【夜の舞台裏 #003】「それでも正しくあろうとするひたむきさ」
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どうもオーストラリアにワーホリ中のナツオです。讃岐うどんと天丼と二郎系が恋しいです。丸亀製麺とかオーストラリアに支店出してくんないかなぁ〜
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〈第3回〉 【夜の舞台裏】
「それでも正しくあろうとするひたむきさ」
~「ユマンの隘路」を題材に~
それでも自分の中に一応の答えを見つけて進もうとする、懸命に正しくあろうとする。それは対立する右と左も、どちらにも属さない人々も、誰もがそうなんだと思う。
銃声が鳴ったら株を買え
ナツオ(以下ナ):今回は「ユマンの隘路」。二つの巨大宗教派閥が存在する近未来でスパイとして生きる主人公。相対する派閥が裏で戦争を企んでいることを上から知らされ潜入捜査を開始するが、その先で信じられない事実を目の当たりにしてしまう…。個人的に宗教と経済が密接に絡んでいる描写が面白いと思った!戦争が始まる危機になって、主人公が最初にチェックするのが教団の株っていう。株を見て絶望するのをラストシーンにした物語ってこれまで見たことなかったな。こうした描写に至ったきっかけを教えてほしい。
ナイトアウル(以下 夜):毎週見てるYouTubeチャンネルである時、中国のバブル崩壊の話をしていてそこから着想を得たんだよね。ちなみにその動画のスピーカーの一人が「娼年」を書いた石田衣良さんで、すごく参考になるから読者の皆さんにもぜひ試聴してほしい。
ナ:石田衣良が語るバブルの話、気になるな。
夜:あと自分が主人公の立場だったらってのを考えたら、最後に株の値動きを見るんだろうなって思う。主人公は宗教よりもお金を信じるタイプの人だからね。ロスチャイルドの名言に「銃声がなったら株を買え」というのがあって、戦争の後に軍需景気などで経済が大きく動くということを表している言葉なんだけど、それがずっと頭の中に引っかかってたんだよね。
ナ:後の影響だけじゃなく起こるきっかけにしても、結局戦争というのは金の話なんだよね。良くも悪くも。
思想も加速していく世紀末に向けて
ナ:前回扱った「ベイエリアトライアングル」と同様に加速する資本主義がテーマに含まれているよね。前作が現代の話なのに対してこっちでは近未来、ディストピアが描かれている。国ではなく二つの大きな経済母体が世界を牛耳っていて、両者の争いが世界の崩壊を招いてしまう。読んでいてヒッピーの描写に惹かれた。こんな近未来の話なのにヒッピーがまだいて、しかも現代より彼らの文化が盛んなようにみられる。
夜:時代の変わり目にヒッピーはあらわれる。いかにも近未来的、サイバーな雰囲気を念頭に置くとイメージしづらいかもなんだけど激動の時代には宗教とかヒッピー文化といった思想の過激化が進んでいくと思う。僕のディストピア観はAKIRAとかに近い。進撃の巨人とかもそうだね、ちょうどファイナルシーズンを観ている時に書いていたから影響をうけたのかも。
ナ:資本主義と同様に思想も加速していく。
夜:そう。例えば今の時代も世の中が思想同士の対立、例えばリベラルと保守がそれぞれ思想を深化させていった結果、両者の溝も深まっていってるよね。
ナ:今作を読んでいてその問題意識を感じた。環境問題という共通のビッグイシューが差し迫っていても、それに対する二つの立場に分かれ対立し、いつしか解決することよりも対立することが目的化していってしまう。これはまさしく現代社会のリベラルと保守の間でおこっていることそのものだよね。最近NETFLIXの「ドント・ルック・アップ」って映画を観たけど、それが揶揄されていて面白かった。地球を滅ぼすほどの隕石が迫ってきているのに、保守派がリベラル派憎さで隕石の接近をないことにしようとする。両者が対立してばかりで解決策よりもお互いが相手を負かすことに躍起になってしまい、隕石は衝突し全人類が滅んでしまう。
夜:それでいうと僕はラース・フォン・トリアー監督の「メランコリア」って映画が好きだな。惑星が地球に接近してみんなおかしくなっちゃう。終わりを迎える上での覚悟と日常とのお別れがテーマなんだけど、それに恐れて主人公たちはカオスな状態になってしまう。今作「ユマンの隘路」でのカオスは、宗教。どちらの勢力も環境問題を直視できていない。
今作の対立する二つの宗教はそれぞれ教義と語源に国際政治において対立するリベラリズムとリアリズムを象徴させたんだ。リアル教はリアリズム、リベロ派はリベラリスムをもじらせた。リベラリズムのそれぞれの教義においてリアル教は性悪説、リベロ派は性善説の立場をとっている。現実の保守派、リベラル派の発想の根幹には人間の理性を信用するかどうかという違いがあって、例えば第二次世界大戦後の平和維持という課題にリアリストは人間が暴力に走るのは仕方ないとして武力を持った国同士で牽制し合うことで平和を維持しようとするのに対し、リベラリストは理想主義的に核の廃絶など武力を放棄しあう方向を目指すといった例がある。
ナ:二つの対立そのものが目的化され、そもそもの解決すべき問題は対立するための出汁になってしまう。問題を直視できないことと自分と意見の違う他人を認めたくないというのは人間の弱さなんだろうな。
だれもが懸命に正しさを追い求める
ナ:今作の主人公は二者のどちらに入れ込むわけでもなく客観的に見ている存在として設定されているよね。リアル派の工作員なのにリベロ派の演説に拍手してりしている。
戦争を止めようとスパイ活動に従事するんだけど、彼のしたことはいつも後手に回ってしまい成果が得られない。対立の裏にある陰謀を知っても自分にはどうすることもできない。ただ運命と構造に翻弄されて終わってしまう。
夜:そもそも工作員、スパイ活動をする人間として彼はどちらにも肩入れしない人なんだよね。だからこそ活動ができる。主義や思想が明確にあるわけでもない、信じられるのはお金だけ。対立ばかりの社会の中で正しさを見出せない。諦感と疎外感が染みついてる。それでも戦争は止めなくてはならないと思っている。少なくとも絶望はせずに希望をもって進んでいる。この社会で正しさは見出せない、それでも自分の中に一応の答えを見つけて進もうとする。懸命に正しくあろうとする。それは対立する右と左どちらにも属さない人々も、誰もがそうなんだと思う。
ナ:誰もが懸命に正しくあろうとするからこそ、誰もが間違える トライ&エラーの果てにいい未来が待っているかもしれないことを祈ろう 結局すべてが無駄になったとしても。
〜結び〜
今作は前作に続いて資本主義社会と人間という観点から作品を掘り下げていきました。次回は、「出会いの偶然性」というテーマのもとナイトアウルという人物像について紐解いていこうと思います。ではまた!
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