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ACT.49『どうすんの?』

事故!!事故!!!

 まず、この49話目を読むという方より。話は少し遡って48話目から読むのを推奨致します。
 と、48話目の話最後で特急すずらんを少年家族と見送った微笑ましい光景があったと思う。実は、本来であればあの特急すずらんに乗車して南千歳まで乗車している計画だったのである。
 と、白老の改札に到着してこの状況。行程を箇条書きし、予定に記したホチキス留めのメモ用紙を見て愕然とした。
「あ…行ってしまった…あの特急やったんか…少年たちとカムイカムイって言ってたアレ…」
いやまさか。とんでもない事故である。
 と、ここで貨物列車通過。改札内で撮影したかったが駅員氏に
「まだ改札の時間ではないので」
と断りを入れられたので、外から見送る事にした。祖父母の静かな帰省で見送る、DF200の姿がここにもあった。室蘭本線、バリエーションが豊かで非常に面白い。
 いやしかし。この先をどうしようか。

急げ…?

 そのまま、続行の特急列車に乗車する。乗車したのは特急北斗15号。そのまま引き続きの距離を乗車し、南千歳まで向かう事にした。
 ここから先は本来、電車区間として乗り比べ?になっていたかもしれないのだが手違いミスで再び気動車に。何も考えていなかった…というか、白老の反対側からこうして向かうにはまさかコレだけ時間がかかるとは思ってもいなかった。
 再び、あの白く黄色いアクセントの締まった高い運転台の車両が甲高いブレーキの音を混じらせてやってきた。さぁ、渋々とアイヌの街白老を出て行こうか…。まさかこうして猛省の思いを駆られて出て行くとは。

「プヒュ〜ッ…ドルドルドルドルドル…」
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…」
キハ261系、特急北斗15号が白老を発車した。横に見て発車するのは、道産子蒸気のD51-333と過激描写ばかりの青年マンガの主題歌を歌いながら遊んでいる子どもたちの姿だ。くれぐれも元気に。そして強かに。そして優良な少年少女の道を歩んでほしい。くれぐれも私はゲッター光線を浴びてくれなどとは微塵も思わないのだが。
 そして、そのまま列車は進み出す。
 自分は今回のゲストハウスの事について頭を捻っている状態であった。送迎を頼んでいる状態なだけに、こうして遅れてしまった状態をどう伝達すれば良かったのだろうか。ただそれが気掛かりだった。
 そして移動中の描写を利用してこのタイミングで謝罪?告知?を。
 この北海道編。宿泊というか費やした日数が相当に長かっただけに大長編になる事がもう安易に予想されます。その辺は。どうにか勘弁していただけないでしょうか。長い長い目でお付き合いください。もう既に小樽から数え、ここで50話目に突入間近なんですよね…

予想外に出くわす

 列車は苫小牧に到着した。
 この駅から列車に乗車する客層が変化…というか、多くの通勤通学の乗客が車内に押し寄せる。自分の横にも学生が乗車し、自分の場所を学生に
「先降りるので、奥へどうぞ」
と譲る事にした。
 と、その前にだ。駅入線前にこのような写真が撮影できたので掲載。
 キハ141系車両である。車両の正式な形式としてはキハ143系が正式な形式だったのだが、現在でも苫小牧の側線に留置されていたのである。
「お、コレはラッキーな状態!!」
と思いそのまま撮影。
 しかし、柱に隠れてしまうとこの状態ではキハ141系というよりかは改造前の51系客車然とした体に見えてしまうのが妙というか何というか。運転台付近が隠れているからこそ…なのだろうか。
 既に撮影した時期ではキハ141系の廃車は進行し、東日本に譲渡されて活躍したSL銀河用の客車の方も廃車。そして時期が到来し、北海道でも廃車は進行し撮影ができないものか…と嘆いたがこうして撮影の時間が持てた。

