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Jリーグの秋春制移行①            降雪地に向き合うということ



降雪地との向き合いを避けたJリーグ

「百年構想」の旗を降ろす日が目前に迫っている。
Jリーグの秋春制移行論議はまもなく移行決定で決着するだろう。

この移行論議において、個人的に残念で気持ち悪かったのが、Jリーグの「何が何でも必ず移行させる」という本音と「議論しました」というアリバイづくりに気付いていながら、それを指摘も検証もしないサッカー界隈のメディアやライター。そして、その状況を看破しながらも、シラケた視線で見つめるしかない私たちサッカーファンという構図である。そこには「誠実さ」のかけらもない。

シーズン移行論議における最大の課題は世界有数の降雪地を抱える日本の特殊性である。東日本の日本海側など降雪地のサッカー環境にどれだけ誠実に向き合えるか。この点こそがシーズン移行を成功させる鍵になるはずだが、残念ながらJリーグの姿勢は「誠実さ」からは程遠く、見えてくるのは「姑息さ」だけだ。

大前提として、Jリーグはコンペティションを興行としている。それゆえ、Jリーグを成り立たせる大原則は、コンペティションに臨む全クラブに対する「公平性の確保」である。

Jリーグの秋春制移行はこれまでに、移行後のカレンダー案として今年6月にA案、B案を提示、先月(11月)にB´案を提示している。そして、その当初…つまりA案提示時点から、Jリーグは「ウインターブレイクは現在のシーズンオフの長さとほとんど変わらない」という説明を繰り返してきた。ちなみにA案では現行の春秋制より冬の試合が3試合多くなる。(B案は春秋制のシーズンオフとウインターブレイクの長さが同じ。そのため「ほとんど」という言葉をつける意味がない。)

このA案を指して「ウインターブレイクは現在のシーズンオフの長さとほとんど変わらない」と説明してしまうところに、降雪地のサッカーファンは絶望感と憤りを感じた。「3試合の増加」が「ほとんど変わらない」だと!

降雪地は1日あれば雪景色に変わる。1週間もあれば、何10センチ…時にはメートル単位で雪が積もり、社会活動に影響をおよぼす。それをJリーグは「冬に3試合増えることなんて、そんなの今とほとんど変わらないでしょ」と言って説得しようとしたのだ。

降雪地に対する認識の甘さと「変わらないなら秋春制でもいいじゃないか」という空気の醸成を図りたい意図が分かる。また、「降雪地域のクラブはホーム開催できない期間はアウェイ固定」と、それが当然だといわんばかりに話を進めているところに、Jリーグの降雪地クラブ軽視の姿勢が露わになっている。(2023年第6回Jリーグ理事会後会見発言録の資料「6月時点のまとめ」より)

しわ寄せを強いることへの鈍感さ

6月のJリーグ理事会では「たとえば6連続アウェイ・7連続アウェイになることも想定してシミュレーションを始めた」と説明されている。そこには「それだけの連続アウェイを一部のクラブだけに強いることが、そもそも公平な運営といえるのかどうか」という根本的な自省の念は感じられない。

今シーズン、J1の新潟は開幕2試合連続アウェイ、J2の山形は開幕4試合連続アウェイだった。東北のJ3クラブなども連続アウェイでシーズンが始まるのが常態化している。これは「冬に試合をしないことが前提の『春秋制のJリーグ』であっても、降雪地という環境からどうしても消化できず、甘んじて受け入れている結果」であり、そもそも山形の開幕4試合連続アウェイなどは『アウェイを3試合続けない』原則から外れたイレギュラー状態だ。

それを「『秋春制のJリーグ』にしたいから冬の試合を増やします。降雪地のチームは連続アウェイがさらに増えるのでよろしくね。」では、サポーターが怒るのも当然だろう。「しわ寄せはそっちに行くけど我慢してね。」と言われているようなものだ。降雪地のハンデを、後からさらに人工的に拡大させるのは公正とはいえない。

