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season7-3幕 黒影紳士 〜「手向菊の水光線」〜🎩第一章 崩壊した世界で

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title 黒枠無し

第一章 崩壊した世界で

 僕は其の世界の名を知っていた。
 だが、其の世界の事を現実には無い夢の様に思っていたのだ。
 其の世界の名を「正義崩壊域」と云う。
 僕は其の世界の表面を知っていたにも関わらず、内面を知ろうともしなかった。
 もし、もしもだよ?
 自分の世界に小さな世界が在って……そう、例えば日本の中に小さな日本が独立している様なものだ。
 然も其れが大地の様に浮かんでいて、自由に操作出来る。
 そんな話し、誰が想像出来る?
 でも、僕のいる現実には其れが在り、其れがこの世の有り余った力を吸う大地だと云う。
 ……うむ……実に理解し難い。
 だが僕も予知夢を見、世界を担っている。
 さぁ……僕の目線が見えるだろうか?
 一緒に行ってみようか。……興味無い?
 これが何か教えて上げる。
 まぁまぁ……そう焦るな、冒頭だからと言って。
 今……見せて上げるね。
「十方位鳳連斬……解陣!」
 ……炎の僕を守る鉄壁の壁……。鳳凰が中央に在り、内陣と外陣に展開する此の陣は、僕に懐いた鳳凰の力で、眼下に燃え揺らいでいる。
 此れは魔法や呪文では無い。
 長い経を略したものだ。
 そして、僕は鳳凰が宿り……そうだなぁ〜所謂鳳凰の翼を授かった訳だ。
 此れが探偵か?さぁ……職業はそうだが如何だろうな。
 固定観念を捨て、自由で在れ。
 人は無意識に脳で限界を作る。其れは「過ぎ」をセーブするものだと僕は考えている。
「考え過ぎ」「やり過ぎ」……とかね。
 悪い「過ぎ」を意識する余り、想像力にロックが掛かっているんだ。
 其れを解除する方法……。
 理想やコンプレックスを持たない。其れだけで良い。
 僕が言うと簡単に聞こえるけど……そう、君は感じた筈だ。
 ほら、もうロックが掛かっている。
 其れだ……其れが、見えない謎謎の鍵の答えだ。
 物語の主人公だから言えるのではないか。そう思ったりはしないか?
 でもねぇ、実はこの視界は今、創世神と同じなんだ。
 何故冒頭から主人公の「黒影」の僕が話しているのか……そう、創世神のストライキである。
 何故?
 ……さぁ、気分だろうな。
『自分の目で確かめない物は信じられぬものだ。好奇心が失せる前に、己で確かめろ。確かめた事実を積み重ねてこその真実だ』
 とか、言っていただろうか。
 本幕はそう言う理由のスタートだ。
 現在、正義崩壊域には大きな問題が発生している。説明はもう大丈夫かな?長い……僕の人生の旅だ。
 本幕(黒影紳士は既に巨大な図書空間で、一巻を一幕と呼ぶ理由が実はある。此れを一つの書に束ねた時、約五万文字の一幕が「一章」に該当する規模だからである。幕開けで飾りたい……その創世神の願いにより、「幕」としている。
 人生では幕が開ける、閉じる……そう言うだろう?他と違い人生を書くと決めた時、そう覚悟した。長い説明で失敬した)は、僕の視点を見せ乍ら書いている。
 此の視点でなければ見れない。正義崩壊域とは一部の者しか動かせないが、中からは今……大気汚染の人口減少により、残りの人々が其れを食い止めようと、「黒影紳士」の僕等の世界から幼い子を狙って攫おうとしている。
 ちょっと其の狙いなんだけどね、普通の子供では無い。僕の様な……能力……とは、言いたくは無いが、そんな物を持った子等だ。
 此の輝く炎の翼も、僕はそうは呼びたくは無い。
 普通の人間で存たいから……。
 そんな事を主人公が言ってはいけないか?
 僕は言うよ。有難いが……特別視されたくは無い。
 だから強いだなんて思わない。……君と……同じ世界に今はいたいから。
 だから呼んだ。其れだけだ。
 僕は自分の事を人間だと思って生きてきたし、読んでいる君だって普通に生活して、急に「貴方は私の空想の中で生きています」だなんて言われたって……そうだよ。理解し難いし、では何か変わるか……そんな事も無いだろう?
 僕が無敵だなんて笑わせないでくれ。僕は……毎日をきちんとこなしたいだけだ。
 久々に僕視点で話させた創世神の意図もぼんやりだが今は少し分かる気もするんですよ。
 長い旅の中……僕は僕の事を、もっと君に知って欲しかった。
 それはきっと……「創世神の云う人間」に、僕が近付きつつ在るからだろう。
 だからこうして……今、何も挟まずに対話している。
 きっと、正義崩壊域の中は惨たらしい現実が待っているのだろう。
 そう……感じてはいる。
 遠い遠い国の戦中の様だろうか?
 将又、遭難したアルピニストの歩みの様であろうか……。
 怖い……確かに怖い。
 けどさ……僕は行く。愛する僕の家族がいて……愛する仲間がいて……愛すべき世界があるから。
 僕に何故鳳凰が懐いたか……創世神は必然と言った。
 僕は……自分の事が知りたい。……守りたい者がいる。
 現実は見なければ……確かめなければ真実と言わない。だから……「真実を探求する者」……僕は、変わらず探偵である。
 何の依頼主もいない、利益の無い事だ。だが……確かめずにはいられない。君が本幕迄辿って来たならば、もう読み始めの君とは少し違う筈だ。
 成長……お互いにしただろうね。嫌でも、成長は知らずにやって来るものです。
 行けるな?……今なら。
 今日は翼の無いサダノブは来れないんだ。
 君の力を貸してくれ……。