 撮影したキハ141形の別写真。
 駅に降車した…というわけではないが、こうした写真も撮影する事が出来た。
 まさかこうしてキハ141系に出逢えるとは思わず、この最初の瞬間は無茶苦茶な感動を覚えクリーンナップから三振を奪った気分でこの写真と向き合っていたのだが、後にこの写真…いや、キハ141形と苫小牧に関してはこの後の行程で大きく左右される事になる。
「いやぁ、居たのかぁ…撮っておくかぁ」
脳内のメモに瞬足で書き記し、キハ141形の居場所を速攻で記憶した。
 先ほどの写真は、キハ141形とはいえキハ141形の改造前車両である51系客車を思わせる姿の写真だったが、こうして再び写真を運転台付きで撮影すると車両が『気動車』として生涯を歩んでいた事がよく分かる。
 夕陽を浴び、この苫小牧の留置線で最期の時間を待っているようだ。身を寄せ合い、廃車として工場の側線に向かう日を待っているのだろう。

空の麓

 列車は苫小牧を出発した。ここから先は車窓が段々と賑わい、空港の装いに近くなってくる。
 車内放送が鳴った。ダンディな大橋俊夫さんの声に導かれ、大勢の乗客の中をデッキに向かって南千歳の駅で降車する事になった。少しずつではあるが、この大橋俊夫声×北海道7打点チャイムの組合せにも早くも体が慣れてきているようで、北の大地に早くも順応している事を感じさせる。
 そして、南千歳に到着した。列車としては室蘭本線からの重複区間で特急が二重に走っていた区間だったからこそ遅れをどうにか返せたが、それでも何か申し訳ない気持ちが勝ってしまった。

 北斗15号、南千歳到着。
 この駅に到着し、まず列車の精悍な目付きを撮影した。この瞬間から、キハ261系の新塗装。白と黄色貫通扉の組合せに完全に魅了されている自分がおり、すっかり降車後には構図が被っているとはいえこの写真を何枚も撮影してしまうのが定番になってしまった。
 車両や北海道の特急の伝統としては青一色の姿というものの美しさがやはりあるのだろうと思ってしまうのだが、塗装や車両の美というものを引き出す色にはこの『黄色アクセントの白塗装』が個人的にこの写真撮影以降格好良いと感じるようになっていた。
 青一色の先入観に囚われている幼少期〜中学生の自分からすれば驚くかもしれない進展だろうが。

 そして、駅員の手早い合図で北斗15号はラストスパートを駆け抜けていく。この先はいよいよ札幌だ。甲高いディーゼルの音が、空港の為に開発された街中に消えていった。
 しかしすっかり、この塗装に魅了されている自分がいた。なんだろうか。自分はやはり、『幼少期から築いた印象』というよりかは『初見に出逢った印象』の方が大事にしてしまいたくなるのかもしれない。
 そして何か、自分は人を怒らせてしまうかもしれない気持ちで送れる旨を電話で連絡。すると遅れてしまう件を把握してくださり、そして
「南千歳からとかち7号に乗ってください」
と代わりの列車を教えてくださった。本当に優しい方であった。
 そして、
「あ、後そのまま温泉行くので着替えとか用意してくださいますか?」
とも。ん?温泉??

 南千歳で、次に乗車する予定となる『とかち7号』を待つ為にそのまま着替えや駅での暇つぶしの時間となった。
 この駅では、新千歳空港が近いので飛行機の撮影が容易に出来る。
 撮影した写真としては本当に拙いモノ…ではあるが、南千歳の駅のホームではこうして離着陸する飛行機の姿を見守り、交通の要衝に自分が立っている事を不意に感じさせてくれるのだ。
 撮影した時間帯は夕暮れの時間帯だったので、西に沈んでいく夕陽と飛行機の組合せ、という中々に良い組み合わせが撮影できた。

 もう少し引いてみると、その先に空港の張り巡らされた環境が見える。
 この先、駅の分岐に『新千歳空港』とあるように、列車でもすぐに分岐すれば到着してしまう距離にある。しかしながら、3方向にも分岐している駅というのは特徴というかクセがあるというか、なんだろう。非常に濃すぎないだろうか。
 空の玄関が動く姿を見ていると、何か暇な時間もすぐに溶けていく感触を感じるのであった。
 そして、南千歳には『アウトレット』がかつてあったようだが、このアウトレットも現在は半休業状態になっているのだと教えていただいた。故にこの駅は空港に向かい、そして鉄道としては道東に向かう為の玄関口として。そして、空港に向かう為の乗り換え駅としての機能というイメージだ。
 この駅では、札幌に向かっていく列車。そして、新千歳方面に向かっていく快速列車。そして、石勝線の特急…など、様々な列車の撮影が可能なようだ。駅の視察も兼ねて。(自爆した自分の煽りを受けている感じが濃いが)この駅で少し撮影しよう。とかち7号の待ち停車時間を利用して、少し北の列車の記録に励んだ。

