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【フツーの人々】

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【フツーの人々(7人目) / ルービックキューブの少年】

【フツーの人々(7人目) / ルービックキューブの少年】

 少年は小学生だった。おそらく4年か5年か。胸に校章が入った白い半袖シャツとグレーのショートパンツの制服を着ていた。パッと見ただけではあまり特徴のない子だった。色白で短い髪にほっそりとした腕。いかにも都会で育った男の子といった感じだった。もう一度見かけたとしても、ほかの小学生と見分けがつかないだろう。少年は渋谷から乗ってくると、おもむろに立方体の物体を取り出した。

 それは、ルービックキューブだ

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【フツーの人々(6人目) / 赤ちゃんを抱いた女】

【フツーの人々(6人目) / 赤ちゃんを抱いた女】

 空には曖昧に厚い雲が広がっていて、雨が降ったり止んだりを繰り返していた。道を行く人たちはみな手に持った傘をさすべきかそのまま少し濡れることを受け入れるか迷っているように見えた。

 その女は、都内ならどの駅前にでもあるようなコーヒーチェーン店1階の窓際の席に座っていた。外から見るぶんにはこれと行って不思議な点はなかった。紺地に白い水玉模様の抱っこ紐をし、くたびれた白いTシャツはその下の肉付きを隠

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【フツーの人々(5人目) / カセットテープの男】

【フツーの人々(5人目) / カセットテープの男】

 夕方の混んでいる電車に、その男は乗って来た。

 肌や髪の質から見ておそらく年は50代。ぼろぼろのトートバッグを肩にかけ、気づかう気配は微塵もなくほかの乗客たちですでにいっぱいの車両にグイグイ乗り込んでくる。もちろん、周囲は迷惑そうに男を見るが一向に気にする様子はない。むしろ、「そっちが何で動かないんだよ」とでもいうような視線を投げかけてくる。けれど男とほかの乗客の視線が交わされることはない。

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【フツーの人々(4人目) / キックスケーターおじいちゃん】

【フツーの人々(4人目) / キックスケーターおじいちゃん】

 キックスケーターおじいちゃんは颯爽と現れた。人混みをスイスイと、いやよろよろとかき分けながら。

 おじいちゃんは決してきれいとは言えないような身なりだった。大きな樹の下にある、駅前の隅の方のベンチなどで寝転がっていても不思議ではなかった。ベージュのよれたカーゴショートパンツ。薄汚れた(おそらく元々は)白のスポーツソックス。これまたよれた(おそらく)ベレー帽。白のアロハシャツ。カーキ色のタンクト

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【フツーの人々(3人目) / 井の頭線の女子高生おじさん】

【フツーの人々(3人目) / 井の頭線の女子高生おじさん】

 おじさんは女子高生ルックだった。
 いやルックだなんて生易しいものではない。淡い水色の蝶ネクタイ、白のきれいな半袖シャツ、ライトグレーのベストに、同じトーンの色のチェック柄のスカートを履いていた。女装というレベルをはるかに超えた本格派なのだ。

 年はおそらく50代。座ってはいたけれどかなり大柄なのはわかり、180cmは優に超えているだろう。肉づきもかなり良くTシャツのサイズなどは間違いなく最低

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【フツーの人々(2人目) / 車内の全身包帯女】

【フツーの人々(2人目) / 車内の全身包帯女】

車内の全身包帯女別に深夜とか、特別な時間帯じゃなかったんです。
確か休日夕方の17時とか、18時とか。
どちらかというと穏やかな、「今日の晩飯どうする?」的な
時間帯だったし、そんな空気が漂っていたと思います。

駅のホームでようやく電車が滑り込んで来て。
やっと来たよ遅延かよとか心小さく思ってたら
ゆっくりと電車がスピードを緩めて来て
自分が乗ろうとする車両が見えてくるわけです。

そしたら、そ

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【フツーの人々(1人目) / 腹筋する魚屋】

【フツーの人々(1人目) / 腹筋する魚屋】

腹筋する魚屋東急線沿線のとある駅近の商店街にある魚屋の主人。
その魚屋は、わりとおしゃれな花屋の横にある。
その雰囲気を見事にぶち壊す映画ロッキーのテーマ。

おそらく40代中盤の店主と思しきその男性は、
そのBGMを大音量にして、額に汗し鼻息も荒く腹筋をしていた。
ヒラメとかマグロとかの切身といっしょに、店先で。
グレーのよれたTシャツに紫のエプロンをかけて。
め、ちゃ、く、ちゃ、ゆっくりと。(

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