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不連続ノート小説・ないものはない(7)「罪人の選別」

 近くの立体駐車場に停めた暖房の効いたスカイラインから出ると、冬の風の冷たさが私の頬を撫でた。太陽によって雪はあらかた溶けているとは言え、気温は十一度とそう高くない。ここから宇都薫の通っていた青葉高校までは歩いて五分ほどなので、その時間を堪えうるくらいの寒さへの免疫はまだあるつもりでいる。しかし、コートのポケットに忍ばせたホッカイロをとても有り難く思っているので、年々その耐性は弱まっているのかもしれない。

 青葉高校に着くと、ふと建物を見上げた。屋上から垂らされた垂れ幕には、「祝 創立九十周年 青葉高校卒業生有志」とある。その歴史に見合うように、校舎もレトロな雰囲気を醸している。事前に調べたところ、ここの卒業生の著名な建築家が一昨年の改築の際に、アール・ヌーヴォーを意識して校舎を設計したそうである。アール・ヌーヴォーやらアール・デコやら、美術には疎い私にとってはどんな違いがあるのかは調べても理解が届かなかったが、とにかく「歴史を感じさせる趣」を意識して改築が行われたそうだ。

「綺麗で立派な学校ですねぇ、綿さん」
「あぁ……そうだな」
 そうは言ったものの、私にここに来る資格があるのか、それが判らなかった。娘の母校である、この学校に。ここに来たことをいち華が知ったら、彼女はどんな言葉を私に投げ掛けるのだろう。やはり、手厳しい言葉になるのだろうか。「お父さんはやっぱり……」と。自分の娘ながら、どうしても負い目を感じてしまうのは、いつになってもその事実が消えることが無いからだろう。

 レンガの門柱の「神奈川県立 青葉高校」と立派な揮毫がされた銘板を横目に通り過ぎ、昇降口前のロータリーまで行くと、見計らったように校舎の中から一人の男性が出て来た。その紳士的で能面のような表情からは、この学校の門番としての覚悟、何人なんぴとたりともこの「聖域」にはみだりに立ち入らせまいとの覚悟が表れていた。もしかしたら、厳しい闘いになるかもしれない。
「宮前署の綿貫と申します」
「同じく東堂と申します」
 その男は深く会釈をし、その能面のような表情をこちらへ向けた。
「お待ちしておりました。この学校で教頭をしております、紅野こうのと申します。こちらでは生徒の目に留まりますので……どうぞご案内いたします」

 そう紅野教頭の先導により私たちが通されたのは、北棟三階の端の空き部屋だった。入る前に部屋前のプレートを確認すると、「多目的準備室」とあった。名前だけ聞くと、教室ではなくて教員が教材準備のために使用する作業部屋に近いのかもしれない。
「現在授業で使用していないのがこちらの部屋しか無いものでして……普段は物置として利用しているので、少々狭いですが」
「いえ、お気遣い無く。机と椅子があれば私共は充分です」
「そうですか、校長の蛯名よりくれぐれも不義理の無いようにと仰せつかっておりますので」
「その蛯名校長はどちらに?」
「今回のことで現在教育委員会に呼ばれておりまして、この件に関する学校関係のことは私が応対するようにと言付かっております」
 今日の不在は置いておくとして、今回の対応は全て彼に一任されているという。要するに、自分の手を煩わせないようにお前たちで何とかしろということか。どこの世界にも責任の置きどころの問題はあるものだ。
「そうでしたか、私共も一日でも早く解決出来るように尽力いたしますので、皆様にも色々ご協力お願いいたします」
「私たちに出来ることでしたら……では、生徒たちを」

 そう言って、紅野教頭は三年五組――宇都薫が在籍していたクラスの生徒を呼びに行った。時刻は午前九時三十五分、一時限目の授業が始まって半分が終わるくらいだろうか。今日一日でどれくらいの生徒から話が聴けるだろう。出来ることなら、今日中に終わらせたいが……こればかりはやってみないと判らない。
 この部屋の中にあるのは部屋中心部の長机二台とパイプ椅子が四脚、東側の壁に沿うように折り畳まれて積まれた長机が三台のみ。教卓や教壇の類は見当たらない。学校だと判るように申し訳無い程度に黒板が西側に設置されているが、ここ最近で使用された形跡は無い。ここは普段は物置だと先程紅野教頭が話していたので、ここにあったものは全て昨日までにどこかへ移動させ、即席に設えたのだろう。そのせいで、非常に殺風景な内観となっている。何故長机だけ残されたのかは甚だ疑問ではあるが、それは今回の件とは関係無いことだろう。壁に掛かった時計の秒針を刻む音だけが、私たち二人を冷徹に見つめている。お前たちは真実を掴めるのか、と。やってみないと判らない、けれど掴まないとならない。今はそう返すしか無かった。