 ――――――――

正義崩壊域上部 挿し絵

 世界崩壊域の表面上はただの廃墟になったビル群で在る。
 然し、大地の影を擦り抜け飛び込んだ其の先は……。
「鏡……」
 僕は思わず通った道を振り返って確認する。
 地上をすり抜けた先には空が在ると思っていた。大気汚染により灰色か黒に似た空を思い描いていたが、其れとは全く違うものが存在したのだ。
 上空にあたる「黒影紳士」の世界との境目は巨大な鏡。
 ただでさえ薄気味悪くは感じた。
 白雪が「黒影は驚くとほんのちょっとだけ、目を大きくするのよ」と、笑って言われた言葉を思い出した。
 まるで、驚いた自分に見られているいる様で、ゾッとしたんだ。
 一人だったら此処でもう怖いと感じたかも知れない。
 だが、君がいたから心強くてそう思い、立ち止まらずに済んだ。
「サダノブならこんな時……何て言うと思いますか?やっぱりアレですかねぇ〜」
 僕は君の顔を見た。
「……あのゾゾッとする衣料品の安いネットショプの街だと言うと思いませんか?彼奴……本当にロクな事を言わない。ギリだって何度も言っているのに。……えっ?僕もギリが好きだって?……否、サダノブ程じゃ……」
 僕は君を見て、やはり己は人間とは違う事を思い知らされる。
「……大丈夫ですかっ!?」
 僕は咽せて背中を丸めた君の背を摩り言った。
 君は無理をして何度か頷いたが、この鏡からは地上の廃ビル群と全く同じでは在るが巨大な鏡を挟んだ下には、真っ逆さまの廃ビル群が突き出している様にも見える。
 其れはまるで……天空の摩天楼。
 その廃ビルから、夥しい量の砂鉄の様な黒い粉が吐き出されている。
 正解に言えば、天空に溜まった其の黒い物質が雨の様に再び下へと流れ落ちているのだ。
 此の流れを何度も繰り返し、量も増えていき大気汚染が進んだのだろうと仮定した。
 君が……詰まり、創世神と同じ世界線にいる人類や、きっと「黒影紳士」の世界における人類にも、此れは毒に成るであろう事は、君が苦しそうに繰り返す空咳で理解出来る。
 きっと僕だけ大丈夫な理由は、僕の鳳凰は朱雀とも同じでは無いかと言う説もある程で、もっと大きな朱雀の翼に変えれば、浄化に強いともされる。
 創世神が僕を守るだなんて言っておきながら、こんな危険な地に僕を寄越したのは、僕ならば大丈夫だと知っていたからに違いない。
「離れないで下さい……朱雀炎翼臨(すざくえんよくりん)!!」
 僕は浮遊していた君の手を取り、朱雀の大きな炎の翼に切り替える略経を唱える。
 此の翼ならば、風圧も強いので小さな粒子をある程度羽ばたかせているだけで吹き飛ばせる。
 君の咳も次第に落ち着き、辺りを再び見渡し始めたのを見て、僕は安心した。
 辺りを見渡せる程、余裕が出来たと言う事だからね。
「此の物質を少し採取します。……戻ったら調べて貰わなければ」
 僕はコートの裏にある無数の小さなポケットの一つから硝子の小瓶を取り出した。
 採取する間に、君は此の世界の景色に慣れて来た様に窺える。
「下へ行きましょうか」
 僕は落ち着いた今ならばと、提案した。
 君の顔を見ると不安に満ちている。……僕も其の気持ちはきっと同じだよ。
「……其れでも……事実は確かめるまで決して真実には成りません。引き下がると言う選択肢は今の僕にはありません。何故ならば今は「危険」でも「危機」でも無いからです。そう成ると感じたら引けば良いのです。創世神は後退りするだけで良く僕を叱ったものだが、僕の解釈では「未だ分かりもしないものを恐るな」と言う事だと思うのです。探偵にとって「分からないもの」で済ませる事等皆無です。在ってはならない。探究心や好奇心を満足させるには、其の前に立ち塞がるロックを外さなければ得られない。今、君は「黒影紳士」の僕と話している。其れが如何言う事か分かりますか?……僕が君の世界の人類に近付いているだけではない。君もまた、「黒影紳士」の人類に近付いている。だから、浮遊もするし、僕の翼が見えた。……既に第一のロックは外れたんです。鍵を外す事を始めに言ったのはそう言う事です。……如何酷いかなんか分かりません。けれど、酷いに違いない。だからと言って見ないのは……僕には出来ません。……せめて何か出来る事は無いか、確かめたい」
 此の時、僕は君を安全な地上に帰しても良かったと思っていた。だが、其れでは君が此の先の景色を読めなくなってしまう。モニター越しで伝えても、其の場の感触も分からない。其れでは「物語」では無いんだ。
 どんな感触で、如何感じる様な感覚になって……其れが在るのが「黒影紳士」なんだ。
 己では未だ実感は無い。……認められたかと聞かれれば答えられ無い。だけど……
「黒影紳士を……読んで下さい。僕の人生はこんな所で終われないです。恐怖になんかに負けて……終われません!」

 ……何で、涙が出たのだろう。
 本当は怖かったからか?
 否、既に探究心はあり確かなものだった。
 僕の人生は続いて行く。
 だが、君にとって其れはきっと……無関係だと、知ってしまったからかも知れない。

