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魔法少女の系譜、その131~『王家の紋章』、八つの視点で分析~


 今回も、前回に続き、『王家の紋章』を取り上げます。
 八つの視点で、『王家の紋章』を分析します。

[1]魔法少女の魔力は、何に由来しているか?
[2]大人になった魔法少女は、どうなるのか?
[3]魔法少女は、いつから、なぜ、どのように、「変身」を始めたのか?
[4]魔法少女は、「魔法の道具」を持っているか? 持っているなら、それは、どのような物か?
[5]魔法少女は、マスコットを連れているか? 連れているなら、それは、どのような生き物か?
[6]魔法少女は、呪文を唱えるか? 唱えるなら、どんな時に唱えるか?
[7]魔法少女の魔法は、秘密にされているか否か? それに伴い、視点が内在的か、外在的か?
[8]魔法少女は、作品中に、何人、登場するか?

の、八つの視点ですね。

 以前に書きましたように、私は、『王家の紋章』は、キャロルとアイシスとのダブルヒロイン作品だと考えています。なおかつ、二人とも、魔法少女と言える存在です。
 ですので、キャロルとアイシスの二人を、八つの視点で分析します。

[1]魔法少女の魔力は、何に由来しているか?

 キャロルのほうは、「未来の知識」を持つために、古代エジプトでは、事実上の魔法少女となっていますね。古代エジプト人から見れば、彼女は、「魔法の国」から来た魔法少女です。
 実際、作品中で、キャロルは、「黄金の髪を持つ神の娘」として、多くの古代エジプト人に尊敬されます。
 初めてタイムスリップして、古代エジプトへ行った時、キャロルは、十六歳でした。勉強嫌いな女子高校生だったら、こうはなりませんでした。

 現代のキャロルは、「考古学のことしか興味がない」といわれる、勉強好きの野暮ったい少女、ということになっています。少女漫画のヒロインのお約束として、美少女に描かれますけれどね。
 歴史が大好きな彼女は、技術史や医学史や戦史などにも詳しいようです。コブラに咬まれたメンフィスを、現代の薬で救ったり、水攻めで城を落とすことを提案したり、監禁された塔を爆破して脱出したりします。
 おばかな女子高校生だったら、こんなことはできませんね。めっちゃ知的レベルが高いです。キャロル、十六歳でこんなことができるなら、古代エジプトで王妃にならなくても、現代で国連にでも勤める、偉い人になれたと思います(笑)

 古代エジプト人にとっては、キャロルは、「どこか遠い異世界から来た、ナイルの神の娘」ですから、「生まれつきの魔法少女」に見えるでしょう。
 現代人の私たちが見れば、キャロルは、「勉強をすごくがんばって、いろいろな知識を身に着けた人」ですね。修業型の魔法少女です。


 アイシスのほうは、一九七〇年代に見ても、二〇二〇年現在に見ても、由緒正しい「魔女っ子」ですね。年齢のことは、置いておくとします。
 彼女は、古代エジプトの王族として生まれたので、当時の女性としては、最高レベルの教育を受けたはずです。公的な役職として、神殿の祭司となり、そこでも、当時の世界最高レベルの知識に触れたに違いありません。
 そのような知識の中に、魔術の知識も含まれたはずです。
 古代文明はどこでもそうですが、科学が未発達な代わりに、魔術が発達していました。実際に効き目があるかどうかはともかく、体系だった魔術があって、選ばれた者がそれを習い、使うことができるのが、普通でした。

 古代エジプトは、古代文明の中では、女性の地位が高かったことが知られます。女性に王位継承権がありましたし、財産権もあり、少なくとも、ある程度の身分の女性であれば、公的な役職に就くことができました。
 アイシスが神殿の祭司であるという設定は、古代エジプトの実態を反映しています。一九七〇年代に、こういった古代エジプトのことを調べた作者さんは、きっと苦労されたでしょう。
 『王家の紋章』は、よく、めちゃくちゃな設定だといわれますが、そういうところばかりではありません。意外に、基本的なところを押さえていたりします。基本を押さえているからこそ、めちゃくちゃもできるのだと思います。

 アイシスは、王宮や神殿で受けた教育により、魔術を身に着けたと考えられます。彼女も、修業型の魔法少女ですね。


[2]大人になった魔法少女は、どうなるのか?