降雪地のクラブに6連続アウェイ・7連続アウェイを強いるなら、浦和や横浜Fマリノスなど非降雪地のクラブにも6連続アウェイ・7連続アウェイを強いるカレンダーにしなければ公正なコンペティションにはなり得ない。そういう当たり前の思考がJリーグに果たしてあるのかも疑わしい。

ちなみに、山形の相田社長はことし5月、秋春制移行について「正直変わらないです。なので、正直な話、多くの方が騒いでいる理由をあまり理解できていなくて、逆に教えて欲しいぐらいなんです。」と話すなど『ほぼ秋春制推進派』という立場を表明している。

降雪地のクラブのトップとしてはなかなか尖がっているなぁと思ったが、2021年のパワハラ事件とその後の処遇から考察すると「まぁ、Jリーグが進めようとしていることには反対しづらいよね。」と納得できる。あくまで私個人の考察であり、考察はどこまで行っても考察に過ぎないのだが、気になる人は当時の記事などで確認してほしい。同じ年にBリーグの新潟アルビレックスBBで起きたパワハラ事件との類似性や発覚後の経緯の違い(社長の処遇など)を比較するとおもしろい。

また、降雪地のクラブでいうと、札幌は言わずと知れた野々村チェアマンが前社長だったクラブ。富山の左伴社長は富山の社長になる以前から野々村チェアマンと良い関係にあった仲良し。意図したものなのかどうかは別にして、見事な秋春制移行シフトが敷かれたものだなぁと感心する。

戦術的妥協のB’案 最終的に目指すのはおそらくA案

閑話休題。話を「秋春制移行と公平性」の論考に戻す。

先月、Jリーグが提示したB´案は、A案とB案の折衷案のようなものだ。冬に行うリーグ戦はA案が3試合増えるのに対して、12月に1試合増えるのみに抑えられる。ウインターブレイクの長さは現在のシーズンオフより1週間短くなる。ただし、A案で7月最終週か8月第1週とされていたシーズンの開幕を1週早めること(7月第4週の可能性も)が想定されていて、「猛暑期を避ける」という論拠がさらに形骸化することになる。

「試合の開催」というポイントにのみ絞れば、B´案は降雪地のクラブでも全く飲めないような案ではないと思う。ただ、個人的には、B´案でスタートしたとしても「猛暑期を避けられない」「スケジュールが過密になった」等々の理由で、なし崩し的に冬の試合が増えていき、数年後にはA案と全く同じスケジュールになるんだろうなぁと思っている。というか、JリーグがB´案を提示したのはそこまで計算した上での作戦だと捉えている。

ウインターブレイクの練習環境 公平性の確保は可能か

さて、「試合の開催」というポイントだけでなく、秋春制になった際のウインターブレイクについては「練習環境」についても公平性の確保が問題となる。個人的には、連続アウェイの増加などよりもよほど重要なのではないかと考えている。もちろん、あくまでサッカーファン目線からの意見なので、実際のJリーグクラブの選手・スタッフなどからは「それほど心配することではないよ」と一笑に付されるかもしれないが、とりあえず論じてみたい。

ウインターブレイク中、降雪地のクラブの練習は雪が降らない地域での遠方キャンプ一択になる。一方、非降雪地のクラブは地元の慣れた環境で練習を継続する選択もでき、そうなれば選手たちは練習後に家で家族とリラックスすることが出来る。

そうなると、降雪地クラブと非降雪地クラブの選手が抱えるストレスに大きな差が出てくることはないだろうか。選手獲得においても影響を及ぼすようなことはないだろうか。(秋春制であっても年末と正月には休みを取るクラブが多いのではないかと推察できるが、これは降雪地であろうと非降雪地であろうと関係なく、各クラブの自由意思で期間を調整できるので、考察から外しておく。)

もちろん、非降雪地のクラブであっても現状の開幕前にはキャンプをしている。しかし、同じ時期であっても「チーム作りの開幕前」と違い、「シーズン途中のウインターブレイク」では、余計なストレスを抱えることのない地元での調整を優先するクラブもあるのではないだろうか。