 君は如何したものかと困惑している様にも窺える。
 けれど、僕にははっきり見えたよ。
 だから少し嬉しかった。
 僕と同じだ。
「……早く先が見たいね」

 ――――――――――
 地上に降りて歩いて行く。
 街並みは、元はギリシャ等の地中海地方の白い四角い連なった家々の様だった。
 其れが見れたならば如何に綺麗な街かと書いて終わるだろう。然し、元はと書いた訳がある。
 今は其れが黒い物質により、濃い灰色となり所々新たに擦れた場所等だけが薄灰色に見えたからだ。
 人が見当たらない。……静けさの中に風が轟轟と響き渡っては過ぎていく。
「あーもうっ、僕の翼がっ!」
 僕は不愉快になり眉間に皺を寄せ、思わず其の風に八つ当たりした。
 君は其れを見て少し笑う。
「あっ……今、やっぱりナイーブだと思ってます?其れとも潔癖症が過ぎる?……何方でも構いやしませんよ。さっさと調査して帰りましょう」
 僕は躍起になってそう言った。
 君にとっては此の反応も予測済みだったのか、また少し笑われてしまう。
「サダノブか白雪みたいだ」
 僕はそう言って、気にせず歩く。
 サダノブなら早歩きでも息を切らして付いて来るだろうが、君と歩くのは慣れていないので、出来るだけ歩幅を合わせる。
 サダノブは別として、其れが紳士のマナーだ。
「此処の人って宇宙人みたいな者だったら如何します?」
 そんな他愛無い話しをし乍ら、小さな窓から家々の中を確認し歩いたが、住んでいたと言う痕跡は在っても、住んでいると言う痕跡が見受けられない。
「……何処かに集団避難した可能性が高いですね。ある程度、長期に家を空ける支度をして出て行った様です。大きな建物……ですかね。やっぱり此処は……。」
 僕はそんな事を言った矢先、開けた広場に辿り着き絶句した。元は其の広場の中央を美しく飾っていたであろう大きな噴水のに……山の様にご遺体が無惨にも放り込まれている。
 僕等の姿と何一つ変わらない、人間にしか見えない姿で。