 これは、キャロルについてもアイシスについても、答えるのが難しいです。それには、二つの理由があります。
 一つは、キャロルもアイシスも、現時点の年齢が不明だからです。
 もう一つは、『王家の紋章』が完結していないからです(^^; 最終的にどうなるのか、答えが出ていません。

 第一巻の時点で、キャロルが十六歳であることは、わかっています。けれども、それから四十年以上も連載が続いて、二〇二〇年現在では、既刊が六十五巻あります。
 はたして、この間、物語の中では、何年経っているのでしょうか? 正確には、わかりません。キャロルやメンフィスの外見があまり変わらないことからして、二、三年しか経っていないようです(*o*)
 少なくとも、二年経っていることは、間違いありません。物語の中で、年に一度のナイル川の増水が、二度、起こっているからです。

 長めに見て、三年経っているとして、キャロルは、十九歳ですね。現代日本でも、ほぼ、成人ですが、古代エジプトであれば、立派に成人と言える年齢でしょう。
 古代エジプトで、何歳を成人としたかは、明確にはわかっていません。が、古代人は、現代人よりずっと寿命が短いぶん、成人させるのが早いです。十九歳にもなれば、成人と見なされたと考えられます。
 それに、キャロルは、メンフィスと正式に結婚して、王妃になっています。古代には、児童婚の慣習がある地域でない限り、結婚した人間は、若くても、一人前とされるのが普通でした。

 エジプトの王妃となったキャロルは、物語の中で、少女から、大人の女性へと成長しました。未来の知識を生かして、彼女は、王妃の務めをよく果たしています。
 「それにしては、さらわれ過ぎ」とか、「暗殺未遂に遭い過ぎ」とかいう突っ込みは、無しでお願いします(笑)

 これまではあまり書きませんでしたが、キャロルは、さらわれるばかりでなく、頻繁に命を狙われます。
 最初に、古代エジプトの神の生贄にされそうになります。その後も、ライオンに襲われ、ワニに襲われ、コブラに襲われ、湖に突き落とされ、崩落する城に巻き込まれそうになり、暴れ牛に襲われます。アッシリアのアルゴン王に襲われそうになった時―性的な意味で―には、逃れるために、自ら毒草を食べて、瀕死の病気になります。魔女キルケーの妖術で意識が朦朧となり、炎の中に踏み込んでしまったこともあります。ナイル川の増水に巻き込まれて、流されたこともあります。
 二年かそこらの間に、これだけ死にかける人なんて、現代日本では、いませんよね(笑) 古代を舞台にした作品ならではです。
 それにしても、キャロルは、生きているのが不思議なくらいの強運です。主人公補正としか、言いようがありません。

 少なくとも、最新刊の時点では、キャロルはまだ死んでいません。ここ三十巻くらいの間は、現代へのタイムスリップもなく、古代エジプトの王妃として生きています。
 読者の願望がかなうならば、キャロルは、このまま、古代エジプトの王妃、兼、未来の知識を持つ神の娘として、人生を全うするでしょう。本当にそうなるかどうかは、現時点では、知るすべがありません。


 アイシスのほうは、最初から、年齢がわかりません。異母弟のメンフィスが十七歳なので、普通に考えて、十八歳以上でしょう。古代エジプトでは、成人と見なされる年齢だったと考えられます。描かれ方も、最初から、大人っぽい妖艶な美女です。
 このため、アイシスについては、「大人になったら、どうなるのか?」という問いは、成立しません。最初から、成人済みだからですね。

 物語が始まった時点で、アイシスが十八歳だとすれば、三年経ったら、二十一歳です。まだまだ若くて、美しい盛りですね。最新刊でも、彼女の美貌も魔術の才も、まったく衰えていません。古代の完成された魔女、という感じです。

 その美貌と魔術とを利用して、多くの人々を翻弄し、国の運命さえ変えてきたアイシスが、最終的にどうなるのかは、やはり、わかりません。
 第一巻にあるとおり、死んで、メンフィスとともにミイラになり、同じ墓所に葬られるなら、彼女にとって、これ以上はない幸せでしょう。とはいえ、それを、読者が許すとは思えません(^^;
 不吉なことに、第一巻の時点では、メンフィスは、「若くして毒殺されている」ことが、明らかなんですよね。それにともなって、アイシスも、若くして死んでいるはずです。

 約三千年前の古代エジプトで、いったい、何があったのか? そこへ行ったはずのキャロルは、どうなったのか? 気になりますよね。キャロルとメンフィスとが結ばれて幸せになっても、この不吉さが、つきまといます。
 こういうところが、作者さんは上手いなあと思います。読者をはらはらどきどきさせるツボを、心得てらっしゃいます。


[3]魔法少女は、いつから、なぜ、どのように、「変身」を始めたのか?