「綿さんの娘さんって、ここの卒業生でしたよね?」
「あぁ、上の娘がな。今は大学二年で一人暮らしをしてる」
「だったら、懐かしいんじゃないですか?この学校」
「そう言えたら良いんだがな……初めてなんだよ、ここに来るのが」
 東堂にそう言うと、驚きの顔をした後にあぁ、そうかと声を漏らした。
「ちょうど卒業シーズンでしたものね、《牡丹雪》の事件が起きたのは。僕もあの事件は忘れられないですよ、まさかあんな……」
「おいおい、過去の話はそう易々と語るもんじゃないよ。警察に思い出話にされるのが、関係者にとっては一番辛いんだから。係長もいつも言ってるだろう?『俺たちは哀しみを風化させたら終わりなんだ』って」

 係長の名古は日頃から口癖のように、〈事件は起きてしまったら、もう時は戻せない。だから俺たちはその時を少しでも進めるためにしか働けないんだよ。だけど、進んだからと言って忘れろと言ってるわけじゃない。遺された人たちが哀しみを忘れるために、俺たちはその分哀しみを忘れちゃいけない、風化させちゃいけないんだよ。誰にも語らず、思い出にもせず、ただ哀しみを記録として自分の中にいつまでも残す、それが警察官としての務めだ〉と語る。彼の警察官としての矜持を感じさせるその言葉は、私が仕事をする上での指針の一つでもある。とは言え、少々自分に酔っている感じも否めないのだが。
「それは判ってますけど……綿さんも忘れられないんじゃないですか、あの事件は」
「まぁな、それはお前さんと同じだ。入学式の時は《エンペラー》の捜査に追われて、卒業式は《牡丹雪》――長女がいた三年間、あの正門を潜ることは無かったのに、今になって潜ることになろうとはな。まったく、皮肉なものだよ」
「綿さんは刑事の神に愛されてるんですよ、だからそれはもう運命なんじゃないですかね」

 運命。そんな運命はクソくらえと思いたいが、思い返せばそれはいち華の誕生時から既に定められていたのかもしれない。いち華が産まれた時は鶴見署の刑事課にいたが、若手だったこともあって馬車馬のようにこき使われていた。警察の縦社会で若僧が先輩に逆らうことなんてあり得なかったので、出産予定日にも自分だけ抜けるなんてことは出来やしなかった。結局、いち華が産まれたとの報せを聞いたのは、張り込みの車中だった。
 神様はそれで良いと思ったのか、入学式や卒業式と言った、彼女の門出となる出来事にはことごとく参加出来ていない。直前で大きなヤマが重なり、全て妻の知可が一人で出席している。他の子供の場合も同様なら良かったものの、瑞稀や恵一の場合は大きな帳場に駆り出されることも無く、出席出来てしまっているので、いち華への不憫さが際立ってしまっている。

 警察官という、勤務形態が流動的でいつ休めるのすら不定の職業上、子供の成長過程に正面から向き合うことは、妻が長女を身籠った時から覚悟していた。ただ、ここまで向き合う機会を逸してしまうとは、さすがの私でも予想のつきようが無かった。だからこそ、長女に対する後ろめたさやら申し訳無さやらが、いつまでも私の背中に付きまとう。本人がどうとかじゃない、私の中での燻りが嫌な臭いを漂わせながら二十年近く消えないでいるだけなのだ。「お父さんはやっぱり……」との、彼女からの言葉をたきぎとして。

「愛されるのは家族にだけで十分だがな。お前さんが言う通り、刑事の神には溺愛されているが、家庭人、父親としては私ほど失格な存在も無いだろうよ」
「そんな、離婚した人間が言うことじゃないですけど、綿さんほど家族に優しい刑事を僕は見たことないですって。刑事としては一流で、それでいてお子さんを三人も立派に育てて。僕、結構尊敬してるんですよ?綿さんの人となり」
「馬鹿言え、子供を育てたのは私じゃなくて妻だ。その言葉は、そっくりそのまま妻に言ってくれないか」
 ほらぁ、そんなところですよ、と東堂は言ったが、妻を労うことの当たり前さは裏を返せば、家庭を顧みない自分の出来る償いのようなものなので、優しさなんて言葉で表現していいようなものじゃない。ただ、それを言ったところで何も話に進展が生まれるわけでもないので、口を噤む。
 すると、コンコンコンとノックの音がした。いよいよか。反射的に我々は立ち上がった。