挿し絵 広場の様子


 其れは何時から在ったのだろう。
 腐敗臭等は薄く……ほぼ白骨化していたが白では無く、何れも此の大気汚染の風が幾度と無く付着し、灰色か黒みを帯びていた。
「やはり……より黒く、より下にあるご遺体が古いのでしょうね。此処は風が強いから、風化も早かった筈です。だが……こんなに山にして、普通の埋葬がゆっくり出来なかった程、此処の大気汚染は深刻な様ですね」
 君は如何するのかと、聞きたそうである。
「僕は葬儀屋では無いのですよ?こんなに大量のご遺体を埋葬する術は持ち合わせていない。……ですが、この翼が如何すれば良いのか、知っている」
 ……翼……鳳凰の事だと君は思った。
 そして、「ご遺体」「埋葬」……と言うWordを何度か聴き、ある景色を思い浮かべる。
 ……そう、それは美しい彩の花々が咲き誇り、優しくも神々しい景色の広がる「あの丘」。
 黒影の願い……想いで出来た、あの暖かな……罪人も、遺族の悲しみも、恨みさえも……総てを平等に屠る場所。
 ……聖域と呼ばれる「真実の」丘にある、
「……「真実の墓」に何とかして埋葬出来ないか。……君も思いました?僕も此のご遺体の山を見た時、同じ事を思いました。恐怖心は、発見した時の驚きに似た様なもの。今の僕は考える余裕がある程です。君は?」
 君もご遺体の山を見詰め、悼む様に目を細めたが、大丈夫だとゆっくり首を縦に振る。
「少し考えがあります。このまま移動させてしまえば、ご遺体が被ってしまっている大量の汚染物質を持ち帰ってしまう事になります。其れは避けたい。さっき、君の為に朱雀の翼に切り替えておいて良かったですよ。……其のお陰で思い付いた。やはり、君と僕は相性が合うようですね。共に長く歩いて来ただけはある。……思い出せますか?朱雀剣以外に、僕が朱雀で出来る事……」
 君は一瞬ハッとした顔を見せた。曖昧な記憶の中に、神々しく輝き燃える四角い砦。
「……此れじゃあないですか?……朱雀魔封天楼壁(すざくまふうてんろうへき)……現斬(げんざん)!!」
 黒影は夥しい悲しみ渦巻く死者を、その光で包み込む。
 勢い良く立ち上る四枚の四角い壁で死者の山は丸々囲まれ、黒影は上から見える様に、君の手を取り飛んだ。
 白骨化したご遺体に降り積もっていた大量の黒い物質は朱雀魔封天楼壁にゆらりゆらりと線と束なり吸われて行く。
 浄化、対魔の壁へと……。
 こんな近くで黒影の技を見た事が無い。
 今はっきり感じるのは……黒影の平等や平和に対する想いが、温かな物で出来ていると言う事だ。
 朱雀の炎の温度とはまた違う。心の温かさの事だろうかと思う。
 サダノブの言っていた「先輩は温かい」。そう黒影に言っていた理由がやっと分かった。確かに、此れはモニター越しでは伝わらない、事実の一つなのかも知れない。
 黒影は全てのご遺体が綺麗な白色の白骨遺体に戻ってくると、朱雀魔封天楼壁の中に舞い降りた。
