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風雷の門と氷炎の扉16

『サンが…私の身体に…』

溶ける、溶かされる。
自分の皮膚、筋繊維、神経、血管、内臓にサンの身体は浸潤して、溶かしていくのだろう。
恐らくは今まで経験した事もない猛烈な痛みが自分を包み込むだろう。
今まで散々見てきた。
サンに溶かされてしまい、スカスカになった骨だけが残った犠牲者を。

『いやぁ…嫌だ…嫌だよ…溶けるってどんな痛みなの…?火傷…火傷よりも痛いの…?』

ウリュはチュンッと右上腕に熱を感じ、その直後火傷のような鋭い痛みが走った。

『ここ…これ…この痛みが全身に!?』

絶命するまでこの痛みを全身で味わう事になるという現実に、ウリュは失禁してしまった。
白い着物の下半分が黄色く染まっていく。

「いやぁああああああああ!!!!」

喉が千切れそうなウリュの絶叫が響き渡る。

バシッ!
ガシッ!
バンッ!

何かを殴打する音がした。

「…え…?」

溶かされていくはずの自分の身体に何も起こっていないウリュは、恐怖の中ゆっくりと薄目を開けた。
サンがいない。
見当たらない。

バシッ!
ドカッ!

何かを殴打する音だけが続いている。

『な、何が…何が起こっているの…?』

ウリュは横になったまま、辺りを見回していると自分の身体がフワリと浮いた。
そして浮いたその直後に自分の身体はくの字に曲げられ、何者かに背負われたのだ。

「ヒョウエ!退散だ!退け!退くんだぁ!」

「…!」

「あ…あ…あぁ…」

何度も何度もこの身体にぶつかっていった。
弾き返され、倒され、転がされ、技を使っても術を使っても超える事は叶わなかった。

『この感触…』

「フウマ様…」

・・・

「うぅ…。ウグッ…ヒグッ…うぅ…」

チゼを越えた場所でウリュは座っているフウマの胸に顔を埋め、泣きじゃくっている。
少し離れた場所に腰かけたヒョウエは下を向き、うなだれている。
それが疲労によるものか、心労によるものかは分からないが、ヒョウエは深く頭を垂れている。

「ウリュよ、私は何も…色々言うつもりは無い。話したい事があるならば話せばよい。何も無ければ、落ち着くまでこうしていて良い。」

「ウグッ…ヒグッ…うぅ…」

ウリュは何も話そうとはしない。
というより話せないのだ。

「とりあえず…着替えた方が良いのではないか?ウリュよ。ヒョウエの着物も私の着物もある。」

フウマがウリュの顔に張り付いた髪の毛を人差し指で払いながらそう言うと、ウリュは涙に濡れた顔をガバッと起こしフウマの顔を見つめた。
睨んだという方が正確な言い方かもしれない。

「ん?ウリュよ。なぜ私を睨む?」

「…。」

ウリュはフウマをじっと睨み何も言葉を発しない。
しかし、フウマは構わず続ける。

「諦めるにも…諦めきれんか…。ゼータを殺してしまった。村にも戻れぬだろう。村の長を殺した…ゼータの住処からお前達が走り去るのを部下が目撃している。私がここに来るまでも何度となくお前達の噂を聞いた。」

