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詩的な思考でワクワクする未来社会へのイノベーションを創る

神奈川県真鶴町は、高層マンションやショッピングモールがない昔ながらの美しい街並みを保持しています。この町独自の『美の基準』という街づくり条例は、数値ではなく詩的な言葉で規定されており、大規模開発を防ぐ重要な役割を果たしています。今回は、詩的な表現がいかにして唯一無二の価値を生み出すかを探求します。


真鶴町の『美の基準』

『美の基準』は1993年に制定されました。開発の波が押し寄せる中、町民は自らの手で町の未来を形作ったのです。条例には、「豊かな植生」「静かな背戸」「終わりの所」「舞い降りる屋根」「覆う緑」「少し見える庭」「小さな人だまり」「さわれる花」といった詩的な言葉が並びます。

例えば「さわれる花」は、真鶴の魅力の一つは、民家にも公共施設にも花があることと規定。「建物や歩行路の脇には花を植えて、雰囲気を和らげること、花に触れたり、香りを嗅いだり、そばに座れるようにすること」と書かれています。

多くの町では建築規制が数値で定められていますが、真鶴の詩的な言葉によって規定は、建築を計画する人々に『美の基準』が目指す理想を深く考えさせることになります。

真鶴岬:photo ACより

謎かけをしてくるスフィンクス

美学者の伊藤亜紗さんは、『新潮』2024年3月号で、詩的な言葉で示された基準は、印象は柔らかく優しいものの、実際には数値よりも厳しい条件を提示していると述べています。

「ここまでならOK」という範囲が示されているわけではないから、作る側の自由は制限されることになるだろう。それはつまり、価値の問題にそのつど関わるということだ。

伊藤亜紗「坂の町のスフィンクス」『新潮』2024年3月

そして、『美の基準』は「真鶴の入り口で謎かけをしてくる渋面のスフィンクス」だと言います。詩的な言葉は私たちに深い思考を促し、豊かな価値を生み出す可能性を秘めています。『美の基準』の制定から30年がたちますが、真鶴は開発から逃れ独自の景観を保ち続けています。

詩的な技術がワクワクする社会を創る

哲学者の斎藤幸平さんは、2021年の日本経済新聞のインタビューで、詩的な技術によって社会が大きく変わるイノベーションを創出することが重要だと指摘しています。1950年代に登場した飛行機やロケット、テレビなどの技術は、私たちの生活を大きく変えるワクワクする技術でした。これらを詩的な技術と呼びます。こんなことができたら面白い、楽しい、凄いというものたち、『美の基準』のテクノロジー版といえます。

しかし、最近は、スマートフォン、ビデオ会議、AIなど、タイパやコスパを追求する管理機構的な技術の進展ばかりで、詩的な技術のイノベーションは起きていません。タイパやコスパだけでは人生は豊かにはなりません。社会が大きく変わる、あっと驚く詩的な技術のイノベーションを目指す必要があります。

詩的な思考を探求しよう

真鶴町の『美の基準』のように、詩的な言葉で規定された基準は、数値による制限を超えた豊かな価値を生み出すことができます。これは、産業分野においても同様です。数値で考えることから一旦離れ詩的な言葉を目的におくことが、私たちに深い思考を促し、創造的な解決策を見出すインスピレーションを与えてくれます。そして、それは社会全体にとっての豊かさに繋がるのです。

詩的な技術によるイノベーションは、単に新しいものを生み出すだけでなく、私たちの生活や価値観に深い影響を与え、社会をより良い方向へと導く力を持っています。斉藤さんは、「管理脱し『詩的技術』狙え」というメッセージを私たちに伝えています。これからの時代、詩的なアプローチがもたらすイノベーションの可能性を、私たちはもっと積極的に探求していくべきなのです。



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