 手は未だ繋いだまま。なのに其れは強引では無く、何時でも振り解ける力具合いだったからか、振り払おうと言う気にも成れ無かった。
 黒影は足元を見詰める。
 その視線の先にあったのは黒影の「影」だ。
 黒田家(黒影の本名は黒田 勲)の者だけが遺伝的に持っている力……自由自在に操れると言う影。
 黒影は数秒己の影を凝視し、其の視線をご遺体の山の上へ飛ばした。
 真っ黒な影が上から徐々にご遺体に沿って裾を広げ行く。
 其れはまるで……静かに流れ落ちて閉ざされる幕の様であった。此のご遺体の一体一体にも、人生が在ったんだ。
「子供から大人迄……」
 黒影は其れを見て心を悼めているのか、あの長い睫毛を下ろし、目を薄くした。
「黒影紳士」の世界に来たからと言って、やはり読み進める以外に、黒影にしてやれる事は無い。
 それが何故か、今は少しだけ悔しかった。
「有難う……やっぱり君と来て良かった。心強い」
 黒影はそう言って振り向き見ると微笑んだのだ。
 戦っている時にはきっと見せない朗らかな笑顔を。
 ……そうか……。
 気が付くと、何も出来ないと思った悔しさが、黒影の手を握る力をほんの少し強くしていた様だ。
 其れでも、微笑んでくれたなら、その「無力だと思う事」にも意味があった気がする。
 無力さに意味を持たせてくれたのは、「黒影」だった。
 全てのご遺体が影に覆われた次の瞬間、其の山の形をした影が真っ平らになって広がるのだ。
「もう……影の中さ」
 黒影はそう教えてくれた。
地面に広がる一枚の大きな黒い影は、まるで手繰り寄せられる様に黒影の前迄縮まると、形を黒影の影へと戻す。
 跡形も無く……静かに。其れはまるで葬儀の様に行われ終わった様にも思えた。
「読むと実際見るのとは違うだろう?僕はもっと鮮明に見えないものかと、創世神と話し込んだ事がある。『見えるよ……書は映画やテレビ程見えない。そう思う方が間違いだ。逆に映画やテレビで見えない所まで鮮明に写す事があるから。勘違いしているだけさ。既に五感は知っている。登場人物の描写だけで何ページも詳しく書いても、映画では飛ばされてしまう。登場人物を知る上で、もっとも適していて、能書だからけで味がでるのが書だ』……なんて、あの人無茶苦茶な事しか言わない。一見、道理が通っている様に聞こえるからタチが悪い。そもそも何の根拠も無い事が好きなんですよ」
 僕はそんな創世神との何気無い話しをし乍ら、先へと進んだ。君がこの先を少しずつ考えている気がしたからだ。
 僕等の先に見えたのは少し大きな建物。きっと誰かしらが避難したならば、居てもおかしくは無い。
 だから少し緊張して来たのは間違い無い。
 話が出来ない相手では無いが、片や事件が多いとはいえ、普通な暮らしをし、生きるか死ぬかの瀬戸際で意見が食い違う。
 単に「黒影紳士」の世界に入るなと言えば良い話ではあるが、正義崩壊域の人々にとって、其れは種族として絶滅しろと言われている様な物だ。
 先ずは先方の状況把握をしなくては……。その為にこうして君と僕で来たのだから。

