カワノコウヘイ

熊本出身、佐賀在住。大学では工学部機械系で、四脚歩行ロボットや強化学習などを中心にロボ…

カワノコウヘイ

熊本出身、佐賀在住。大学では工学部機械系で、四脚歩行ロボットや強化学習などを中心にロボティクスを学んでいます。また、Make-Sense(クリエイティブ集団)ではイベントやプロジェクトのプロデューサーもやります、たまに。

最近の記事

I have dreams

僕には多くの夢があります。 とても大切なものであり、生き様であり、呪いでもあります。夢によって僕は生かされています。 夢といっても、自分の楽しみのためにやりたいこともあるし、いつのまにか使命のようになっていることもあるし、まだまだ曖昧なものもあるし、いろいろです。 今日は僕の夢をここに記しておこうと思います。 勿論みんなに知ってほしいというのもありますが、自分の内だけにしまっておくのではなく、公にすることで自分に鞭を打つという意味もあります。 時間があるときにでも読んでみ

    • 会社に依存しない強かな生き方をする

      就活も半年以上前に終わりましたが、そのことについて。noteを書こう書こうと思って書いていませんでした。 知り合いのエンジニアに,「会社は大事だけど会社に依存せず強かに生きていこうね」と言われたことについてです。 自分の就活とはいっても正直、僕就活はあまり苦労はしていません、、、。なんか普通にやってたら受かったって感じなのであまり参考にならないです。第一志望に受かったわけではありませんが、思っていたところには受かりました。 僕の就活の流れは、11月ごろからインターンとかに参

      • 一期一会ってのが嫌いなので逆らって生きていく

        たまに思うのです。 「一期一会」という言葉を作った人は、別れた後になって後悔しその一会をもう一度取り返したいと思ってるのではないだろうか、と。儚いという感情でこれは美しい出会いだったと言い聞かせ、後悔を隠しているだけではないだろうか、と。 この一期一会という言葉を作ったのは、千利休とされています。(千利休は書物に一期一会という言葉を残しておらず、弟子の山上宗二が利休の言葉として「路地ヘ入ルヨリ出ヅルマデ、一期ニ一度ノ会ノヤウニ、亭主ヲ敬イ畏ベシ」と残しています。そして、それ

        • いつまでも後輩でいたいなぁと思っているけど、現実はそういかないよね

          なんか最近思ったことをつらつら書いていこうと思います。 大学生活も終わりに差し掛かり、いろんなことを懐かしく思い出します。あの頃はまだ青かったなぁと、最近出会った人たちを見ながら思いを馳せることがあります。 時折、人脈を広いとか社会人と繋がりがあるとか意識高い人たちがよく言ってるのを見ると、そういえばそういう人たちもいたなぁと、風呂で思いに耽けています。僕はあまりそれを望まなかったので当時は馬鹿らしく思っていましたが、今ではそういう時期も大事だったのかなぁと思うのです。 そ

          エントランスと僕 2

          眠れないので少しだけ、今日の頭の中のことを書く。 自分にもエントランスの血が混ざっていて、その血が騒いでいるのをたまに感じることがある。それは僕にとっても嬉しいことで、けれど時に虚しく悲しくなることもある。たまにその血のお陰で間違った判断をしてしまうことがあるからだ。 間違ったとは僕にとっての後悔であって、でもエントランスの血としては正しい判断なのかもしれない。それが悲しくて泣きそうになる。 僕はどうしても、エントランスの目標や夢のためなら恋人も友人も思い出も場所も捨て去

          エントランスと僕 2

          エントランスと僕

          春になった。別れの季節と愁い耽ることも多い。今夜はこの酔人が思い出話でもしようと思う。かつてのEn-trans(以降エントランス)という名の、無名の一群の話だ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ エントランスをコミュニティと呼ぶ人は多い。けれど、僕はエントランスはコミュニティではなく、未だにムーブメントだったと思っている。どこかで呼びかけて集まったデモ行進のような、皆が同じ方向を見て歩いていた、そんな「状態」に過ぎなかった。隣にいる人が誰かは知らないし、友人ですら

          エントランスと僕

          アフターコロナの世界

          ここ数週間は毎日何らかの予定が入りあたふたしている。就活、学会、インターンと楽しくはあるが日に日に身体に疲れがたまって言っているのがわかる。 最近、といっても1ヶ月以上この話題ばかりだが、新型肺炎が流行りだし世界は混沌と化している。指数関数的に感染者は増え未だに収まりを見せない。 新型肺炎に関しては全くの無知なので多く語ることはできないが、ニュースや記事でたまに流れてくるのを見て少し考えた。アフターコロナには世界はどんなふうに変わっているだろう。 WHOがやっとパンデミッ

          アフターコロナの世界

          巨人の肩の上に立つ

          Google scalarで論文を検索しようとすると、「巨人の肩の上に立つ」という言葉が目に入る。 アイザック・ニュートンがロバート・フックに宛てた手紙でこの表現を用いたことも有名だ。 巨人の肩の上に立つというこの言葉は、巨人の肩の上にのる矮人という西洋のメタファーであり、先人の積み重ねた発見に基づいて何かを発見することを指す。 最初に用いたのは、フランスの哲学者、シャルトルのベルナルドゥス(ベルナール)とされている。ソールズベリのジョンが著書『メタロギコン』でこう述べた

