現代版・徒然草【73】(第105段・男と女)

暑い日が続き、うんざりしている人も多いが、こんなときは、冬の情景が描かれている文章を読むと、しばし涼感に浸れるのではないだろうか。

では、原文を読んでみよう。

①北の屋蔭に消え残りたる雪の、いたう凍りたるに、さし寄せたる車の轅(ながえ)も、霜いたくきらめきて、有明の月、さやかなれども、隈(くま)なくはあらぬに、人離れなる御堂の廊に、なみなみにはあらずと見ゆる男、女となげしに尻かけて、物語するさまこそ、何事かあらん、尽きすまじけれ。
②かぶし・かたちなどいとよしと見えて、えもいはぬ匂ひのさと薫りたるこそ、をかしけれ。
③けはひなど、はつれはつれ聞こえたるも、ゆかし。

以上である。

①の文では、雪がとけ残っているとはいえ、日陰ゆえにかなり凍っている朝の情景が描かれている。

建物の壁に寄せている牛車の轅(=牛の体と台車をつなげる木枠の部分)も霜がキラキラ輝いていて、夜明けの月もきれいではあるが、曇りがまったくないわけではない状況が描かれている。

そんな状況の中で、人が住んでいない家屋の廊下に、わりと身分の高そうな男と女が、敷居の下に横倒しにしている材木(=なげし)に腰かけて、何やら話している。話は尽きることがなさそうだ。

②の文では、頭髪や容姿もとても美しく見えて、彼らから漂ってくる何ともいえない香りが趣深いと言っている。

最後の③の文では、「はつれはつれ」(=途切れ途切れ)に聞こえてくる声も、また良いものだと言っている。

おそらく空気が澄んでいるから、声もよく聞こえるのだろう。ときおり吹く風の音で、途切れ途切れにはなるのだが。

こんなに情景を細やかに描く文章は、これまで取り上げてきた段には見られなかった。

兼好法師の感想は「をかし」「ゆかし」の2語だけで、99%は情景描写である。

読者の想像力をかき立てるものであるし、男と女がかなり爽やかなイメージで描かれていて、聞こえてくる話し声もうるさくはない、楽しそうな声なのだろう。

こんな場面に、今まで生きてきて身を置いたことがあれば懐かしく感じるし、たとえなかったとしても、今後こういう機会をつくってみたいという憧れも持つだろう。

スマホなど家に置いてきて、2人だけで話が尽きるまで語り合う。

こんなひとときが、案外、幸せな時間なのかもしれない。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?