ましてや、ウインターブレイクは現状のシーズンオフよりA案では3週間短く、B´案でも1週間短い。非降雪地のクラブはキャンプをするもしないも自由であり、キャンプを行うにしても地元での調整にもしっかり時間を割こうと考えるだろう。一方で、降雪地のクラブは選択の余地なくウインターブレイクのほぼ全期間で遠方でのキャンプを強いられることになる。ウインターブレイクが明けてもキャンプ地からアウェイの試合、そしてまたキャンプ地に戻るということが常態化するかもしれない。単なる「キャンプ費の補助」では解決できない「ハンデの拡大」が生じるのではないだろうか。

さて、「ウインターブレイクでの練習環境における公平性」を確保するにはどうしたらいいのか。選手のストレスまで考慮していられない、と割り切ってしまえば簡単だが、そうもいかないだろう。正直なところ「非降雪地のクラブもウインターブレイクの全期間に渡って強制的に遠隔地でキャンプさせる」ような荒唐無稽な手段を取らない限り、公平性は確保できないのではないかと思う。

変革にともなう「痛み」は全てのクラブで分かち合うべき

現状の春秋制でも降雪による地域ハンデはある。ただ、現在Jリーグに所属する降雪地のクラブやJリーグを目指す降雪地のクラブは「雪によるハンデが小さい春秋制のリーグ」という環境において、手を挙げ、奮闘している最中だ。Jリーグを作り直すのなら、そのハンデの縮小がともなうべきで、少なくとも「ハンデの拡大やむなし」はあり得ない。一部の地域・一部のクラブへのしわ寄せを前提にして成立するものは改悪でしかなく、長い目で見れば必ず失敗する。

シーズン移行にともなう『痛み』が避けられないのであれば、Jリーグ60クラブおよびJリーグを目指す数多のクラブが平等に『痛み』を分かち合うべきだ。「ACLの秋春制移行」を理由に始まった今回の秋春制移行論議。今のところ、『痛み』はハンデの拡大という形で降雪地のクラブにのみ割り振られているが、ACL常連クラブをはじめとする非降雪地のクラブが、どのような形で『痛み』を分かち合ってくれるのか。そこが見えてこない限り、「百年構想」を掲げたJリーグは変質・消滅し、静かに衰退していく運命だろう。


個人的には、秋春制に移行したら、ACLやCWCに出場したクラブが大会で獲得した賞金の何割かをJリーグに納めて、全国のJリーグクラブやJリーグを目指すクラブの施設整備費などに充てる仕組みを作ってもいいんじゃないかなぁと思っています。

今回の秋春制移行論議は、ACLが秋春制になったことで日本のACL出場クラブが日程的な不利を被らないようにシーズンを検討しなければ、ということでスタートしましたよね。その結果の秋春制移行で、降雪地のクラブがハンデの拡大という『痛み』を被る一方、非降雪地のACL出場クラブには秋春制移行が原因の『痛み』はありません。(もし、春秋制から秋春制に変わることで非降雪地のクラブにも雪が降らない地域特有の負担増があると知っている人がいれば、コメント欄にでも書き込んで教えてください。)

言い換えれば、降雪地のクラブの『痛み』をともなう協力によって、ACL出場クラブは日程的不利を被らずに戦う環境を『恩恵』として授かるわけです。その点を考慮すれば、ACLやCWCで得た賞金の一部を降雪地などサッカー環境の整備が必要な地域に還元することは不合理ではないですよね。もちろん、降雪地のクラブがACLに出場した場合も例外にはなりません。

Jリーグは、秋春制になれば100億円規模の財源で降雪地のクラブのキャンプ費用や施設整備の支援をすると発表していますが、一方で「永久的に支援するものではない」「100億あっても、200億でも足りない」と説明しています。ACL出場クラブの獲得賞金を還元させる仕組みが作られれば、それは恒久的な支援になり得ると思うのですが…。


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