交通要衝、南千歳

 さて。自爆してまったのでこの南千歳にて撮影の時間が出来てしまった。宿の方の方には様々な交渉や送迎時間などで色々と自分が迷惑を…と複雑な気分になっていたが、そういった事情は列車の記録で暇を持て余すしかなかった。
 と、早速北斗を下車して撮影した733系電車。快速エアポートに入っている。
 この電車も、小樽や手稲の方面で撮影して以来なので『再会』といった表現のほうが正しいのだろうか。しかし自分の中ではこう、甲種輸送などの撮影などもしておらずこの遠征での遭遇が733系の初遭遇なのでやはり改めて見たところこの733系電車の幅広な感じに見える車体というのは、違和感を感じてしまう。全然分からないかもしれないが。

 この南千歳での撮影の印象で感じた事…を1つ挙げるとするのであれば、何か『被る』回数が多かったイメージが多い。
 この写真は被っていた中に『流して』前頭部付近を撮影した写真である。
 個人的には流れた事によって北海道の電車独特の鋭角的な前面形状、そしてその中に当たる西陽の光線が良い具合に当たっていると感じており、写真の仕上がりとしては個人的に成功した感触を思う。
 被っている…それだけ、北海道の中でも『快速エアポート』という列車の地位は高く、そして重要性の高さも大きいと知った。北海道の中でも空の玄関として、新千歳空港が流れを作っている事をこの列車たちの走行頻度が教えてくれているように感じる。
 …フェリーで上陸する人間も中々いないような気がするが。

 前回の記事。千歳線で少しだけ過ごした記事を書いた際にも乗車したのだが、721系の『快速エアポート』も走行している。
 721系と聞いてしまえば個人的には先頭にuシートを配置している、だったり711系と共に活躍する為の電化牽引の存在として…だったり、電車の黎明期を率いるべくして札幌・旭川の近郊を走行しているイメージが大きかった。
 しかし、現在でも中間部分にuシートを挿入しての運用を733系と継続して運転中で、まだまだ現役で活躍する北海道の大御所通勤電車としての活躍を感じさせてくれる頼もしい電車だ。
「おぉ、腰の前照灯がLEDなのか」
こうした部分にも気づいたのだが、まだまだ北海道黎明期の電車の活躍は続きそうである。

 この南千歳では、札幌近郊に向かうべくして『小樽行き』の『快速エアポート』が出ている。現状、最もエアポートでは遠い行き先になるのではないだろうか?
 かつては785系電車による特急カムイとの合併運用で旭川に向かうエアポートもあったが、そのエアポートに関しては北海道新幹線の開業ダイヤにて廃止されている。
 小樽回りで北海道に上陸した自分にとっては、この『小樽行き』の列車表示を見ると自分のここまでの体験や経験、そして積み重ねた時間の数々を思う特別な表示になってくる。
 一体ここまで到達するのにどれだけの時間を費やしたのだろう。
 まぁ思ってみれば気が遠くなってくるのであった。
 そして読者の皆様には本当にお待たせして申し訳ありません。

 南千歳駅の感動、としてこうしたものがあった。駅弁売りの店だった。今ではこうして改札内に小屋で駅弁を販売している…特にホームでは少ないだろう。
 こうした感動というか、国鉄時代に近い姿があったのが南千歳駅の感動であった。この先の駅毎でも、国鉄のような感動というのは多く登場するのだがこの南千歳のホーム駅弁もその1つである。
 店は既に閉まっていたが、旅の中で最も活気がある午前過ぎから昼を経て夕方まで営業…という情報量をめいいっぱい詰め込んだその姿は、旅の郷愁や遠い場所への誘いを感じるものであった。

