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これまで来た道、これから行く先

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旅がどこまでも続くように。1000字エッセイ。
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2018年10月の記事一覧

更新頻度を下げようと思います

更新頻度を下げようと思います

いつもありがとうございます。皆さまのスキとコメントのおかげで、今日までnoteの更新を続けることができます。心より感謝申し上げます。

思えば私がインターネット上に文章を投稿し始めたのは、大学1年生の時でした。私の記憶では、『行く河の流れは絶えずして』というタイトルのブログです。現在、このタイトルで検索してみると、いくつかのブログがヒットしますが、私が書いたとみられるものは見当たりません。ブログを

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2つの歌とハロウィンと

2つの歌とハロウィンと

『大きな古時計』と『グリーングリーン』。幼少のみぎりに聴いたこの2曲が、現在まで心の根幹にとどまり続けている。正しくは、この2曲の「私の解釈」が、と書くべきかもしれない。小学校に入るか入らないかの頃にぼんやりと感じていた歌詞の意味が、今でも私の中に強く根付いている。

特に『大きな古時計』の解釈については、幼稚園に通っていた時に級友と口喧嘩にさえなったのを覚えている。私が雑談のつもりで口にした言葉

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レインコートは永遠に

レインコートは永遠に

部屋の模様替えをした。部屋を私と共用している妹の以前からの希望に応えたものだ。多くの女性に当てはまるのか、妹の性格なのかは分からないが、2か月に一度くらいの頻度で部屋の雰囲気を変えたくなるらしい。それに振り回され続けている兄である。

その模様替えの度に、部屋の片隅の箱の中から出てくるものがある。正確には私が箱から取り出しているのだが、毎回それを見なければ落ち着かない気がするので、あちらのほうが意

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ことばのあき

ことばのあき

今週の金曜日に、久し振りに会う約束をしている人がいる。偶然が重なって、相手方からお誘いを受けることとなった。大学時代のアルバイト先で一緒に働いていた、一歳下の女性である。以前から彼女はあまり社交的ではなかったので、正直なところ再会できるとは思っていなかった。

おそらく、「何か」があったのだろう。それが、いいことであるか悪いことであるかは分からない。いや、そもそも彼女も何があったとは言っていないの

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社員旅行で学んだ「仕事」

社員旅行で学んだ「仕事」

先週の土曜日から昨日まで、二泊三日で沖縄に行ってきた。社員旅行である。私自身は初めての沖縄だったので、あらゆることが新鮮だった。

殊にひめゆり平和記念資料館は、思っていた以上に衝撃的だった。これについてはまだ気持ちの整理ができていないので、いずれ綴ることにする。

そこで今回は、私に新たな示唆を与えたもう一つのエピソードを書いてみたい。

――宴会が終わり、夜のとばりがすっかり下りた頃。

「飲

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すぎの木の香りに包まれて

すぎの木の香りに包まれて

職場の最寄駅は、東急東横線の『都立大学』である。

このくらいの情報のみで個人が特定されてしまうほど有名ならばむしろ光栄であるし、逆に言えば、これで特定されるのなら既に他の個人情報が漏れているということであって、もはや食い止めることはできまい。ここは割り切ろう。

さて、その都立大学駅の駅前に、『すぎの木』という喫茶店がある。通りに面した建物の二階に、穏やかな時間の流れとともに収まっている店だ。い

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存在の証明

存在の証明

たとえば、見慣れた顔。

家族、友人、同僚、恋人、ライバル。毎日のように顔を合わせ、時に喧嘩し、時に愛し合う関係だからこそ、互いを信頼できる。代わり映えしない彼らが、私たち一人ひとりを支えてくれているのだ。その誰もが今ここにいなかったら、世界はどう見えるだろうか。

聞き慣れた言葉。

「また同じことを言っている」。何度も耳にしている響きは、そんな反発心を生むこともある。それとは逆に、何度も耳にし

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まるで通過列車のように

まるで通過列車のように

それは去年の今頃だったろうか。通勤途中の乗換駅で、壁沿いに設けられた手すりを頼りにしながら、足を引きずって歩いている女性を見かけた。片手には松葉杖を持っている。ラッシュアワーを行き交う人々は、その様子を見て見ぬふりをするように、早足で女性の脇をすり抜けてゆく。

かくいう私も、遅延電車のおかげで時間に余裕があるわけではなかった。しかし、このまま無視することはできまい、と思い直して、女性に声を掛ける

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小鳥の歌は永遠に

小鳥の歌は永遠に

こんなエッセイを投稿すると、読者の皆さんの中には「また現実離れしている」「非科学的だ」などと思う方もいらっしゃるかもしれないが――。

私が仙台で2011年の地震を迎えたことは、この場でも既に何度か書いている。今夜は、その直前のはなしである。

当時、私は一羽のセキセイインコを飼っていた。小学1年生の時に、両親にせがんで買ってもらった雛が育った。我が家の一員になってから丸10年が経とうとしていた彼

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