見出し画像

ブレイディみかこ、松尾匡、北田暁大『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう レフト3.0の政治経済学』 : 知らないことは恥ではない。学ばないことが恥なのだ。

書評:ブレイディみかこ、松尾匡、北田暁大『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう レフト3.0の政治経済学』(亜紀書房)

反省させられる点が多くて、とても良かった。
私は文系人間なので、とにかく数字や数式といったものが苦手で、おのずと「経済学」も敬遠しつづけてきた。しかし、政治を考え語るには、日本や世界の未来を考え語るには、そして弱者の生活について考え語るには、「経済学」の知識が必須なのは、言わば、当たり前の話に過ぎない。
しかし、そうしたものを語るのに、経済学を学ぶ人は、決して多くはない。

文系人間のご多分に漏れず、私も、社会学や歴史学や哲学や現代思想といったものについては、素人なりに勉強させてもらったのだが、こと経済学だけは敬遠してきた。
以前、数学基礎論の初歩を勉強するのに、可能なかぎり数式の出てこない解説本を探して、なんとか雰囲気くらいは掴むことができた、なんてこともあったのだが、言わばそれが私の精一杯だった。

今回本書を手に取ったのも、言わば泥縄式である。
安倍晋三政権に象徴されるとおり、現在の日本の政治的危機は、きわめて深刻である。しかし、では、安倍晋三や彼が象徴する日本の政治的現状のあれやこれやを、ただ「道義的」に批判すれば、それで現状を変えることができるだろうか? 事足りるだろうか?

ただ批判していれば満足な人は、それで良いかもしれない。しかし、それではダメだと思う人ならば、どうしたら現状を変えることができるのかを、具体的な方策として考えずにはいられないだろう。しかし、これが困難なのだ。

現在の政界を見ても「この政党なら変えてくれる」と思えるほどの存在が見当たらない。
決して、彼らの努力を軽視したり、注文を付けたり馬鹿にしたりするだけで満足しているわけではない。彼らの努力には最大限の敬意を表したいと思ってはいるのだが、しかし、彼らが今の日本の政治を変えてくれるとまで、高く評価することはできない。
現政権よりは、ずいぶんマシだろうとは思うから、支持はするけれども、彼らに任せれば安心というほどの評価をしているわけではない。相対的な評価として、彼らを選ぶしかないから、彼らを支持してきたというのが、正直なところだと言えるだろう。

そんな中、面白い存在が登場した。
それが、山本太郎という異色の政治家であり、彼が立ち上げた「れいわ新選組」という異色の政党だ。

『ele-king臨時増刊号 山本太郎から見える日本』についてのAmazonレビュー「希望としての〈山本太郎〉」に詳述したから、ここでは繰り返さないが、山本太郎の魅力とは、その「よくわからなさ」にあり、その「よくわからなさ」が、現状を変える起爆剤となる可能性を、私は彼に見た。
既成政党的な「頭数」政治ではなく、一色に染まってしまわない「個性」に力点をおいた「れいわ新選組」という政党を組織し得た、山本太郎の懐の深さと、その「異色性」に期待をしたのだ。彼なら「既成政党」的な袋小路を突き破ってくれるのではないかと感じたのである。

しかし、彼の具体的な政策案に対し、私が不安を感じたのは、「バラまき」と批判されることの多い、経済政策におけるその「財源的裏づけ」である。
たしかに、経済的困窮にある人たちを助けるのは、まずお金が必要だから、何をおいても彼らにお金を届けなければならない。しかし、この先の経済的成長が期待できそうもない日本において、本当にそんな「バラまき」をして大丈夫なのか? ウケの良いことばかり、調子の良いことばかり言ってても、いざ政権を取るなりした時に、あっさりそれが頓挫したり、撤回したりすることになれば、民主党政権への失望によって希望を失っている人たちの心に、決定的な致命傷を与えることになるのではないか。

たぶん、このくらいのことは、彼、山本太郎だって百も承知のはずなのだが、彼にはどのような「裏づけ」があるのだろうか。一一そんな疑問と懸念が、私にはあった。

そんな折、大石あきこの対談本『「都構想」を止めて大阪を豊かにする5つの方法』が、目に留まった。
大石あきこという人は知らなかったが、山本太郎との対談が収録されている。それに、私は大阪在住なので、以前から「都構想」には興味があったし、橋下徹・松井一男・吉村洋文に代表される、いかにも威張りくさった「維新の会」が大嫌いだったので、帯に刷られた「橋下知事に噛みついた元大阪府職員、初の対談集」という惹句にも惹き付けられたのだ。
購読してみると、本書には、山本太郎の経済面におけるアドバイザーである、経済学者・松尾匡との対談も収められており、松尾はそこで、山本太郎の経済政策案を支える理論を語っていた。そしてそれが、私の「常識」をくつがえすトンデモないものだったので、「もっと知りたい、知らなければならない」と思い、大石も影響を受けたと語っていた、松尾の経済政策理論を語った本書『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』を購読することにしたのである。

本書で語られるのは、これまでの日本の「経済的常識」をくつがえす理論だと言えるだろう。
正確には、「経済的常識」をくつがえして、これまで誤解の多かった「経済学的常識」を紹介するものだと言うべきかも知れない。

松尾がここ訴えている理論と、それに基づいた経済政策は、決して前代未聞のアイデアなどではなく、すでに欧米では広く訴えられており、一定の成果をあげているものである。
欧米の経済政策について詳しくない人でも、アメリカの左派で大統領候補者の一人でもあるバーニー・サンダース上院議員と言えば、知っている人も少なくないだろうし、また『ニューヨーク市ブロンクス区出身で、ブロンクス生まれの父親とプエルトリコ出身の母親を両親に持つ』『史上最年少の女性下院議員』(Wikipedia)となった、オカシオ=コルテスの名前くらいは聞いたことがあるはずだが、彼らの訴える経済政策は、松尾が語る経済政策とほぼ同じものなのである。
もちろん、彼らの政策は、アメリカにおいては実現されていないものの、同様の政策が、経済的な危機に瀕しているEUのいくつかの国では、実行に移され、実際に成果を上げているのだ。

もちろん、本書はあくまでも、政治に関わる経済学の「入門書」であり、私はあくまでも経済学の素人だから、松尾の語る理論と政策が、どれほど確かなものなのかを完全に正しく判定することなどできない。しかし「これしか残されていない」というのは、たぶん確かなことなのだと思う。

経済成長を断念したままで、経済的危機に瀕している弱者を救う道は、たぶん無い。
であれば、私たちは、この可能性に賭けてみるべきではないかと思うのだが、しかし、盲滅法にジャンプすれば良いというのでは、無論ない。
私たちは、謙虚に学びつつ、しかし、勇気を持って歩を進めなければならない。

本書には、その「第一歩」の勇気を与えてくれる、驚くべきヒントがつまっているのである。

初出:2020年7月18日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

 ○ ○ ○





この記事が参加している募集

読書感想文