神原月人

月と梟出版より、『しょーもな記』『絶望オムライス』を刊行しています。

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マガジン

  • 絶望オムライス

    第9回ネット小説大賞を受賞した『絶望オムライス』が、2023年5月31日に刊行となります。 受賞作を第一部とし、残り四部を書き下ろしました。 【目次】 第一部:絶望オムライス     第二部:アノ街ーノ天国   第三部:女優の演技メシ   第四部:自立プリン        第五部:「小料理 絶」の希望

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第9回ネット小説大賞受賞作『絶望オムライス』予約注文開始

第9回ネット小説大賞を受賞した『絶望オムライス』が、2023年5月31日に刊行となります。 受賞作を第一部とし、残り四部を書き下ろしました。 【目次】 第一部:絶望オムライス     第二部:アノ街ーノ天国   第三部:女優の演技メシ   第四部:自立プリン        第五部:「小料理 絶」の希望 装丁はアルビレオの西村真紀子さん、装画はマメイケダさんに担当していただきました。 マメイケダさんに描いていただいたオムライスのイラストは、問答無用で美味しそう。湯気や匂

    • 線上のキンクロハジロ 第六話

       人けもまばらな清澄庭園内で昼食をとることにした。  大泉水にぽっかりと浮かぶ中島には四阿があり、島へと渡る小さな橋が架かっている。  橋の両側に手すりはなく、苔の絨毯のような背の低い緑色の植物で舗装されていた。  さりげなく「落下注意」の文言が添えられた但し書きによれば、こんもりとした緑色の絨毯の正体は蛇の髭、和名を竜の髭というらしい。  そう言われてみればたしかに、細く伸びた葉っぱが竜の口髭に見えないこともない。  登美彦は四阿に備えつけられた木製のテーブル上に

      • 線上のキンクロハジロ 第五話

         バレンタインデーの翌朝、登美彦は小鳥パンの店内でパンを物色していた。  開店時間の午前八時前から十人近くが店先に列をなしており、イートインスペースのない店内は、客が三人も入れば交通渋滞になるぐらいに狭い。  レジ前ですれ違うにも一苦労するほどの路地裏のごとき狭さであるため、混雑時は先客が買い物を終えて出てくるまで店外待機、というのがローカルルールである。  サザエさんのテーマソングが延々と流れ続け、客の手の届かない高さにある陳列棚にはずらりと『ONE PIECE』のキ

        • 線上のキンクロハジロ 第四話

           妃沙子の住む部屋は、十二階建ての鉄骨マンションの十一階にあった。  バルコニーから見える地上の景色は箱庭のようで、東京スカイツリーが天空に向かってそびえ立っている。  妃沙子を部屋まで送り届け、すぐに帰ろうとしていた登美彦だが、「ここまで運んでくれた礼ぐらいするわ。お茶ぐらい飲んでいきなさいよ」と引き止められ、断り切れずにお邪魔させてもらうこととなった。  すっかり酔いが醒めたのか、青白い顔をした妃沙子はぶるぶると小刻みに震えており、憔悴した様子が気がかりだった。のこ

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          5本

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          線上のキンクロハジロ 第三話

           響谷と大塚妃沙子に連れられた登美彦は、清澄白河駅のお隣の森下駅まで徒歩で向かい、交差点沿いの手打ちそばの店の暖簾をくぐった。  一杯三百円の立ち食いそばでも、いちいちお財布の中身と相談しなければならない薄給の身である登美彦にとって、外観からして高級料亭のような佇まいにはただただ圧倒されるばかりであった。  ほどよい暗さの店内は清潔感に溢れ、飴色に艶光りする木目のテーブルの端っこにお品書きが立てかけられている。登美彦はメニューを見るなり卒倒しそうになった。いちばん安いせい

          線上のキンクロハジロ 第三話

          線上のキンクロハジロ 第二話

           清澄庭園に隣接する深川図書館の斜向かいに、登美彦の所属するアニメーション制作スタジオ『ハバタキ』がある。隅田川の支流沿いにある『リバーサイド・カフェ』と軒を並べた陸屋根のこじんまりとした平屋で、スタジオの存在を示す目立つ表札もなにもないので、外観上はたんなる個人宅にしか見えない。  近年はハンドドリップのコーヒーと現代アートの街として知られるようになった清澄白河の地に、なぜアニメーションスタジオを立ち上げたのか不思議に思った登美彦は、採用試験を兼ねた面接の場で社長の林田に

          線上のキンクロハジロ 第二話

          線上のキンクロハジロ 第一話

          あらすじ 第一話  二月十四日。  言わずと知れたバレンタインデーであるが、前日まで漂っていたはずの恋の予感は雲散霧消し、寄ってくるのは大口を開けた鯉だけだった。  どうやら初デートの約束はすっぽかされたらしい。  清澄庭園の中央には隅田川の水を引いた大泉水が広がり、穏やかな水面は木々の色を写し取ったような深緑色に染まっている。頬を撫でる柔らかな風も、池に突き出るようにして建てられた数寄屋造りの古風な建物も、池の端に石を転々と置き、そこを歩けるようにした磯渡りの歩道も

          線上のキンクロハジロ 第一話

          人間前夜 第十三話(最終話)

          第十三話 安斎 日葵   安斎日葵は、出来損ないの男の小指をペンチで捻じり上げた。  ぺきっ、という小気味良い音を奏でるよりも先に、だらしない悲鳴が聞こえた。 「日葵、やめてくれ! お願いだ! 何でも言うことを聞く! 結婚でも何でも一生言うことを聞く! だからお願いだ! 助けてくれ! 何でもする!」  小指に続いて、薬指、中指、人差し指、そして親指と続けるつもりだったのに、小指さえ捩じ切っていないうちに命乞いの懇願をされては、せっかく盛り上がった気分が台無しだ。  獅

