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【短編小説】偽りを綴る
「あんたの妹が、私の妹をいじめてるらしいんだけど」
よく晴れた春の日のことだった。Nの妹と私の妹は一年三組にいて、特に仲良くしているという話は聞いていなかった。Nは鼻穴を異様に大きくしながら、私を威嚇するような目で見た。私は「そうなんだ。妹に聞いてみるね」と言った。あの、普通にしていれば大人しい妹がNの妹をいじめるとすれば、Nの妹がちょっかいをだしたか何かをした以外の理由が思いつかなかった。今と
【短編小説】八月三十二日
八月三十二日、僕は死ぬためにN岬に向かっていた。
たいていの人たちは「どうして」だの「まだ若いのに」だの好き勝手に僕を止めようとするけれど、理由を言っても理解してもらえないなら無駄な労力を割く意味がない。落書きされた教科書を親に見せるくらいなら、崖から飛び降りる方がいいと思い立ったのは自然なことだと思う。僕は念入りに計画を練った。兄に「大丈夫か、お前」と言われたけれど、何事もなかった風にして返
【短編小説】そうなってしまえばいい
Sくんが自殺したと聞いたとき、私とE子は本当に驚いた。しかしその原因がSくんの姉であり私たちのクラスメイトだったNだと聞いたときには特に驚かなかった。潔癖症で完璧主義のNは周囲にもそれを強いたので、クラスからは浮いたし当然結婚もできてない。結婚の価値観をどうこう論じる気はないとはいえ、彼女の場合はどう考えても貰い手もいないだろうと思う。あれだけ我が強い女を嫁にするとなれば、どんな男がふさわしいの
もっとみる【超短編小説】背伸び
手帳を一冊買った。使い道のない文房具に役割を与えるためだった。僕は職場と自宅の往復以外のイベントがない人生に手帳を買ったのだ。もしも人生のRTAが開催されるとしたら、僕の辿る物語は理想通りのチャートなのかもしれない。
僕は滑らかにボールペンを奔らせて、有給休暇の予定をひとついれた。しかし他の予定がない。日曜日にスーパーに買い物に行くとか、そういったことしか書くことがないのだ。僕は本当に些細なこ
【短編小説】海、ひとりぼっち
海の夢を見ました。海というのは僕の同級生だった女の子の名前です。当時はみんな、彼女のことを海ちゃん、海ちゃん、と言ってかわいがっていましたが、海ちゃんは自分の名前が嫌いだったようです。僕も一度だけ海ちゃんのことを「海ちゃん」と呼んでみたことがあります。海ちゃんは僕を一瞥すると、すぐに何事もなかったかのようにして黒板の方を向いてしまいました。僕はそれから、海ちゃんのことを「斎藤さん」と呼ぶようにな
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