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【16ビートで命を刻む君と、空虚めな僕のこと。】#2





もうずっと雨だ。

これが梅雨のせいなのか、はたまた隔週で雨が降る気候に変わってしまったのかわからないくらいに、よく雨が降っていた。

夏は、まだまだ来ないみたいだ。

自然を感じることができないだろうと思っていた大都会は、想像していたよりもずっと、緑が多かった。

人工的な都市デザインのせいなのか、この街では、季節の花をよく目にする。


今の季節ならば紫陽花。


なんでただそこに咲いてるだけで、そんなにも美しいんだよ。この季節の空の色と雨の色を、少しずつ分けてもらって色づいたようなその花は、まるでいつかの夏、僕の隣にいた、あの頃の君のように見えた。

夏本番が来る前に枯れてしまうことなんて知りもしないはずなのに、それでもうつろいやすい空模様さえもただ楽しんでいるような、そんなふうに咲いている紫陽花に向かって、枯れるなよ、負けるなよって、願わずにはいられなかった。

遠い遠い、君に重ねて。


>>僕 #2


「あーまた溜息ついて!幸せ逃げるよ」

そういって笑っていた彼女のことを思い出していた。

もう彼女じゃない、か。

『元カノ』という響きは、3年の月日を経てもまだ、しっくりこない。だけど、関係性はもう立派な元カノなわけで、そのことが、余計に僕と元カノの関係性がしっくりこなかっただけなのだという現実を露骨に表すから辛い。

今度は声に出して「あーあ」とつぶやいてみる。
とりあえず、行くあてもなく外に出た。夜風にあたる。夜風は無条件に、こんな僕のこともいつだって優しく包み込んでくれるから好きだ。

しばらくイヤフォンから流れてくる曲を聞いていると、それらが自然と鬱々とした気分も紛らせてくれる。20分もこうして散歩していると、ようやっと足取りも軽やかさを取り戻していく。

そういえばご飯と呼べるものを何も食べてなかった。コンビニでも行こう。そう思って角を曲がった。

前から歩いてくる人と目が合う。いや、合うとかのレベルではなくて、なんだろう。一日中ゴロゴロして、寝て起きたような恰好のまま外に出てきてしまったことは確かだが、そこまで凝視するか?ってくらい、やけに視線が交わった。

おもむろに逸らして、閉店後のショーウィンドウに映る自分をチラ見る。白いTシャツ1枚に、履き捨ててあった黒のズボン。それにクロックス。髪は少し寝癖が付いているけれど、特段ものすごく不潔な恰好をしているわけではない。このご時世で、しっかりとマスクもしている。

おかしくはないはずだ。

視線の先を元に戻すと、もうすぐすれ違うその人は、同じ年くらいの女の子だということがわかった。

横を通り過ぎる瞬間、もう一度だけ彼女を横目で見ると、また目があった。なんなんだ?振り返る。どこかで会ったことがあっただろうか?いや、ないはずだ。

「一度あったことは忘れないものよ。思い出せないだけで。」なんていうセリフが確か『千と千尋の神隠し』であったような気がする。
こういう謎の記憶の引き出しがふいに開くことってたまにあるよなと思いながら、コンビニに着くまでの間、結局3回も後ろを振り返ってしまった。

だけど、彼女がもう一度僕の方を振り向くことは決してなかったし、なんなら3回目にはもう角を曲がってしまった後だったようで、もうすでに姿も見えなくなっていた。

彼女について、なぜか、引っかかるものがあった。

別に、ものすごく美人だったとか、そういう理由ではない。特別に目が大きいわけでもなかったし、鼻だって高いわけではなくて、、、というかマスクしていたからこれはもう半分僕の中で勝手に作り上げた虚像の彼女にすぎなくて、もうなんだか本当にすれ違ったのかということすらそろそろ怪しくなってくるくらいに、彼女とのさっきの数秒間がボヤけ始めていた。

あー、わかった。まだ寝ぼけてんだろう。

カップラーメンじゃ忍びないので、申し訳程度に値引きシールが貼られたお好み焼きを手に取ってレジに運ぶ。食べるものなんて実際なんだってよくて、とりあえず生きるために食べる。なんてのも大袈裟で、実際は腹が膨れればなんだっていい。それに明日は日曜日だ。ちょっと晩酌でもしようかな。

たしか冷蔵庫に、ビールが残っていたはずだ。



>>私 #2

人間観察は、本当に面白い。

土曜の電車なんか、それはもう絶好の人間観察スポットだ。みんなスマホに夢中で、見ていても誰も視線を向けられていることに気付かない。あの子かわいいな、あの服似合ってるな。あの人はきれいだ、メイクが上手だな。東京メトロ銀座線、日比谷線が走る土地柄なのか、電車に乗っている人はみんないつでもお洒落だ。今日このあと何があるんだろう。どこに行った帰りなんだろう。そんなことを想像してしまうくらい、身なりに気を遣っている人が多くて、心なしか私も背筋がしゃんとしてしまう。

メトロが走る、銀座、六本木、表参道…この街の魅力について語れと言われたら「知らないことで溢れすぎていて語れないことが魅力です」と答えるだろう。

そして贔屓目に見ても、他の路線に乗っている人よりもきれいに手入れされている靴を履いている人が多いように思う。なんとなく、人間観察もとい、靴観察をしてしまう。

「次は霞ヶ関」「次は赤坂」
アナウンスがかかり、いろんな人が乗り降りする。
その度に、人と共に靴も動く。履き皺ができていて、新品の靴というわけでもなさそうだけれど、それでもちゃんと手入れが行き届いていることがわかる。誰が磨いているんだろう。

これまで私は、靴なんて履き潰すまで履いていた。体も服も毎日洗うのに、靴はそんな頻度では洗わない。靴だって履き潰されるくらい使ってもらえた方が本望かもなってそんなふうに、面倒くささに洗わない理由を覆いかぶせて蓋をする。

長く使えるように手入れしながら履くことで、歩き方も変わるんだろうか。「良い靴は素敵な場所に連れて行ってくれる」なんてもう使い古された言葉だし、そりゃあ誰しもが良い靴を良い状態で履いていたいけど、靴の手入れを習慣化できる人に私はまだ到底なれそうにない。家に帰ったら靴なんて、次の日履くまで玄関に放置だもんなぁ。

そんなことを考えながらメトロを乗り換えて、違う路線のいつもは降りない駅に降りた。

ここに住む人達と、メトロの中に吸い込まれてくる人とでは、また違った空気感があった。
ここの方が、実際私の靴も馴染んでいる気がする。

前から歩いてくる人をジッと見つめるいつもの癖を、またやってしまった。前を歩いているもうすぐすれ違うその人は、同じくらいの年の男の子だった。足下をみると、履いているのはクロックスだった。クロックスなんて、久しぶりに見た。

何しにどこへ行くんだろう?
右の耳の上の髪の毛が、少しだけはねてるよ。


5秒間、目が合った。



●3話


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