          人間前夜 第十三話(最終話)

          人間前夜 第十二話

          第十二話 太刀川 桔平  私立探偵の太刀川桔平に、依頼人の獅戸葉子から電話があった。 「獅戸さん、ちょうどこちらからもお電話差し上げようと思っていたんです。実は月詠駅前のタワーマンションで飛び降りがあり、ご依頼と関係ある人物が亡くなりました。警察から開示請求があれば、調査上で知り得た秘密を捜査機関に開示しなければなりません」  内密にしておきたい不倫問題を警察関係者に報告しなければならないのは業腹だろう。激しやすい依頼人であればひと悶着あってもおかしくないが、病院長の令嬢

          人間前夜 第十二話

          人間前夜 第十一話

          第十一話 興津 武郎  切断頭部の正体が分かった、と知らされ、興津は神奈川県警察本部の鑑識課を訪れた。  殺人や強盗、強姦、誘拐、放火などの事件を扱う捜査一課の刑事であった頃は、たびたび鑑識課を訪れたが、月詠警察署の住民相談係の主任に収まってからは足が遠退いていた。 「興津さん、お久しぶりです。いよいよ刑事復帰ですか」  ベテラン鑑識官の加持が茶化すように言った。刑事時代の興津を知る古株の顔を見ると、がむしゃらに犯人を追い、靴底を擦り減らしていた日々が懐かしく思い返され

          人間前夜 第十一話

          人間前夜 第十話

          第十話 獅戸 正剛 「お義父さん、すみません。人を殺したかもしれません」  月詠済生大学病院の病院長である獅戸正剛は、昼食の直前にかかってきた電話の内容をうまく飲み込めなかった。  病院長の任期は二年。  病院で何かしら問題が起これば、病院の長たる正剛が矢面に立たねばならない。  非難の集中砲火を浴びるだけのサンドバックなどまっぴら御免であったが、近未来生命情報工学教室の教授との兼任を仰せつかった。  もうじきお勤めを終え、次の病院長にお役目をバトンタッチしようかと

          人間前夜 第十話

          人間前夜 第九話

          第九話 隈倉 靖男  二十七階から転落した隈倉靖男は、地面に叩きつけられる瞬間、自分の身体から魂が抜け出るのを自覚した。  魂はのろのろと浮き上がり、宙を漂う塵のような浮遊感に包まれた。  抜け殻となった肉体に蟻のように人間が集っているのを見つめる視座は、遥か高みから下界を睥睨する神の視点とも言うべきものだった。  ああ、死んだんだな。  死の間際にぼんやり思い浮かんだのは、ただひたすら凡庸な感想だった。  肉体が死を迎えても、魂が消滅するには少しばかり猶予があるら

          人間前夜 第九話

          人間前夜 第八話

          第八話 太刀川 桔平  私立探偵の太刀川桔平が月詠駅に隣接したタワーマンションに赴くと、幾人もの警察官が入れ代わり立ち代わりし、コンシェルジュや建物の管理業者、買い物ついでの野次馬たちもぞろぞろと集まって、一階のエントランスは蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。 「何があったの?」 「マンションで飛び降りがあったみたい。即死っぽいって」  太刀川は野次馬たちが交わす会話に耳を傾けた。  エントランスの分厚い自動ドアは警察官が移動しやすいように開け放たれ、その代わりに黄

          人間前夜 第八話

          人間前夜 第七話

          第七話 興津 武郎  月詠警察署住民相談係主任の興津武郎がメゾン・ド・コモレヴィのエントランス前に戻っても、刑事課の面々は到着していなかった。  すぐさま応援が駆けつけられないほど刑事課の手が足りていないか、部下である高比良花南の報告がまずかったせいで、さしたる緊急性のない案件だと見なされたか、のどちらかだろう。 「刑事課に応援は要請したんだよね」  興津が問うと、高比良が申し訳なさそうに頭を下げた。 「月詠駅前のタワーマンションで飛び降りがあったようです。そちらに人

          人間前夜 第七話

          人間前夜 第六話

          第六話 獅戸 葉子  獅戸葉子が夫の不貞に感付いたのは、夫が出勤前の何気ないひと言を告げるとき、バツの悪そうな表情を垣間見せた一瞬だった。女の勘が疚しい隠しごとをしていると直感した。 「今日、研究室に泊まるから」  うだつの上がらない一介の研究者であった頃ならば、疑うことなく信じられただろう。  だが、もう何もかも信じられない。  二十歳になったかならぬかの育ちの悪い小娘を抱いた汚らしい手で、夫婦の営みに挑もうとする神経がまずもって理解できない。生真面目な研究者然とし

          人間前夜 第六話

          人間前夜 第五話

          第五話 迎田 純也  メゾン・ド・コモレヴィの二○五号室に住む迎田純也のもとへ、月詠警察署住民相談係の職員が二名、訪ねてきた。  六十代ぐらいの疲れた中年男と、二十代半ばと思しき細身の女の組み合わせは、人目を忍ぶ不倫カップルのようなちぐはぐさを思わせた。 「月詠警察署の興津と申します。少々お話を聞かせていただけますか」  妙齢の女とならば長電話も楽しいが、おっさんと話す義理もない。カメラモニター付きのインターホン越しの映像を一瞥すると、迎田は素っ気なく答えた。 「話な

          人間前夜 第五話