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僕らはきっと同じ夢を見ている

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それはただの日常。純文学風の短編集。独特な読後感をお楽しみください。
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【短編小説】願望

【短編小説】願望

 彼女のことは、嫌いではなかった。話をしていて楽しいと感じていたし、底抜けの明るさに救われたことも多々あった。それはきっと俺だけではなくて、俺と一緒に旅をしていた魔法使いと盗賊にとっても同じだろう。特に魔法使いは同性ということもあって、彼女――ヒロインとは、とても気が合ったほうだから。
 ヒロインはとても正義感が強く、また同時に行動力を兼ね備えていた。街の人々は彼女のことを「勇敢」だと褒め称えてい

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【短編小説】恋の矢印

【短編小説】恋の矢印

 少女漫画にあこがれた。大好きな彼氏くんのために手編みのマフラーを編む主人公にあこがれた。不器用ながらも一生懸命にマフラーを編む主人公は、時折編み棒を指に突き刺しながらもシンプルなマフラーを編み上げた。だけど表面はボコボコで、お世辞にも綺麗とは言えない出来。学校に持ってきたところまではいいものの、こんな不格好なものを渡すのは失礼だと感じて渡すのを諦める。が、それを目ざとく見つけた彼氏くんは主人公の

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【短編小説】無知なものたち

【短編小説】無知なものたち

 アイスコーヒーの氷が、ゆっくりと崩れた。
 友人は少し大げさにため息をついて、「ほんとAI絵師ってクソだ」と言った。
 僕たちはファミレスの隅っこの席で、ドリンクバーを利用して長居していた。僕はこういうのが苦手だ。ドリンクバーだけで五時間も六時間も居座る神経がないからだ。だから僕はポテトやデザートを追加注文していた。こういう点、友人は図太いので何も気にしないでここに居座っている。
 僕はアイステ

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【短編小説】偽りを綴る

【短編小説】偽りを綴る

「あんたの妹が、私の妹をいじめてるらしいんだけど」
 よく晴れた春の日のことだった。Nの妹と私の妹は一年三組にいて、特に仲良くしているという話は聞いていなかった。Nは鼻穴を異様に大きくしながら、私を威嚇するような目で見た。私は「そうなんだ。妹に聞いてみるね」と言った。あの、普通にしていれば大人しい妹がNの妹をいじめるとすれば、Nの妹がちょっかいをだしたか何かをした以外の理由が思いつかなかった。今と

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【短編小説】封じられた声

【短編小説】封じられた声

 橙と紫の石をあしらったネックレス。誕生日プレゼントだ。私の「推しキャラ」をイメージした色なのだとすぐに分かった。すぐに連絡を入れる。

「誕生日プレゼントありがとう」

 文末がそっけないので適当にハートの絵文字を入れる。既読がついた。返事がくる。

「気に入ってもらえて嬉しいよ」

 やっぱり文末には笑顔の絵文字がついていた。私は反射的に「別に気に入ったわけじゃない」と入力しそうになったが、慌

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【短編小説】公開処刑

【短編小説】公開処刑

 先週、僕らは負けた。体育の授業のバレーの試合だった。権田は今日の試合がどれだけ最悪だったかを大袈裟に話し、僕は腕の痛みに少し泣いた。
 試合はバレー部エース、高田のサーブから始まった。強烈な勢いですっ飛んでくる球を拾って……なんてことはできず、僕はただ立ち尽くすだけだった。隣に居た権田から「拾えよ」と説教がすっ飛んでくる。僕は眼鏡をかけ直して、ボールをどむどむと床に弾ませながらサーブの出力を測っ

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【短編小説】八月三十二日

【短編小説】八月三十二日

 八月三十二日、僕は死ぬためにN岬に向かっていた。
 たいていの人たちは「どうして」だの「まだ若いのに」だの好き勝手に僕を止めようとするけれど、理由を言っても理解してもらえないなら無駄な労力を割く意味がない。落書きされた教科書を親に見せるくらいなら、崖から飛び降りる方がいいと思い立ったのは自然なことだと思う。僕は念入りに計画を練った。兄に「大丈夫か、お前」と言われたけれど、何事もなかった風にして返