 キャロルもアイシスも、変身はしません。

 ただ、キャロルが、エジプトの王妃という身分を隠すために、黒髪のかつらをかぶって、「変装」したことはあります。魔法少女とは関係ありませんが。
 キャロルが、黒髪の乙女に「変装」して、ハピと名乗っていた時、メディアの王アルシャーマに一目惚れされます。キャロルが何かことを起こすたびに、誰かがキャロルに惚れるのが、『王家の紋章』という物語です(笑)


[4]魔法少女は、「魔法の道具」を持っているか? 持っているなら、それは、どのような物か?

 キャロルもアイシスも、特定の魔法の道具は持ちません。

 ただし、『王家の紋章』世界に、魔法道具が存在しないわけではありません。魔女キルケーが、ペンダントに妖術の力を込める場面があります。そういう使い方をする道具も、存在するわけです。キャロルやアイシスは、そういう物を使いません。


[5]魔法少女は、マスコットを連れているか? 連れているなら、それは、どのような生き物か?

 キャロルもアイシスも、マスコットは連れていません。

[6]魔法少女は、呪文を唱えるか? 唱えるなら、どんな時に唱えるか?

 キャロルは、呪文を唱えません。彼女が使うのは、魔法ではなく、未来の知識ですからね。

 アイシスのほうは、両手で印を組んで、呪文を唱える場面があります。古代の叡智あふれる魔女という感じで、格好いいんですよ。悪役ですのに(笑)
 アイシスは、魔術を使う時、いつも呪文を唱えるわけではありません。呪文がまったく登場しないこともあります。古代エジプトの魔術にも、いろいろな技法があるようです。


[7]魔法少女の魔法は、秘密にされているか否か? それに伴い、視点が内在的か、外在的か?

 キャロルの「魔法」(=未来の知識)も、アイシスの魔術も、秘密にはされていません。

 古代エジプトでは、誰もが、「この世には魔術がある」ことを知っています。
 キャロルが、未来の知識を使って、不思議な現象―古代エジプト人にとっては―を起こした時、古代エジプト人たちは、それを魔術だと解釈しました。古代エジプトでは、他に解釈のしようがないからですね。
 幸いなことに、キャロルは善意の人なので、人のためになることに、未来の知識を使います。そのため、キャロルは邪悪な魔女ではなくて、「神の娘」と見なされ、古代エジプト人たちの尊崇を受けることになります。
 つまり、キャロルは、その「魔法少女」ぶりを知られたからこそ、古代エジプトの王妃になれたと言えます。

 アイシスのほうは、魔術が実在する(と仮定された作品中の)古代エジプトで、最高の教育を受けました。そういう人であれば、魔術の知識は、持っていて当然と見なされます。彼女が魔術を使うことを、誰も不審には思わないでしょう。

 古代エジプトでは、魔術は、正当な知識の一分野であり、邪悪なものではありませんでした。もちろん、「魔術を悪用する悪いやつもいる」という考えはありましたが、王族のアイシスならば、魔術を悪い目的に使うとは、普通は、思われません。
 キャロルの側から見れば、アイシスは、魔術を悪用しまくりですけれどね(^^;

 アイシスにとっては、魔術の存在自体を隠す必要は、ないわけです。
 ただ、魔術の儀式は、多くの場合、限られた者だけが立ち会えるものです。アイシスでなくても、わざわざ魔術を使ったことを公言することは、まず、ありません。

 アイシスの魔術は、存在自体は隠す必要はなくても、実際にどんな魔術を使ったかは、隠されています。「ナイルの神の娘」であるキャロルを害する魔術を使ったなんて、公言すれば、自分の地位も命も危ういですからね。

 古代エジプトでは、魔術が隠されていないため、視点は、内在的にも、外在的にもできます。
 これだけ多くの人物が登場する作品ですと、外在的な視点を入れないと、描くのが困難でしょう。主役のキャロルが、意識不明瞭だったり、記憶喪失だったりすることも、多いですからね。
 でも、作者の細川智栄子さん、芙~みんさんの作風として、内在的な視点も多いです。キャロルやアイシスに限らず、メンフィスやイズミルなどの思考も、だだ漏れと言えるくらい、描かれます。


[8]魔法少女は、作品中に、何人、登場するか?

