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【目印を見つけるノート】706. 権之助坂の小さなカフェ

とんでもなくずれ込みました、小説の更新。いつものような寝落ちとか、夏休みの最終日に焦るとかそのようなことではなくて、手を付けるのにしばらく考えていたのです。

「いろいろな書きようがあるな」と。

改めて今、ルイス・フロイスの『日本史』に目を通しているのですが、この方は本当に筆が達者ですね。きっと書くことが大好きだったと思います。小説のことはさておき、感心してしまいました。数年前に『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』も目を通しましたし、『ヴァリニャーノ日本巡察記』も『イエズス会士中国書簡集』の一部も同様ですが、「この人は書くのが好きなのだな」と思ったのはフロイスだけでしょうか。しかし、我ながらイエズス会とアジア関係に割と目を通していますね。すべて愛する東洋文庫(平凡社)のタイトルです。

最初に読んだのはたぶん『十二支考』(南方熊楠)です。

全巻揃えるか、全巻揃えている人と仲良くなるのが私のひとつの夢ですね。それを言ったら、小学館の図鑑も全巻、文庫クセジュとか叢書ウニベルシタスとか……いっそ、図書館を作るのが夢だということにしましょうか😅

さて、「いろいろな書きようがあるな」と思ったことを上手く表現するのは難しいのですけれど、それは例えばーー6弦のギターのチューニングは低い方からEADGBEで合わせるものですけれど、カポタストをすれば半音ずつ変えられるし、オープンチューニングにすればAの場合、EAEAC# Eと合わせられるーーという「自由」があるということと似ているかしら。音が変わるということではなくて、「こうでなければいけないと考えが固まっていた」部分がアンロックされる感じです。ただ、ちゃんとチューナーを使わなければいけませんけれど。
あとは、岡ひろみが無意識に打点を変えて返球できるようになったのも同じかしら(『エースをねらえ』ですね)。

フロイスさんは作家でも詩人でもありませんが、とても興味深い書き手さんです。



今日は3月10日です。

職場が目黒にあった頃、毎日同じカフェに行っていました。JRの駅から権之助坂を下って、左手。目黒川までは行かないぐらい。コーヒースタンドと言ったらいいのかしら、小さい、昔ながらのお店でした。お母さんと娘さんでやっていました。

いつもサンドイッチとコーヒーを頼んで、社交的なママさんや優しい娘さん(私より少し上ぐらい)と話していました。いろいろなお話がありましたね。
目黒にはとても有名な芸能プロダクションがありますが、そこに所属している有名な俳優さんがいらした日があって、私が行くとママさんがすぐさま教えてくれました。えーと、『デスノート』に出ていた方ですね。
「ねえ、あそこに座っていたのよ、あなた、まだほかに誰も座っていないから、今日はあそこに座りなさいよ」とママさん。
常連の私に大サービスですね😄
しかもママさん、その俳優さんに聞いたんだそうです。
「ねえ、あなた、よくテレビとかで見る方よね。何てお名前?」
よもやの質問。それでも、
「はい、⚪⚪⚪⚪と言います」と礼儀正しくおっしゃられたそうです。
単純に、そのお話で双方とも好きになりました。

ママさんが3月10日に、年配の常連さんに聞きました。
「ねえ、あなた、東京大空襲のときにどこにいた?」
「俺は疎開してたなあ」
「私もよ。栃木に行っていたの」
「へえ」
「でね、東京大空襲があった日に空を見たの。そうしたら、東京の方の空が真っ赤だった。栃木からも見えたのよ」
「栃木と言ったら100kmはあるだろう。そんなに遠くから見えたのか」
「そうなのよ、それぐらいひどかったの」
 私はうなずいて聞いていましたが、東京の空襲は他にもあったことも教えていただいたり、たいへん濃い時間でした。

それは11年前のことでした。
その翌日に地震があったのですね。

ふと思い出して、そのお店をストリートビューで探してみましたけれど、もうないようでした。
さびしい。

今日の1曲はこちらにします。
Dexter Gordon『Scrapple From The Apple』

あのカフェで流れていたのはジャズだったかな🤔
それでは、お読みくださってありがとうございます。

尾方佐羽

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