「――お待たせいたしました。三年五組の生徒を連れて参りました」
扉を開けるのと並行して、紅野教頭がそう言いながら戻って来た。その言葉通り、彼は一人の男子生徒を携えていた。緊張しているのか、少しオドオドしている。
「――では、宜しくお願いいたします」
 そう言い残し、紅野教頭は部屋を去った。取り残された男子生徒は、所在無さげに立っている。
「どうぞ、お掛けください」就活の面接みたいな空気である。
 あ、はいとその男子生徒は答えると、長机越しに置かれた、向かいのパイプ椅子に座った。近くで見ると、特段顔に特徴は無く、強いて言えば二重まぶたの眼がパッチリしている。それでいて、少し顔が青白い。不慣れな環境にやはり緊張しているようだ。

「そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。これは皆さんからお話を伺う、ただそれだけのことですから。申し遅れました。私は宮前署の綿貫と申します。こちらは同じく宮前署の東堂です」
 東堂です、と東堂が挨拶をしながら、二人で警察手帳をかざす。すると、男子生徒は警察手帳を凝視した。まるで、物珍しい生き物を水族館で観ているように、じーっと。
「……何か?」
「……いや、本当に警察の人ってこうやって警察手帳見せるんですね。ドラマだけのことかと思っていました」
「よく言われます。本当にやるんだって。でも、カツ丼は出ないけどね。あれは利益供与と言って、警察に有利なようにズルを働くことになっちゃうからね」

無駄話をしていると、へぇーっと相槌を打っていた彼の頬に赤みが帯びてきた。いい調子だ。
「綿さん、その辺で」東堂が囁く。アイドリングはここまでにしよう。
「では、お話を訊いてゆこうと思うんですが……まだ名前訊いて無かったよね?形式上必要だから、教えてくれないかな?」
青江進吾あおえしんごです……あの、本当に話を訊くだけなんですよね?」
 先程紅野教頭からもらった三年五組所属の生徒のリストに目を落とす。青江進吾の名前はその一番上に書かれている。五十音順に訊いてゆく、そうゆうことになりそうだ。
「もちろんです。今の時点で誰が犯人だとか重要参考人だとかを決めるなんてことはしませんから。――まぁ、あなたに何か知られたくないことがあるなら、その時はまた改めてお聞かせ願うことになるかもしれませんけどね」
 はぁ、と言いながら、再び青江少年の顔から赤みが消える。揺さぶりをかけるのは刑事としての悪い癖だが、ここで平然とされると逆に訝しい。だから、彼の反応は当たり前なのだ。ただ、ここでシロとするわけにもいかないので、それでも話は聴かねばならない。

「――では、本題へ。青江さん、あなたと亡くなった宇都薫さんとは、どう言ったご関係でしたか」
 私の質問に、青江少年は腕を組んだ。そして少し唸って、数秒黙った。
「関係って言えるようなものは、宇都と僕との間には無かったですね。部活とかも違ったし……ただのクラスメイトですよ」
 声は噓を言っているようには見えない。ただ、「ただのクラスメイト」と言った時、若干目が泳いだ。まぁいい、こっちもこっちでもう少し泳がせておこうじゃないか。

「部活と言うと、どんな部活に入ってるんですか?」
「もう引退はしたんですけど、僕は吹奏楽部に入ってました。宇都は……何だったかな、確か何も入ってなかったと思いますけど。いわゆる帰宅部ってやつですね」
「吹奏楽部……と言うと、パートはどこなの?」
「ファゴットっていう楽器なんですけど……知ってますか?」
 名前だけは知っているが、どんなものかは知らない。ただ――。
「生憎、音楽は門外漢でね。東堂、知ってるか?」
「あの長い木管楽器だよね?オーボエより大きい……」
 やはり知っていたか。それを聞くや否や、青江少年の眼は大きく見開かれた。
「そうです!知ってる人あんまりいないのに、刑事さんが知ってるなんて!うわぁ、びっくりだなぁ……あ、ごめんなさい、別に馬鹿にしてるわけじゃなくて、その……嬉しくて」
 本当にそうなのだろう、青江少年の瞳はキラキラ輝き、嬉しさを前面に押し出していた。まったく、眼を輝かせたり泳がせたりと、忙しい少年である。