 こちらも編成撮影を敢行。733系の快速『エアポート』だ。小樽方面では撮影の都合もあったが、ほとんどの撮影時間はホームからこうして編成を見ての撮影が出来ておらず、編成をスカッと抜いて撮影した写真の貴重な成果となった。
 怪我のナントヤラ…になりそうな感情だが、uシートを挟んだ長大編成の北海道らしい電車の記録が出来て良かったと今になって思うばかりだ。
 そして、この733系を撮影してから空港方面に沈んだ西陽が更に地平線へと沈んで日の色味が少なくなってきた。カメラの設定を少し変更する。

 とかち7号の待機時間中の撮影で感じた事は、とにかく多い新千歳空港方面への列車の多さ。コレは何回でも記してしまうのだが。
 と、シャッターを適当にノイズまみれにした状態で切ったところ733系の離合の瞬間を抑えてしまった。京都は東舞鶴から上陸して真っ先に乗車して自分を北海道の大地に迎えてくれた733系電車。気づけばすっかりこの電車を見た事による安心感のようなものも自分では無自覚に感じており、この姿の電車の顔を淡々と記録していた。
 しかし、南千歳のこの架線柱が作り出している情景が美しい。733系の尖った顔と相まって非常に都会的な情景に仕上がっている。

 入線してきた733系を撮影する。
 短編成の733系にも味があって良い…北海道の都市圏を強かに支えている感じを覚えて強さを覚えるのだが、やはりuシートを挿入した長大編成の733系の魅力には勝てないだろう。
 空港に向かう乗客を抱えたラストスパートの道。そして、ここから坂を下って空の旅路へ向かう乗客を下ろし、再び札幌に戻っていく。
 そして、この733系を以下として快速『エアポート』の特徴として車掌が中間車に乗車している特徴がある。何かこう、気動車のような風情を感じるなと思ったが、コレに関しては指定席uシートの都合があっての事だろう。
 こうした特殊な情景を、夕暮れの南千歳で記録した。

 更には。
 快速『エアポート』には2種類の車両が採用され、721系電車に関しては北海道通勤・近郊電車の大御所として…ではあるが現在も現役を貫いている状態である。
 快速『エアポート』としては733系の精悍な顔つきの姿もまた魅力なのだが、こうして721系と新旧の並びを体験するのもまた一興な姿なのである。
 この並びに関しては自分はたった1回しか撮影できなかったが、北海道の空港輸送を担う両形式の土台がこうしてしっかり形成され根付いている事を感じさせてくれる瞬間であった。

南千歳後半

 すっかり南千歳での撮影にも慣れた状態になっていた。既に売店は閉店状態になっており、駅周辺にも何もなかったのでこうして列車観察と撮影をしているのが唯一の暇つぶしとなるのである。
 と、空港方面にひたすら出入りしている733系を尻目にして731系が入線してきた。この電車もまた、小樽方面以来での再会となる。千歳線の方からやってきたのだろう。
 この鋭角的…というのだろうか。精悍なスタイルにも完全に魅了された。
 しかし、何度も記しているように自分はこの顔といえばやはり細身なスタイル。そして細身な顔が似合う…として、やはり731系の方が好きだ。そして、前面の赤いラインもまた格好が良い。

 列車は731系同士を併結した編成となっていた。列車によってはこの731系同士の併結パターン法則を崩していくような併結パターンがいくつかあり、この旅では731系+721系。そして731系+733系という幅広+幅狭の組合せを撮影する事も可能なのである。
 731系同士の組合せ列車は、南千歳の空の賑わいと西陽のグラデーションを背にして、札幌方面に高架橋を走り去っていった。

 南千歳で撮影した列車の中には、こうした列車もある。
 貨物列車、DF200形だ。
 北海道の機関車としての存在が既に定着している同機であるが、現在では愛知県・三重県方面の関西本線でDD51形を置き換える為の転属に何両かが既に送られ、現在はすっかり東海にも根付いた。
 自分としての私情になってしまうが、既に東海方面での撮影を何度か繰り返したこのDF200同機。今回の北海道での出会いはさながら『再会』であった。本来ならこちらの方が出会いとしてあるべき…というか『あったべき』だったのだろうが。
 そんな出会いの順番を間違えた同機・DF200形だったが南千歳では石勝線・千歳線などの貨物列車でこの駅を掠めていく。
 電車の中に迫力のあるディーゼル機関車の力を見せつけ、通勤通学の乗客でごった返す駅を突っ走る姿は豪快で、見ものがある。

