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【短編】『植物愛好』

植物愛好


 大佐の指令は限度を超えていた。荒れ狂う天候の中、我々はとある植物採取に明け暮れて密林の奥を彷徨っていた。巨大な木々が我々の視界を遮り、一歩ずつ足を進めるごとに自らがジャングルに囚われていく心地がした。図鑑で見る限りでは、特にその植物は他のものとそう変わらない外見をしていた。大佐の指令のもと、誰一人顔色を変えずに血眼になってその植物を探すものの密林の闇が皆を盲目にし、時々大きな轟とともに放たれる光だけが頼りだった。徐々に体力の限界がやってくると、そのまま生い茂った緑の影に倒れていく者さえあった。私は、必死の思いで大佐に発言した。

「シュナイダー大佐、この天候ではどうにも植物を見つけることができません。明日の朝再びここを訪れましょう」

大佐は私の言葉を片耳で聞き流して、他の者たちに指令を与え続けた。私は、先ほどよりも少し大きめの声量で再び言った。

「大佐、一度引き上げましょう。この天候では植物採取は厳しいかと」

すると、先ほどは目もくれなかった大佐が、今度は私の目の前まで来ると、敵兵と対峙するかのような眼差しで私の顔面を捕らえた。

「貴様、今なんと?」

私は死を覚悟しながら、このままでは自分も他の者のように力尽きて倒れてしまうと思い決死の覚悟で呟いた。

「ですから、今日は一度引き上げましょうと」

大佐は私への視線を逸らすことなく絶えず平然と睨み続けていた。すると、一言も返さずにゆっくりと天を見上げ、その瞬間豪雨が大佐の顔面を叩きつけた。再び視線を私の顔面に戻し、私を怒鳴りつけるかのように一言放った。

「今日はこれでしまいだ。皆引き上げよ」

私は、足元の泥に溶け込むようにそのまま膝をついて座り込んでしまった。

「おい、貴様なにをもたもたしている。引き上げよと言っているのがわからんのか?」

私はすぐに起き上がって大佐に敬礼した。

「はい。ただいま」

「それと、そこらへんでのたれ死んでいる者たちをどうにかしろ」

「はい。ただいま」

 駐屯地へと戻ると、他の部隊の者たちでごった返しており、何人かは濡れてしまった自分の武器を入念に布で拭いていた。大佐は先ほどの無愛想で横暴な態度とは打って変わって、自分の権力を包み隠すように他の者たちににこやかに挨拶をしては食堂の方へと消えて行った。私は密林で倒れてしまった者を肩に担ぎ救護室へと急いだ。部屋の中は誰一人看病を受けている者はおらず、全ての寝床は我々の部隊で占領された。どこからかナースが現れ、救護室のありように目を丸くした。

「襲撃ですか?」

「いいえ、いつもの植物採取です」

「またですか?先日あれほどシュナイダー大佐にご自分の趣味に部隊を使うのはやめてくださいと強く申し付けましたのに」

「大佐はしぶといので、何を言われようとやめませんよ」

「困った人ですわ」

「植物は見つかったのですか?」

「いいえ、天候が悪く引き上げてきました」

「早く見つかるといいですね」

「はい」

と今にも自分も寝床に倒れ込む寸前である状態をよそに、死んだような声で一言答えてから救護室を後にした。部隊共用の寝室に戻ると、泥まみれの格好のまま寝床に倒れ込んだ。

 目が覚め、集会の時間に遅れてしまったかとすぐに時刻を確認すると、ちょうど10分前で安堵した。泥まみれの格好のまま寝てしまったため、シーツ全体が黒く汚れ所々深緑色が混じっていた。すぐに室内着に着替え集会へ向かった。すでにそれぞれの部隊の者たちが整列しており、起立したまま集会が始まるまで待機していた。私はいつもの定位置に着き、少し息を荒げたが、姿勢を正して集団に溶け込んだ。隣には別の部隊で時々話をするマックスがいた。彼を見るのは3ヶ月ぶりだった。

「久々だな」

「ああ、久々だな」

「そっちの戦況はどうだ?」

「ボチボチだ。何人かおれの知ってるやつはやられたよ」

「そうか。それは気の毒だった」

「お前の方はどうだ?」

「いまだに植物採取に明け暮れているよ」

「それはそれで大変だろうな」

「ああ、もうすぐ死人が出る頃だと思う」

「まあ、お互い耐えようじゃないか」

「そうだな」

と言いつつも今回ばかりは、このまま大佐の下で植物採取をしていては体が持たないことは目に見えており、どこか逃げ場はないかと思い始めていた。集会は何事もなく、いつものように大佐たちの座談で終了した。その夜、私は意を決して密林に紛れ、この部隊から離れ遠くの別の駐屯部隊に合流しようと考えた。その夜は泥で汚れたシーツのせいか、明日の計画からの緊張か、ほぼ一睡もすることができなかった。

 翌日、再び皆で密林へと足を運ぶと、大佐や隊員の目を盗んで計画を実行した。私は死に物狂いで走った。途中地面に張り巡らされた長い木の枝が邪魔をしたが、ナイフで切り裂いてなんとか前進した。やっとの思いで、密林の奥までようやく部隊の声もしなくなった。辺りは鳥の囀りや虫の鳴き声だけが響き渡り、これから迎える新たな人生の余興曲を奏でていた。とその時であった。一発の銃声の音がした。すると、すぐに足下が真っ赤に染まった。近くまできた隊員に左足を撃ち抜かれたようだ。すぐに大佐は私の目の前までやってきては、いつものように私の顔面を睨み付けたと思うと大声を放った。

「貴様、そこを動くな」

私は大佐のその一言から、もう大佐から逃れられないという運命を察し、もうおしまいだと思った。大佐はゆっくりと私の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。すると、すぐ耳元の方へと腕は逸れ何かを手に取った。

「よくぞ、よくぞ」

と突然大佐は目を大きく見開き今までに聞いたこともないほどに大きく笑い始めた。この突拍子もない出来事に私は唖然とした。すぐに大佐の手元に目をやると、そこには図鑑に記されていた写真の植物があったのだ。大佐はそのまま来た道を戻って行き、次第に姿は見えなくなった。私はしばらくの間そこにしゃがみ込み、大佐が消えて行った方角を眺めていた。そして、すぐに立ち上がり撃たれた左足を引きずったまま駐屯地の方へと引き返した。


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