 主な登場人物としては、キャロルとアイシスとの二人です。

 けれども、先に書きましたように、後半になると、ちょい役で、ギリシャ神話の魔女キルケーが登場します。彼女を入れれば、三人です。
 舞台が古代の世界なので、「魔術が普通にある世界」とされているのでしょう。


 昭和五十一年(一九七六年)から令和二年(二〇二〇年)現在まで、連載が続く少女漫画『王家の紋章』の世界は、いろいろと、濃いですね。正直なところ、この作品は、手ごわ過ぎて、読み解くのを止めようかと思いました(^^;

 しかし、魔法少女の系譜を作るに当たっては、どうしても、避けて通れない作品です。主役のキャロルが、「魔法少女」と普通の少女との性質を兼ね備えていて、非常に興味深い例だからです。敵役のアイシスが、ある意味、完璧な魔女であることも、重要です。

 ここまで、『魔法少女の系譜』シリーズを読んで下さった方ならば、おわかりでしょう。『王家の紋章』は、二〇二〇年現在の漫画やアニメやゲームやライトノベルなどに、多大な影響を及ぼしています。
 『王家の紋章』は、ハーレムものという言葉ができる前から、ハーレムものでした。逆ハーレムという言葉ができる前から、逆ハーレムものでした。俺様男という言葉ができる前から、俺様男のキャラクターを登場させ、ストーカーという言葉ができる前から、ストーカー的性質のキャラクターを登場させました。ツンデレという言葉ができる前から、強烈なツンデレのキャラクターを登場させました。主人公補正という言葉ができる前から、主人公補正ばりばりの作品でした。
 タイムスリップという要素も、昭和五十一年(一九七六年)当時、『NHK少年ドラマシリーズ』などで、ようやく一般に知られるようになった、新しいものです。時代の流れを、いち早く、とらえています。

 そして、何よりも、現在の「なろう」小説の「異世界転生もの」との類似が、目立ちます。「現代の知識を使って、異世界で無双する」点が、そっくりですよね。そうして活躍した主人公が、異世界で高い地位に就く点も、同じです。
 一九七〇年代には、「異世界から、こちらの世界に来て、活躍する魔女っ子」が、普通でした。それを逆転させて、「こちらから異世界へ行って、魔法少女になるヒロイン」を登場させたことが、時代に先駆けています。

 無双すると言っても、『王家の紋章』のキャロルは、決っっして、楽はしていません。
 牢に入れられ、奴隷労働をさせられ、鞭打たれて拷問され、誘拐されること二十回、誘拐未遂も六回、暗殺未遂も、十回は下りません。たとえエジプトの王妃になれると言われても、私なら、こんな人生は、まっぴら御免です。
 『王家の紋章』は、「異世界転生もの」の原点でありつつ、約四十年後の「異世界転生もの」の普通の水準をはるかに超える、ジェットコースターロマンスでもあります。

 また、少女漫画に限らず、恋愛ものの作品は、結婚をもって、ハッピーエンドになることが多いですね。一九七〇年代どころか、一九九〇年代~二〇〇〇年代に流行った『花より男子【だんご】』でも、そうでした。二〇二〇年現在でも、そういう作品は、多いです。
 ところが、『王家の紋章』は、ヒロインが結婚してからのほうが長く、波乱万丈です。全然、平穏な結婚生活ではありません。
 「結婚したからって、楽はできない」ことを描く点が、二〇二〇年代にも、通じる点です。これを、一九七〇年代に始めたことが、斬新です。

 もう一方のヒロイン、アイシスは、やはり「なろう」小説から発祥した「悪役令嬢」の原型になっています。
 おそらく最初の悪役令嬢ものである『謙虚、堅実をモットーに生きております!』や、『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』―略称『はめふら』―などでは、物語の目標が、「主役の悪役令嬢が、破滅を回避して、平穏な人生を送る」点にありますね。
 善意の人なのに、意に反して「悪役令嬢」にさせられてしまったヒロインには、原型のアイシスに対する「救えなかった悔い」があるように見えます。アイシスは、確かに悪いことをしていますが、彼女には、同情すべき点が多々ありますよね。
 「アイシス、いつまでもキャロルとメンフィスの邪魔をしていないで、ラガシュと幸せになれば?」と思ったことがある読者は、多いのではないでしょうか。