 DF200形による貨物列車は、多くのコンテナを従えて南千歳を去って行った。祖父母関係で三重県や愛知県でその姿を目にした時には、コンテナではなくタンク貨車だったのでこの姿は何か新鮮だ。
 軽油を燃料にしている黒煙が眩しく映る。かつて図鑑で北海道の貨物列車を見た折にはDD51の凸形車体が長いコンテナ列車を重連で牽引し、時には前後に引っ付き、と互いの機械の真髄を発揮するような走りが美しかった…
 が、流石に図鑑や雑誌を読み耽った時代からは長く経過したものだ。現在の北海道の貨物列車は、ハイテクに逞しく成長している。
 しかし、この先の旅でも何回か登場するがDF200形には『まとも』な遭遇が出来なかった事がただただ悔やまれる。この広い大地は、列車に乗車して様々な場所に右往左往するだけで苦労する場所だったのだから。撮影はまた慣れてから…だろうか。

 721系が入線。uシートを挿入した長編成だが、この列車は普通列車であり新千歳空港には入線しない。
 そのまま千歳線の列車として駅を去って行った。こうした乗り得と編成の壮大さを兼ね備えた編成の列車を探すのがまた札幌方面の大きな魅力で、楽しみとしては大きなものであった。

 並び写真にて撮影した721系の快速『エアポート』が新千歳空港から戻ってきた。戻ってくる時間、そしてそこからまた列車同士での掛け合いというのは見ていて面白い。
 しかしながら、自分の機材の半端さというのがまた至らないのか、車両前照灯のハイビームが処理できなくなってきた。もうそんな時間か。
 しかし駅の昭和風情な時間。列車同士が空港を近くして、ハイタッチのように頻繁にすれ違う姿。こうした姿は、大阪の関西空港・大阪空港での空港輸送撮影や空港アクセスに慣れている自分にとっては新鮮な情景に見えたのだった。
 そして、時間が迫ってきた。目的の列車、『とかち7号』がやってきたのである。

いざ、北海道の聖なる鉄道の地へ

 この大地へ行くのに、ここまで何か萎縮した気持ちになった事…というのはあっただろうか。
 そして、本来であれば先行の『すずらん』で夕方には到着し先の追分には向かっている頃だろうに、ようやく列車がやってきた。時刻は既に19時を指して近かった。
 Tのマークを誇らしく掲げ、キハ261系が夜の帳を切り裂いて南千歳の駅に入線してきた。
 しかし、Tの斜体文字がこんなに格好良いとは。よく京阪神の旅に来た人たちが『新快速の種別幕が格好良い』と感想を残すように。気づけば自分も、『とかち』の『T』の文字に魅了されていた。

 キハ261系が扉を開け、乗降を開始する。
 この駅では、空港に向かう乗客の乗換となったり。そしてまた、逆に南千歳を乗換駅としてこの駅から十勝リゾートへの旅に向かう事になる乗客もいる。特急列車として重要な使命を背負っているのだ。
 そして、この写真を撮影して速攻で列に並んだ。スグにドアが閉まり、列車は発車。この日最後になる道、石勝線の旅路の始まりだ。
 石勝線は、道東鉄道において最大の転換を迎えそして大きな革命をもたらした鉄道路線である。しかし、そういった感情に移入したり浸ったりする時間などなかった。
 だが、この乗車しているキハ261形がとんでもない走りを見せつけているのは分かる。高架区間の、ガチガチに固まった場所を全力で走行している迫力。自分がこの時に感じたのは、四国の内子線を振り子気動車で走行している感覚であった。
 そして、乗車して少し長い区間を開けて追分に到着。ようやく小樽方面から札幌近郊まで一周する旅路が終結した。

「(予約名)さんですか?」
遂に、鉄道の聖地での一夜が始まった。
降りた瞬間にこの大地から溢れ出る国鉄の力を感じ取り、自分の気分は高鳴っているばかりなのであった。
「あ、はい…」
いずれにせよ、こうして内気な人間である。
「車がありますので、行きましょうか。」
電話で京都からやり取りをしていた宿の支配人さんとの会話が拙く始まり、温泉に向かう事になった。
 しかし本当に申し訳ない…
 だが、ここからが自分の本当に楽しい時間だったのだ。

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夏の思い出

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