 ――――――――
「……避難すら……間に合わない状況だなんて……」
 僕は思わず重い扉の其の中へと入った時、絶句した。
 緊張感は無くなったが、絶望に似た感覚を受ける。
 喪失とはまさにこの景色から来る何かの様でもあった。
 数台のタンクから何かが漏れている音だけが、スーッとしている。
 ガス等は日本では臭いが付けられているから、こんな異国の様な世界で、其れが一体何なのかすら僕等には理解する事が出来ない。
「大気汚染が原因だとすると、有害な物では無い筈だよ」
 僕は不安そうな君にそう言った。
 根拠も無く信じて貰えるかと不安になったが、君は頷いてくれる。
 きっと僕もそうだろう。
 探偵の癖に言って良いかは分からないが、逆の立場で君がそう言ったならば、根拠等なくても信じる。
 日々の信頼感とでも、言えるのかも知れない。
 きっとこんなに長い僕の人生を眺めて来たのだから、僕と言う人間が気に食わないならば、君は本を閉じて二度と開かなければ済む話し。
 其れが、気になり此処迄あれよあれよと今、こうして手を繋いで歩いているのならば、宛ら僕はなんちゃらtubarみたいなものかなぁ?
 映像か本の中の違いだが、近くに感じる存在。
 遠過ぎはしない距離……。でも、僕からだって君が今見えている。此の感覚を何と喩えようか。
 物語の中で待ち合わせして、出逢ったと……そう思う事にしよう。
 そんな事を考え翼の動きを少し休めてみたが、君が咽せる事も無い。此処にいれば、外程は大気汚染の影響を受けずに済んだ。
 然し……此処から人々が消えた理由は痕跡にある。
 備蓄が切れたのだ。一歩も外に出る事が許されずに。
 だから散り散りになった。
 この数台の大きなボンベは外へ行き来する為に、新鮮な空気を小分けにしていたのだろう。
 空気があっても、出入りする範囲に限りがあり、こんな状況下で作物が取れたとも思えない。
 ガスマスクの形状に似ているが、目元の無いもっと軽量型の空気フィルターが山の様に壁に捨て置き去りにされている。
 其の一つをサンプルに持ち帰ろうとして内側を見た時、不要に成った理由に気付いた。
 内側が薄ら黒くなっている。防ぎ切れなかったのだ。
 此の世界の文明を持ってしても、完璧に此の大気汚染を防ぐ方法等無かったに違いない。
 僕は其の時、大きくコートの片ヒラを上げ、君の手は離さず片手で先程の小瓶を再び手に取る。
「此れは上空に在った結晶に近いものだったんだ。かなり此の粒子は小さい。目に見えるよりも……。」
 僕は慌てて、翼を大きく広げて君を翼の中に匿う。
 ナノレベル……否、そんな僕等「黒影紳士」の世界や、「創世神や君のいる世界」では計り知れない何かかも知れない。
「……幻炎……十方位光炎斬!……解陣!」
 鳳の翼が更に輝きを増す。
 君はその輝きに一度は目を細めたが、好奇心に目を輝かせ翼を見詰めていた。浄化に強い光だ。
「「黒影紳士」の世界で解陣しておいて正解でしたよ。今頃、向こうの鳳凰陣の真っ赤な炎も、きっと此の翼と同じ輝きに変わっています。このツアーが済んだら、見に行きましょうか」
 そう僕が提案すると、君は少し微笑んでくれた。
 けれど、君の体内に入ると此の汚染物質は日本で確認されている物かすら分からないのだ。
 調べるだけ調べたら早く此の世界を出なければ。
 僕の気持ちは焦り始めていた。
 ……とても生きた心地がしない。
 壁には訳の分からぬ飛んだ血痕、救急道具らしきものも、空になった食糧のゴミも綯い交ぜになり、此れ災害だと言う事を実感する。
 どのくらい此処に避難していたのだろう……。
 乱れた文字ではあるが、手記をみつけた。文字はわからないが、日にちらしきものを、上部に書いてから長くその日の事を書いているようだ。
 その数たった……25。
 まともに避難出来たのが25日間。そう思うと、如何にこの大気汚染が急激に悪化したのかが窺える。
 25日…この建物一杯に人がいたとして、新しい備蓄の供給が途絶え25日。この捨てられた生活用品の量は尋常じゃない。
 使うも何も、次々と死んで行く方が早かった。
 そのご遺体を捨てられたのが、唯一近くて広い、あの噴水だったのだ。
 他の墓地がいっぱいか如何かでは無かった。
 近場か如何かだったのだ。
 少しでも大気に触れない様にするには。
 この中にも黙認は出来ないが有毒な物質が流れ込んでいる。
 ……捨てるしか……無かったんだな。
 家族のご遺体も……。
 愛した筈の世界も……。

