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新譜レビュー/Ben Wendel『All One』

Edition Recordsさん、4月暮れにとんでもねえ名盤をぶち込んできました。

令和5年の大型連休、怒涛の7連投を締め括るのは伝家の宝刀・ジャズ批評でございます。大学ジャズ研OBが立ち上げたDJイベント宣伝用アカウントとか言っておきながら、最近なんか映画ばっかり観てますよね。お客様、今年度は「みる」「よむ」「きく」の三本柱でバランス良く回していこうの意識。それにしたってバランス崩れ過ぎですよね、ここらで修正してきましょう。

何をもってして「いまジャズ」「コンテンポラリー」と定義するのかは様々意見が分かれそうな部分です。現代的な響きなのかもしくは複層的なリズム構造なのか、あるいは編成か。例えば映画『BLUE GIANT』がベースレス形式を採用していたのはひょっとすると山下洋輔トリオに源を発するものだったかも、なるガチ勢のメタ考察があちこちで散見された。主宰も概ね同意。

翻って、今回のBen Wendel最新作はどんな趣でしょうか。母はオペラ歌手、叔母はピアニスト、祖母はフルート奏者。10歳でアルトサックスを手に取り同級生だったTerrace Martinと共にジャズへ没頭する日々。サンタモニカ高校の音楽科への進学を契機に、クラシック音楽にも傾倒を強めていく。NY州のイーストマン音楽大学卒業後、再び拠点を西海岸へ移しジャムバンド結成。

クラシック音楽とジャズを二項対立として設定し、音楽を語れるような時代はとうに終わった。むしろいかに二者が溶け合っていけるかという点にこそ主眼が置かれるべきで、逆に違いを浮き彫りにすることで「アンバランス」を生み出せるかもしれない。「いまっぽさ」「コンテンポラリーらしさ」は、例えばこうした偶発的なファクターの中でこそ醸成されるものでは。

今作へ繋がる流れが見え始めたのは、『What We Bring』(2016)あたりからでしょうか。オスティナートが心地良い「Song Song」は、リズム的視点に立てば先日亡くなったAhmad Jamal「Poinciana」を連想させます。一方で、和声に着目するとショパン「子守唄」のようにも響く不思議な質感がある。オスティナートをリズムと和音両方の観点から捉えているのがわかります。

『High Heart』(2020)では一点、Michael Layoの歌唱が非常に重要な役割を担っている。室内合唱的な響きの中に見え隠れする「シャーマニズム文化」の文脈、舞踏や神の声といった領域にまで彼の音楽は進み始めていました。また同時期「Standards With Friends」と題した動画がYouTubeに次々と投稿されていたことも『All One』の為のアイデアスケッチとして機能したかも。

今作の特筆事項といえば勿論、「多重録音のアルバム」だというところ。

そうそう、確か高校のオーケストラではバスーンも吹いてたんでしたっけ。アルバムの1音目から、いきなり出てきます。「I Loves You Porgy」世間じゃすっかりSamara Joy一色なところがありますがCécile McLorin Salvant、大変恐れ入りました。アンタやっぱとんでもねえヴォーカリストだわ。Rubato調に打ち出しておいて、リズムチェンジで場面転換を促す圧巻のBパート。

M-2「Wanderers」とM-4「Speak Joy」の聞き比べも面白いです。サックスアンサンブルの中でトランペットがどう映えるのか、そこにどうフルートが風穴を開けていくのか。両者のアプローチの違いが手に取るようにわかる。一言に「空間系ジャズ」といってもBill Frisell(M-3)とTigran Hamasyan(M-6)
でここまで違う。Jose James史上最強クラスの艶感が味わえるM-5も◎。

なんというかこう、アカペラグループのMVってこういう質感ありますよね。Jacob Collierの初期の動画も、確かこんな風だったような。つまりこの映像からもビシビシ伝わってくるメッセージがあって、それは器楽合奏的というよりはむしろ「聖歌隊」や「クワイヤ」的な音作りが目指されていること。『All One』の"One"は「ワン・マン・アカペラ」の「ワン」という含意か。

3月末から"All One Spring Tour"と題しヨーロッパ→アメリカ大陸を横断するツアーを敢行中。まさか、一人で!?ルーパー内蔵のマルチエフェクターとか使って!?などと思い巡らせていたところ、どうやらカルテット編成での演奏らしいとの事実が判明。若干の気落ちと共に押し寄せる安心感、そりゃそうだ。こんなヤバいアルバムを完全再現とかされようものなら、卒倒レベル。

奥田民生もとい「Ben Wendelひとりカンタビレ」観てみたい気もしますね。

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