頑張ったよね。やる気ないのに。

返信は三日後に来た。
三営業日以内に返信いたしますとはあったけれど、それにしてもギリギリだ。

「あーもうっ」

ベッドに寝転んでメッセージを読んでいた私は馬鹿らし

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アンファミリアの海

アンファミリアの海


【中川紗雪】白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

ざざと波が鳴る。
あすこにぽつりと漂い飛ぶ海鳥の名はなんというのか、私は知らない。
鳥の骨は空洞で、だからあんなにも軽々と空を扱えるのだという。見ているぶんには、飛んでいるというより泳いでいる様子に近い。
この国の輪郭のきわを歩いている。
此処は海街。あんなにも憧れ焦がれた、海街なのだ。
柔らかなくせに灼熱を閉じ込める砂浜はほと

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短編小説 ブルーハワイ

短編小説 ブルーハワイ

世界はふたっつあるのに、みんなしてその事をずる賢く黙っている。

雲が真夏の空をどんどん覆って、空色を食っていった。やがて東から順にダバダバと激しい雨が私たちに迫って来る。
私とケイちゃんは歓喜の悲鳴を上げながら天気の狭間を駆け抜けて、間一髪のところで目指していた駄菓子屋にたどり着いた。「危ねかったねえ」と駄菓子屋のおばちゃんは声を掛けてくれたけれど、子どもの私たちはただもじもじするばかりで、こう

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短編小説 ワディ

短編小説 ワディ

私は泳ぐ。生ぬるい水の中を、なまぬるくなまぬるく泳いでいる。ぬめりととろみはここでは判別出来ないし、別にどちらでもいい。あのとろとろの正体はあまりにも私とあなたの剥きだしが溶けだして混ざり合ってもう何物でもなくなってしまった悲しさだ。‬
‪私の内臓は柔らかすぎる。柔らかいので、際限なくとこしえに吸収して、ぶよぶよになっている。境目はとうになく、肉体はすでにあたたかな液体だ。

耳の奥にたしかな振動

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花毒

花毒

顔を寄せれば藤の香の
縁に赤みが差す君の

耳朶の薄さの翅の如しよ
リラは重みに重なりつ

一朶、ニ朶と漸う積のる

まぶたを閉じたり開いたり蝶の羽休めのようにぎこちなくはたはたやっていたら、やがて開く力がなくなった。
ここはたぶん野外なのだと思う。だけどあんまり心地よくって、警戒心がうすくなる。

眠い、眠くない。眠い、眠くない。



自分の夢に出演している。

この世界は澱んでいるのに、澱

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短編小説 蝶を封じる

短編小説 蝶を封じる

《あなたは突き錐を取り,それをその者の耳に刺して戸口のところに通さねばならない。こうしてその者は定めのない時まであなたの奴隷となるのである》──申命記一五章一七節より

I
目の前をふらりと横切ったのは、ちいさな青い蝶だった。

はっとしたわたしは反射的にハンドルを大きく切る。乗っていた通学用自転車はバランスを崩し、奇妙な角度に傾いた。
空中を浮遊するような感覚の最中、頼りなく舞う蝶の綺麗な濃い青

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花毒

花毒

顔を寄せれば藤の香の
縁に赤みが差す君の

耳朶の薄さの翅の如しよ
リラは重みに重なりつ

一朶、ニ朶と漸う積のる

まぶたを閉じたり開いたり蝶の羽休めのようにぎこちなくはたはたやっていたら、やがて開く力がなくなった。
ここはたぶん野外なのだと思う。だけどあんまり心地よくって、警戒心がうすくなる。

眠い、眠くない。眠い、眠くない。



自分の夢に出演している。
この世界は澱んでいるのに、澱ん

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アンファミリアの海②/庭山透子

アンファミリアの海②/庭山透子

「何年かに一度、波が虹色に見えることがあるんです──」
奇妙な言い伝えを信じて浜辺に通う紗雪と、人の記憶を蒐集していたとされる高祖父を持つ透子。
海は優しいようで冷たい。美しいようで恐ろしい。
ざざと波が鳴るので、私ばかりが淋しい。 ※後編となる庭山透子パートです。

【自分がどうしても自分であって私の他のものでないといふ そのことがぬらりと気味悪い】

ねずみ返しを跨ぎ超えるとしんとした冷気とひ

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小説 針葉樹の森

小説 針葉樹の森

私は何か重大な忘れ物をしたらしい。夢の中でそう指摘された「私」はひんやりとした森に足を踏み入れる。返せと求められるのに、歩いても歩いても見つからない。私は彷徨う。味方でいるような、そっぽを向くような得体の知れないこの森を。

この道を抜けると森である。

おそろしい夢を見た。

“お前はあの森で重大な忘れ物をしただろう、知らなかったのか、あれは替えが利かない貴重な代物なのだ、蔽そうとしたのかも知れ

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アンファミリアの海①/中川紗雪

アンファミリアの海①/中川紗雪

「何年かに一度、波が虹色に見えることがあるんです──」
奇妙な言い伝えを信じて浜辺に通う紗雪と、人の記憶を蒐集していたとされる高祖父を持つ透子。
海は優しいようで冷たい。美しいようで恐ろしい。
ざざと波が鳴るので、私ばかりが淋しい。※前編となる中川紗雪パートです。

【白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ】

ざざと波が鳴る。
あすこにぽつりと漂い飛ぶ海鳥の名はなんというのか、私は

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