強くみえるものほど弱い
「20代で得た知見」という本は、
著者の「言葉にならないような気づき」をショートエッセイのような形で集めた一冊。
著者の独特の切り口での考察が光っている。
そして、ものすごく共感出来る部分と、
本当にそうかな?と思う部分があるところが興味深くて、面白い。
冒頭で引用した"気づき"は、
はじめて読んだ時は「本当にそうかな?」寄りに感じていた。
細かいニュアンスの話だが、
「外見と内面は”完全に”矛盾する」ではなく、
「外見と内面は矛盾する”ことも多い”」なら納得できたかもしれない。
そんなことは、すっかり忘れていたのだが、
今朝の夫との会話で、思い出した。
〜
朝は、果物を食べることが多い。
冷蔵庫には「3日前に買ったパイナップル(丸ごと)」と「昨日買った苺」がある。
「先入れ先出し」に基づけば、今日食べるのはパイナップルである。
パイナップルを切るのは、重労働なので夫の役目。そこで、なかなか起きない夫に
「大変!今日ゴミの日だ!パイナップル切って〜」とお願いした。
すると、
「苺を先に食べた方がいいんじゃない?パイナップルは強そうだし」
とのこと。とっさに
「強そうに見えるものほど、弱いんだよ」と返した(起きてほしい)。
…自分で言っておきながら、なんか深いぞ…?と思って。
イメージだと、
・他人に迷惑をかけないように「大丈夫大丈夫!」と強そうに振る舞う人ほど、本当はちょっと無理して頑張ってくれている、だとか
・外見が”クール系”の女性ほど、実は繊細で乙女だったりする、みたいなことだ。
そういえば、友達も
「職場では、女性だからと舐められないように、ズボンを履くようにしている。」と言っていた。
聞いた時「そういう考えもあるのか〜」と思って印象に残っていたが、「外見と内面の関係(≒ 矛盾する?)」の話にも似ている。
同じ本を読んでも、その時によって、
共感できる部分や度合いが変わるんだろうな、と思った。
スーパー余談
「強く見えるものほど、弱い」の反対は、
「弱く見えるものほど、強い」。
夫に言わせれば、
「強く見えるけど、弱いのは俺」で
「弱くみえるけど、強いのは(私)」らしい。
おかしい。私は強く見えるけど、「(か)弱い」つもりだったのに。
※
誤解がないように補足すると
「強い」「弱い」は概念的な話で、優劣はないと思って書いています。
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