「あぁ、良いんだよ。私も学生の頃に吹奏楽を齧っていたことがあってね。――と言っても、私の場合はフルートだったんだけど。それでちょっと知っていただけさ」
「そうなんですね、どうりで。あ、でもフルートを吹く男の人って珍しいですね、僕の周りはフルート吹くのは女子だらけなんで」
「そうか、今の高校生でもそうなんだな。まぁ、プロの世界となれば男性のフルート奏者なんてたくさんいるんだろうけど。私の時もフルートを吹くのは男子は私だけで、あとはみんな女子だったから、物珍しそうにされたよ。知ってるかい?てんs……」
 へぇ~、と青江少年が相槌を打ったところで、咳払いで東堂の話をぶった切り、話を本来のところに戻す。ここには茶飲みをしに来たわけじゃないのだから。

「それはそれとして、話を戻そうか。あなたと宇都さんはただのクラスメイトだったってことだけど、あなたから見て宇都さんはどんなクラスメイトでしたか?」
 再び、青江少年は腕を組んで俯き、う~んと唸る。何と答えようかと考えている。そこから少し沈黙が流れ、彼は顔を上げた。
「僕はそんなに気にしたこと無いんですけど、何て言ったら良いかな――不協和音、そう、不協和音だったと思います。僕はそんなに気にしたことは無いんですけどね」

 「不協和音」とは、また音楽に馴染みのある人間らしい言葉が出たものである。その言葉が意味するものは、何であろうか。「和を乱す音」なのだから、決して良い意味ではあるまい。
「青江さん、それはどうゆう意味かな?〈不協和音〉だなんて、まるでそれは亡くなった宇都さんがクラスの中の邪魔者だったように、私たちには聴こえたのだけれど」
 東堂が当たり前の疑問をぶつける。こうなることは判っていたはずなのに、判りやすいほどに青江少年の眼が泳ぐ。

「邪魔者だなんて、そんなこと……あの、誤解しないでほしいんですけど、僕は別に宇都のことが嫌いだったわけじゃなくて、その……クラスの中で浮いていたって言うか……あまり人と馴れ合うことはしない存在だったんで、宇都が。うちのクラス、比較的仲は良いんです。どちらかと言えば、魚住くんの方が宇都よりも何倍も嫌われてますよ」
 別にそこまで話してくれとは言っていないのだが、図らずも新しい情報を語ってくれるとは。とても好都合である。その魚住あきらは、この数人後に話を伺うことになっている。つつき甲斐がありそうだ。

「浮いていたと言うと、どんな風に?」
「誰にも話し掛けないし、誰からも話し掛けてもらえない――そんな感じですよ」
 少し投げやりになりながら、青江少年は答えた。まるで、宇都薫の末期まつごは因果応報であるかのようにも聴こえた。
「そのきっかけに心当たりは」
「きっかけ……きっかけ……あったかな……」
「どんな些細なことでも良いんですよ。これ、そう言えばおかしかったな、みたいな」
 
 誘導尋問しているようで嫌な気持ちだが、こちらには手掛かりが無いのだ、少しでもギリギリを攻めねばならない。
「そう言われても……無いんですよ、そんなこと。気が付いたら宇都はそんな存在になっていたんですから。ほら、小さいことの積み重ねが溜まっていって……みたいな」
「気が付いたら、ですか。意識しないとそんな環境は生まれないと思いますがね、個人的には」
「いやだって、本当に判らないんですって!僕だって、まさか宇都がこんなことになるだなんて、思いもしませんでしたもの」
 その言葉に嘘は無さそうだ。そして、多分彼からはこれ以上有用な情報は引き出せそうも無い。後も詰まっているし、ここら辺で切り上げないとならない。

「判りました。もし今後何か思い出したら、ご連絡ください。私たちの名刺を渡しておきますんで」
 机に出された私たちの名刺を、青江少年はまじまじと観た。そして、口パクで「けいぶほ」と喋った。
「それで、順番が前後して申し訳無いのですが、もう一つお聞かせください。あなたは先週の金曜の夜から日曜の未明にかけて、どちらにいらっしゃいましたか?」
 青江少年の顔がキョトンとした。そんな不意を突くようなことは言っていないと思うのだが。
「先週の金曜の夜から日曜の未明、ですか?これって、いわゆるアリバイ確認ってやつですか?」
「そう捉えていただいて結構です。ただ、これは話を伺っている方には必ず訊いていることですので、別にあなたをどうこうしようだなんてことはありませんよ」
「はぁ……そうですか。本当に訊かれるんですね……新鮮です。あ、それで先週の金曜は引退した吹奏楽部のみんなと早めの忘年会をしました。確か、夜の十一時くらいまではお店にいたんじゃなかったかなぁ。同じクラスの望月もちづきとかもいたんで、後で訊いてくれたら判りますよ」
 望月とは、このリストにある望月麻由まゆのことだろう。
「そのお店って、高校生だけで行ったの?お酒とか飲んでないよね?」
 東堂が尋ねる。まさか、高校の制服で居酒屋には入るまい。
「まさか、部活の後輩の家が食堂やってるんで、そこを貸し切ってみんなでご飯食べただけですよ。いくら引退したからって、そこまで羽目外すほど僕たちはヤンチャじゃありません」
「うん、ヤンチャとかじゃなくて、法律違反だからね。未成年飲酒は。そこのところは間違えちゃダメだよ」
 東堂にそう言われ、青江少年の顔には「うんざり」と書いてあるような表情が表れた。