          巨人の肩の上に立つ

          今年の振り返り

          あと数日で今年も終わる。多忙だった今年の振り返りしておく。 今年は厄年から始まった。宗教とかそういうのは信じない性質だが、自分に暗示を掛けないためこういう時は神社には行かない。 受験の時も自分の力で戦いたく、神社に行かなかった。捻くれ者なのかもしれない。 とは言うものの、今年1年は本当に楽しかった。充実していた。厄年かと疑うほど楽しい毎日を過ごすことができた。強いて言うなら彼女と別れたことくらいかもしれない。 今年は卒研から始まった。学士卒研は四脚歩行ロボットの歩行シミュ

          今年の振り返り

          近況とこれから先へ

          ここ一か月ほどあまり時間がなくTwitterもほとんど見れてない。 講義とレポートに追われていた4〜9月とは打って変わりそれ以外のことで忙しくしている。講義のために構内を右往左往していたことや、レポートを80個ほど書いたことが懐かしく感じる。 大きく変わったことは、後輩の卒論が本格的になってきたのでその手伝いと、サニ建の方の仕事だったりする。最近は責任も重くなり、適当にやるとはなかなか行かなくなってきた。コーヒー屋さんもだいぶ本格的になり、先日は僕とあいさきさんでビジコンに

          近況とこれから先へ

          はま寿司の回らない寿司を眺めながらメディアについて考えた

          はま寿司にて、画面の寿司を選びながら俺の好きそうなものが勝手に出てこないかななどと考えた。 ここ数年の回転寿司は回転しない。選んだ寿司がレールに乗って運ばれてくる。今思えば回っていてもタッチパネルから選んだ寿司を新しく作って持ってきてもらっていた。そんな中現れた回らない回転寿司は、廃棄を抑え、無駄な労働を抑えた最適解だった。 回る回転寿司はもはやディスプレイと化していた。当時の回転寿司というのは、目の前を去っていく寿司を見て新しく作ってもらった寿司を買うというウィンドウシ

          はま寿司の回らない寿司を眺めながらメディアについて考えた

          研究室に貯金箱を設置したら毎週ドクペが買えるようになった話

          弊ラボのドクペ事情と僕が大学1~3年生の頃の話です。 エントランスやメイクセンスの人からは、カワノは地域活性やデザインに興味があると思われているかもしれませんが、どっちかというと興味はフィンテックやロボットの方にあって、特に大学1〜3年生の頃はどうやったらお金がもっと滑らかに回るんだろうって考えてました。(なら経済学部に行け) 今回はそのフィンテックの話です。 ドクペファンディング始まる!?「研究室でもドクペが飲みたい!」 先日、隣の席の先輩がポケカ中に叫びだして、次の

          研究室に貯金箱を設置したら毎週ドクペが買えるようになった話

          PCは既に時代遅れなのかもしれない

          現在、世にあるPC(personal computer)は既に時代遅れの形状をしている。最近そう考える。 前に、これからの時代はナチュラルインターフェースを使いPCを操作するという記事を読んだことがある。その時は、まだ10年後の話だろう、と思っていたが実はもうすぐそこまで迫ってきていると実感する。 僕よりも5歳下の人たちのPCの使い方を見ていれば、そう思わざるを得ない。 僕のこのツイートの通りだが、スマートフォンネイティブ達と僕らにはPCの使い方に決定的な違いがある。彼

          PCは既に時代遅れなのかもしれない

          枠の外からエンジニアリングを見る

          はじめにここ数か月、他の分野からエンジニアリングを見ることが多くなった気がします。 僕は、大学は工学部機械の制御・ロボットの専攻ですが、院には「先進健康科学研究科」という少し変わったところに所属しています。他人から見れば、この名前からは僕がロボットやってるなんて全く連想することはできないかもしれません。 もっと詳しい話をするなら、この先進健康科学研究科というのは、工学部の一部と農学部の一部と看護学部の一部と医学部の一部が合体してできた融合分野の研究科です。新設の研究科なの

          枠の外からエンジニアリングを見る

          エモクラシーという言葉を聞いた

          はじめにデモクラシーではなく、エモクラシーという言葉を聞いた。僕の中で、もやもやとしたイメージが概念圧縮され言語化された瞬間である。 発端は、この人。 これを読むといいかも↓ デモクラシーからエモクラシーへデモクラシーとは民主主義のことである。 日本にはそれまでなかった考え方が行き渡り、江戸明治を超えて、大正デモクラシーと世間が騒いだ。 そして、100年間今の時代まで民主主義の時代が続くことになる。 多数が正しい時代である。 そして時は経ち、平成も終わり、令和という時

          エモクラシーという言葉を聞いた

          多種多様な人がいますだけではコミュニティの魅力は伝わらない

          ※今回は、多種多様な人がいることを魅力としてあげているコミュニティに対しての話です。全コミュニティに当てはまることではないと思います。また、画一的で尖ったコミュニティもありますが、そういうコミュニティの話でもないです。 いろんな人がいるよ!面白いことやってる人いるよ!〇〇を一緒にやってくれる仲間がいるよ! コミュニティの宣伝において、こういう謳い文句をよく見るのですが、これでコミュニティの魅力が本当に伝わるのかなぁとよく思うのです。 そういった人がいることは確かにコミュ

          多種多様な人がいますだけではコミュニティの魅力は伝わらない