「何故…何故来たのですか…?フウマ様…」

睨んだままウリュはフウマに聞いた。

「さぁな…。」

「目的も無くここへ来たという事ですか!?意味がわかりません!!」

ウリュは身体を起こし、フウマの胸から顔を離した。
着物がはだけ、若い乳房がまるで絹豆腐のように揺れる。
フウマはため息と共にゆっくりと目を反らせた。

「お前にわかってもらおうとは思わんよ…いずれにしろ…お前達と一緒にいるところを見られたのであれば…私も罪に問われるだろうな。」

「私はゼータの命を奪った!その責任を取らなければならない!フウマ様の罪や命に構っている場合ではないのです!!」

「私はお前達と死ぬ気でここに来た。戦いに来たのだ。私に構わないのは仕方がないのは理解できる。だがどうやってここを…この状況をどうするつもりなのだ?」

「私は…!」

フウマに問い詰められて苦し紛れの言い訳がウリュの口から放出されようとしたその時である。

「あぁ…うるせぇな…うるせぇや…ほんっとに…」

・・・

・・・

・・・


ヒョウエだった。
ヒョウエの声だった。
いつものヒョウエの声だったが明らかに口調が違う。
ウリュとフウマは2人同時にヒョウエの方を向いた。

「ヒョウエ…?今…?何…?」

ウリュは恐る恐る口を開いた。
フウマに食ってかかった様子とは180度違う。
ヒョウエはうなだれたままだ。

「こ、こ…こた…答えなさい!ヒョウエ!何を言ったの!?ヒョウエ!」

ウリュは返事の無いヒョウエを追い詰めた。
しかし、返事が無いままヒョウエはうなだれていた頭を上げてウリュを恐ろしい形相で睨みつけた。

「うるせぇと言ったんだ。お前は頭も悪いが耳も悪いのか?」

「…え…。」

下品な言葉にウリュの勢いが止まる。

「今度はちゃんと聞こえたか?」

「え…?ヒョ…ヒョウエ…?」

「耳クソがたっぷり詰まった腐りかけの耳でもちゃんと聞こえたのかと言ったんだ。聞こえたのか?答えろ。」

「ヒッ…!」

ウリュは思わず悲鳴を上げて、再びフウマの胸に顔を隠した。
フウマは黙っている。

「まったく…しょうもねぇガキだ…返事もできねぇ。何かありゃシクシク泣いて済まそうとしやがって。なぁ?そう思わんか?フウマ様よぉ。」

「ヒョウエ…お前…。」

「何だぁ?フウマ様よ。お前もそこのションベン漏らしたガキと同じで頭も耳も悪いのか?」

フウマは唖然としている。
フウマは絶対的に強靭な肉体だけではなく、ゼータほどではないにしても頭脳明晰である。
更に肉体的に優位な相手には頭脳も回転しやすいという男性特有の攻撃的な特徴も手伝っているはずなのでヒョウエに対してはフウマは圧倒的に優位なはずだ。
そのフウマが唖然として言葉が出てこない。

「まったく…力を使うしか脳が無ぇバカでけぇジジイと、頭を使おうともしねぇ上に力も無ぇ使いもんにならねぇバカ女がイチャイチャしやがって…見てらんねぇよ。お似合い過ぎてよ。」

「ど、ど…どうしちゃったのぉ!?ヒョウエぇ!どうしたのよ!」

「喚くな、ガキ。」

悲痛な叫びを上げるウリュに対して冷酷な声で反応したヒョウエはノソリと立ち上がりウリュを抱きかかえるフウマの元へと歩いていった。

「ヒョウエ、何があった?」

座っているフウマの前に立ち、フウマとウリュを見下ろしたヒョウエはフウマの問いかけに答えにならない返事をした。

「見てらんねぇや…」

「ヒョ、ヒョウエ…。」

ウリュはフウマの胸に埋めた顔を僅かに後ろへ向けてヒョウエを見た。
変わり果てたヒョウエの鋭い眼光がウリュに突き刺さる。

「俺があの門を打ち破る。」

「え…?」

「な…に…?」

ウリュとフウマはヒョウエの言葉が理解出来なかった。
あのヒョウエがあの門を打ち破る事が出来るなど到底思わないからだ。
頭脳に長けており、記録の術を使いこなすが、戦闘にはめっぽう弱いのがヒョウエである。
長い付き合いだからこそウリュには分かるのだ。
あの門を打ち破る事などヒョウエには絶対に出来ない。

「何だぁ?その間抜けな顔は。」

「…り…よ…。」

ウリュはヒョウエに対して恐る恐る声を絞り出した。

「何だ?ガキぃ。聞こえないな。」

ヒョウエの声色が段々と攻撃的なものへと変化していく。

「無理よ!!あなた何を考えてるの!?あなたじゃ無理よ!!」

「フウマ様よぉ。いつまでもそのションベン臭ぇガキをご丁寧に抱えてねぇで、ちょっとこっちに来い。」

ヒョウエは完全にウリュを無視している。
ウリュは完全に蚊帳の外といった扱いだ。
そしてヒョウエはウリュの失禁という古傷をえぐった。
優しく笑い、我儘を聞いてくれて、いつまでも自分について来てくれる、そう信じていたヒョウエという人物像がウリュの中で音を立てて崩れ去っていく。
ウリュの目から何の抵抗もなく涙が溢れていった。

「ヒョウエよ。話は聞こう。だが、ウリュに対しての態度はどういう事だ?」

フウマも現状が理解できない上に自分の弟子として修行に励んでいたウリュへの辱めが我慢できないようだ。

「そんなもん今説明する必要は無い。」

「私が必要だと言っている。」

「フウマ。お前に選択の余地は無い。よほどの馬鹿じゃない限り現状は理解できているはずだ。さぁ、そのガキを下ろして顔を貸せ。」

「…。」

「ひ、一人に…しないで…フウマ様ぁ…」

ウリュはフウマの胸に顔を擦り付けた。
そしてフウマの膝の上でまた失禁してしまったのだ。

「いや!いやいや!いやぁ!!見ないで!見ないで!!見ないでぇ!!ああああ!」

フウマは錯乱状態のウリュを尿の汚れなど気にせずぐっと抱き締めた。

「ヒョウエ…頼む…。ここで話してはくれんか…こいつを放ってはおけん。お前の言う通り現状お前に秘策があるならそれを頼るしか無い。それは分かっているのだ。だから…頼む…。」

「…。」

「頼む…ヒョウエ…!!」

ヒョウエは黙ったままフウマに背を向けた。


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