「だからしてませんって。それで、土曜日はずっと家にいましたけど、家族みんな出掛けてて誰もいなくて……これって、マズいんですかね?」
「マズいとは?」
「……だから、疑われちゃうんじゃないかって」
「青江さん、あなたがどのような感情を警察に抱いているのかは、残念ながら判りません。ただ、警察だからと言って、そんな何でもかんでも犯罪に結び付けようだなんて、そんな安直なことはしませんよ。――でも、家に至って証明してくれる人は、いないんだよね?」

 すると、彼は私に「さっき言っただろ」と顔で答えた。この辺りになると、拘束されていることへの苛立ちを隠すのをやめたようだ。
「ずっとオンラインゲームしてたんで……あ、そうだ、お昼過ぎに荷物が届くって母親から言われてたんで、それは受け取りました」
「宅配業者はどこだったか覚えてますか」
「青い制服だったし、母親から〈ハマグリ〉って言われてたんで、ハマグリ運送だと思います」
「では、それを受け取るために自宅にはいたと」
「はぁ、まぁ、お昼頃に届くって言われてたんで、そこまではリビングにいました。それで、その後は自分のパソコンでオンラインゲームやってたんで、家にいたことは判ると思います」
 後でIPアドレスをたどる必要があるようだ。東堂と目配せをして、彼への聴き取りをここで終えることにした。

「では、お伺いすることはこちらで以上となります。ありがとうございました」
 ありがとうございました、と呼応して青江少年は席を立ち、私たちに一礼した。部活の影響か、その礼はやや深かった。
「次は朝倉あさくらさんですので、戻ったらこちらに来るようにお伝えください」
 はい、とまた呼応し、青江少年は部屋を出て行った。時間にして十分弱、思ったより時間が掛かってしまった。これでは予定の人数に達しないかもしれない。サクサク行かねば。
「このクラス、やっぱりきな臭いですね。クラス自体は仲が良いけど、ガイシャはそのクラスで浮いてる存在だった――典型的ないじめの発生する構図じゃないですか」
「さっきの少年の言葉を全て鵜吞みにすると、そう考えられる。ただ、全て本当のことを言っているとは限らないから、ここでそう判断するのは早計だろう。ただ、このクラスには何かあるようなのは、まぁそうだろうな」

 人を疑い、その中身を探るのはこの歳になっても完全には慣れない。人には触れられたくないことを、司法を使って暴かねばならないこともある。たとえ、それは誰かを傷つけることだとしてもだ。
 この仕事を選んだことに悔いは無い。ただ、何も罪を犯していない人間にいらぬ傷を負わせることは、正直虚しさが漂う。その場面は、いつになっても慣れぬかもしれない。多分、割り切れたとしても慣れちゃいけないのだ。
 もちろん、犯罪者は裁かれねばならない。けれども、その犯罪者を決めるのは私たち司法を手札として持っている人間だ。上手くそれを扱わねば、新たな悲劇が生まれる。それだけは避けたいが、どうしてもそれは人間関係の中では起こってしまう。
 防ごうとして、防げない。また防ごうとして、また防げない。その繰り返しだ。警察官とは、非常に虚しさとやるせなさを抱えながら職務をこなしてゆく職業なのだと思う。

 お父さんはやっぱり、私より犯罪者が好きだから、仕方無いよね――今日のことを知ったら、いち華はやっぱりこう言うのだろうか。犯罪を防げないのは、私が犯罪者が好きだから、好きだから無意識に生んじゃうんだ、と。高校の卒業式目前にして発した、自分の門出にいつもいなかった父親に対しての皮肉は、少し意味を変えつつもこうして父親に響いている。本当は違うんだ、と弁解したとしても、こうして負の履歴が残ってしまっては、どうにもならない。これも、自分がこの仕事を選んだ報いなのだから。

 失礼しまーす――ドアがノックされ、茶髪のベリーショートの背の高い女子生徒が入ってきた。次に話を訊く朝倉いつだろう。どうやら、自分の内面と向き合う時間は、今の私には無いようだ。

「どうぞ、お掛けください」
 また一人、私は未確定な犯罪者を生み出してゆく。

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