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【短編小説】そうなってしまえばいい

【短編小説】そうなってしまえばいい

 Sくんが自殺したと聞いたとき、私とE子は本当に驚いた。しかしその原因がSくんの姉であり私たちのクラスメイトだったNだと聞いたときには特に驚かなかった。潔癖症で完璧主義のNは周囲にもそれを強いたので、クラスからは浮いたし当然結婚もできてない。結婚の価値観をどうこう論じる気はないとはいえ、彼女の場合はどう考えても貰い手もいないだろうと思う。あれだけ我が強い女を嫁にするとなれば、どんな男がふさわしいの

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【超短編小説】背伸び

【超短編小説】背伸び

 手帳を一冊買った。使い道のない文房具に役割を与えるためだった。僕は職場と自宅の往復以外のイベントがない人生に手帳を買ったのだ。もしも人生のRTAが開催されるとしたら、僕の辿る物語は理想通りのチャートなのかもしれない。
 僕は滑らかにボールペンを奔らせて、有給休暇の予定をひとついれた。しかし他の予定がない。日曜日にスーパーに買い物に行くとか、そういったことしか書くことがないのだ。僕は本当に些細なこ

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【短編小説】未熟な果実

【短編小説】未熟な果実

 近隣地域の小学校に通っていた生徒を一堂に会して作られたようなコミュニティには「Y中学校」という名前が授けられた。正確に言えば「Y中学校五十六期生」だ。見慣れた顔がぶかぶかの学ランやセーラーを着ているのを見ると、なんだか不思議な気持ちになった。それは僕を見たクラスメイト達も同じだろう。
 新たなコミュニティにねじ込まれた僕たちの結束力を高めるという崇高な目的の下、レクリエーション大会というものが開

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【短編小説】石膏像

【短編小説】石膏像

 美術の授業は苦手だった。僕には小説の方が明らかに向いていた。美術室のど真ん中に居座る石膏像を木炭でデッサンするくらいなら、あのレプリカがどれだけ懸命にホンモノへと近づこうとしているのかを淡々と書く方が簡単だ。僕はこの時間に枷を感じていた。足ヒレをつけて泳いだときに、上手く水中を進めなかったときのようなもどかしさを美術の授業にも感じていたのだ。
 S先生はわりと寡黙な人だった。だからといって取っつ

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【短編小説】海、ひとりぼっち

【短編小説】海、ひとりぼっち

 海の夢を見ました。海というのは僕の同級生だった女の子の名前です。当時はみんな、彼女のことを海ちゃん、海ちゃん、と言ってかわいがっていましたが、海ちゃんは自分の名前が嫌いだったようです。僕も一度だけ海ちゃんのことを「海ちゃん」と呼んでみたことがあります。海ちゃんは僕を一瞥すると、すぐに何事もなかったかのようにして黒板の方を向いてしまいました。僕はそれから、海ちゃんのことを「斎藤さん」と呼ぶようにな

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【短編小説】ずっと死んだまま

【短編小説】ずっと死んだまま

 ――X高校第七十三期生同窓会会場。
「遅くなりました」
 あきれるぐらいに広いホテルの大宴会場、そのまた奥の扉から、もったいぶる様子もなくやってきたのがTである。N子は煙草に火をつけたくなる衝動を抑えながら、音のしない拍手をしてT先生とやらを迎えた。
 一九九〇年、「墓標の足跡」で鮮烈なデビューをし、その後は主要な文学賞を総ナメ。T氏が受賞できないのは「なでしこ女流文学大賞」ぐらいだろう、という

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【短編小説】孵化

【短編小説】孵化

 たっくんの飼っていたペットが死んだ。それが文鳥だったのかインコだったのかは僕には分からないが、鳥の類であることは間違いなかった。四年一組で一番足の速い、クラスの人気者。そんなたっくんはいつも意地悪な顔をして、僕のことを突き飛ばしたりしてくる。いつも自信に満ち溢れていて、教室にやって来るや否や僕の背中をバンバンと叩いて「今日もウジ太郎はウジウジしてるな」と声をかけてくる「あの」たっくんが、トボトボ

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