 誰も語る者等いない。だが、ひしひしと感じた。
 此の根本的な問題を取り除かない限り、「黒影紳士」の世界に生き残りを掛けて目掛けてくるのも、当然である。

「水質を調べたら、怱々に我々の世界へ戻りましょう。君が身体を悪くしてしまったら、僕の世界が君の中で一時停止してしまいますからね」
 僕は君を怖がらせら無い様、そう言って微笑んだ。
 君は漸くこんな世界から戻れるのかと安堵したに違いない。

 ――――――
「あれが川だと?」
 僕は形状だけが川に成り果てた、真っ黒な泥水の様な場所へ君と辿り着く。
 まるでその流れはコールタールを混ぜた激流だ。
 僕が辺りを視察していると、君の小さな声がして僕は君を見た。
 君は川の中を指差している。
「……なんて事だっ!」
 僕はその濁流に浮き沈みしている何かに気付いた時、こんな事があってはならないと、思わず叫んだ。
「中に入っていて下さいっ!……朱雀魔封天楼壁(すざくまふうてんろうへき)……現斬(げんざん)!」
 慌てて君を朱雀魔封天楼壁の中に閉じ込めた。
 此処なら……浄化が強く、汚染物質に晒される事がない。

「黒影……!!」

 初めて……君が僕を呼んでくれた。
 僕の無事と生きろと言っている。
 聞こえたよ……届いた……君のその声が。
 だから、怖くない。
 君と来て……やっぱり正解だ。

「大丈夫だ!……これから大丈夫になる!」

 ねぇ……君。心配を掛けてごめんね。
 不安にさせてごめんね。
 だけど……僕には行かなきゃいけない時がある。
 其れは……自分が後悔したくない時。
 だから……後悔する様な結果では君の元へまた帰れない。
「大丈夫……」
 其れは自分にも言って来た言葉だ。
 だが今は違う。
 君の不安を払い除ける為だけに僕は言う。
「大丈夫に……僕がするんだよ」

 帽子とコートを川の手前に走り乍ら脱ぎ捨て、
「あーー!!汚れたくなぁーい!」
 そう、潔癖症の黒影が叫んだ声だけが君に聞こえた。


※今回は体調不良が重なりました為、連載にてお送り致します🎩🌹
この幕に付きましては毎週金曜日…覚え方は「黒影ブラックフライデー」に、更新🆙予定🗓️で御座います。どうぞ最後までお付き合い下さいませ💐
尚、何時も通り読み返さない走り書きの癖で誤字脱字オンパレードが予測されます。
笑って読み進めて下さいね♪

🔸↓続き第二章はこちら↓

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。