 アイシスは、愛するメンフィスとは結ばれず、エジプトの王妃にはなれませんでした。でも、ラガシュと結ばれて、バビロニアの王妃となり、何不自由ない生活をしています。冷静に考えれば、それで充分じゃないかと思いますよね。彼女がメンフィスを諦めて、ラガシュとの平穏な結婚生活を望めば、『王家の紋章』における、かなりの問題が解決します。

 二〇二〇年現在の「悪役令嬢もの」では、この点で、『王家の紋章』の先を行く作品が、現われています。『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』などの作品が、そうです。 『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』は、もともとは、小説投稿サイト「小説家になろう」に連載されたライトノベルで、書籍化も漫画化もされています。二〇一六年から「なろう」で連載が始まり、二〇二〇年現在も、連載中です。
 上記の『はめふら』などでは、物語の最後にヒロインの破滅が待っていて、それを回避しようとするのが、ストーリーになりますね。
 ところが、例えば、『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』では、冒頭に、いきなりヒロイン―ティアラローズという名の公爵令嬢―の破滅が来ます。ヒロインは、自国の王太子―ハルトナイツ王子―の婚約者でしたが、公衆面前で、婚約を破棄され、国外追放を言い渡されます。

 「破滅、来ちゃった」と思いきや、その場にいた隣国の王太子―アクアスティード王子―が、ヒロインを擁護してくれます。その場で、結婚まで申し込まれます。
 波乱はありつつも、ティアラローズとアクアスティードとの婚約が調【ととの】い、ヒロインは、隣国の王家へ嫁ぐことになります。

 ハルトナイツがティアラローズとの婚約を破棄したのは、アカリという名の伯爵令嬢に、心を奪われたからでした。彼女は、突然、異世界から現われて、伯爵家の養女となり、王族や貴族などの子女が通う学院へ転入してきた少女でした。
 じつは、『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』の世界は、ティアラローズが、前世の現代日本でプレイしていた、乙女ゲームの世界でした。ハルトナイツは、ゲームの中で、プレイヤーが攻略できる、メインのキャラクターでした。ティアラローズは、ヒロインの邪魔をする悪役令嬢です。
 つまり、この世界では、アカリが、本来のヒロイン(ハルトナイツを攻略するプレイヤー)です。ゲームのシナリオどおり、ティアラローズは、婚約破棄され、国外追放されたのでした。

 ティアラローズが前世の記憶を取り戻したのは、婚約破棄される前日でした。このために、もはや、破滅フラグは、避けようがない状態でした。
 アクアスティードは、この乙女ゲームの続編のキャラクターとされています。前世のティアラローズは、続編をプレイする前に死んでしまったので、アクアスティードがどういうキャラクターなのか、この乙女ゲーム世界の続編がどうなるのか、何も知りません。

 ティアラローズとアカリとの関係は、アイシスとキャロルとの関係に、似ていますよね。ただ、ヒロインが、「悪役令嬢」のティアラローズのほうに、逆転しています。ハルトナイツがメンフィスに当たり、アクアスティードがラガシュに当たります。

 婚約破棄のごたごたに際して、ティアラローズは、すっかり、ハルトナイツに愛想を尽かしてしまいます。アクアスティードが、外見も内面も素敵な人なので、彼に強く惹かれます。彼女は、アクアスティードとともに隣国へ行って、幸せな生活を送ります。
 ティアラローズは、「メンフィスに愛想を尽かして、ラガシュと幸せに結ばれるアイシス」といえます。
 そうならないところが、『王家の紋章』なのですけれど(笑)

 『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』では、悪役令嬢のティアラローズが善意の人なのに対し、本来のヒロインのはずのアカリが、腹黒い人として描かれます。
 この点も、アイシスとキャロルとを逆転させたようで、興味深いです。「悪役令嬢は悪意の人、ヒロインは善意の人」というお約束が周知されたからこそ、こういう逆転を、読者が面白く感じるということですよね。

 連載開始から四十年以上も経つ作品より、二〇二〇年現在の作品のほうが、先へ行くのは、当然です。
 にもかかわらず、『王家の紋章』は、約四十年後の作品に引けを取らない要素が、いくつもあるのが、すごいです。良い意味で、怪物的な作品です。

 今回で、『王家の紋章』については、終わりとします。
 次回は、別の作品を取り上げる予定です。



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