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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その17


17.    ヘルメットを被ったままの私



お元気ですか。
送ってきてくれた荷物のお陰様で
部屋に生活感が出てきました。
快適です。
しかも冷蔵庫を買ったんです。
四畳半の部屋のテレビの真横に置きました。
これでいつでもキンキンに冷えたビールが飲めるというものです。
テレビを置いて冷蔵庫を置いてギターを置いて
バカでっかいコタツを置いて座椅子に座っても
まだ布団を敷くスペースがあります。
押入れもあります。

そんな僕の冷蔵庫を見た隣の部屋と
その隣の部屋の二人の住人は、
早速僕の真似をして冷蔵庫を買っていました。
これが20歳と18歳の違いとでも言いましょうか。


部屋が充実してきたので
ゆっくりとギターが弾けます。
そのうち絵画でも描こうかと思います。
芸術家になる僕をお許し下さい。


それではお母様。
お体に気をつけて。
またCDデビューしたら連絡します。


直樹より




そんな妄想手紙を脳内でしたためていたら
隣人たちが部屋から出ていく音が聞こえてきた。


もうそんな時間か。
調子が出てきた所なのに。
さてと!
配達にでも行くか。


一日があっという間に過ぎていく。


その日の夕方、
食事を終えて明日の朝刊分のチラシを整えていたら
本城由紀が声をかけてきた。



「真田くんさ。この前すごい荷物届いてたよね。」


「あ、いや、お騒がせしまして。
実家から送ってもらったんですよねー。お恥ずかしい。」


「どんな感じになったの?部屋。」


「ん?えーと、充実して来たよ。快適・・かな。」


「ふーん。いいね。
ねえねえ、今度、真田くんの部屋、どんなだか見に行ってもいい?」



なんと大胆な!
女の子の方から部屋に来たいという申し入れだ。


「え、あ、いや、うん。いいけど。」


辛うじてなんとか受け入れられた。
いつもの照れからくる拒否をしてしまって
後で後悔するという事態は防げた。


生まれ故郷から遠く離れた場所だと
少し違う自分になれる。


「じゃあさ、日曜日だったらいい?夕刊も学校も無いし。」


「お、いいね。」


「じゃあ今度の日曜日、お昼頃かな。千尋ちゃんと麻里ちゃんと
3人で行くね。楽しみー!」



なんだ、3人で来るのか。



楽しみだと言ってくれたけど。
特に何か特別な物は置いてない。
もてなすことも出来ない。



UNOかトランプでも用意しておくか。
布団は押し入れに入れて
掃除機をかけて洗濯もしとかないと。
ゴミもビールの空き缶も捨てよう。



後はなんだろう?



お菓子とかジュースとかいるかな。
いやいや、
女の子が自分の部屋に遊びに来てくれて嬉しいという
心の奥の興奮が表に出てしまっている。


何か用意するのはやめよう。


ギターを弾いてくれと言われたら
どうしようか。
練習しとくか。


んー。
後は野となれ山となれだ。



そして日曜日の昼。



変な噂が立たぬように
隣人の二人には女の子たちが来ることは
言っておこう。



隣の部屋をノックした。


「うえーい。」
生ぬるい返事がしたのでドアを開けた。



テレビを見ている坂井。



「なんか本城たちが3人で俺の部屋見たいって言うから来るねんて。
もうすぐかな。」



「ふーん。」



全然興味がなさそうな坂井。



竹内にも言っておくか。



ドアをノックした。
返事が無い。
居ないようだ。


あいつは実家が茨城で近いから
しょっちゅう帰っている。


しばらくすると
窓の外から砂利を踏む足音が聞こえてきた。
笑い声も聞こえてきた。
自分の部屋に戻って窓から外を見た。
3人はお寺の境内を眺めている。


部屋の窓から声を掛けた。


「おーい。ここここ。
この下の階段から上に上がれるから。」


私の顔を見て3人は笑いながら階段を上がってきた。
私はドアを開けて上がってきた3人に言った。



「どうぞ、どうぞ。こちらです。」



「おじゃましまーす。
うわ、冷蔵庫がある!すごい。」


存在感のあるデカい冷蔵庫が急にウイーンと
音を立てて冷やしに掛かったようだ。


私はお茶を淹れた。
急須で玄米茶を用意した。
紙コップは用意しておいた。


「あ、ありがとう。」



3人は私の部屋のあちこちを隅から隅まで
見ながらコタツの周りに座りながら言った。


「なるほど。こうしたら部屋っぽいね。」
「やっぱテレビ要るよね。」
「冷蔵庫大きいね。」
「押入れが広くていいね。」


「え、この押入れが広い?」


「うん。私の部屋の押入れなんてこれの半分しかないよ。」


「へぇー。」


「絨毯って自分で敷いたの?」


「あー、うん。」


「なるほどね。」



感心してくれている。
本当に部屋を調査しに来た感じだ。



由紀ちゃんはずっと話をしてくれている。
千尋ちゃんはテレビを見たり下を向いたりお茶を飲んだり
キョロキョロしたりしている。
そしてなぜか、
麻里ちゃんが先程からじっとこちらを見ている。



その視線が気になる。
私の顔をじっと見ている。
何か付いてるのか。
知り合いに似てるのか。
それとも私の事を好きになってしまったのか。



そしてついに麻里ちゃんが言葉を発した。



「あのさ、真田くんの髪ってカツラ?」



どっかーん!!



みんな大爆笑。



そういえば、
私はこちらに来てから
一度も散髪をしていなかった。



もう髪の毛が倍ほどになっている。



すっかり忘れていた。
私の癖っ毛は伸びずに膨らんでいくのだ。
私は自分の頭を指差して言った。


「いや地毛なんですけど。でもよく言われる。早くヘルメット脱ぎやって。」


「ヘルメットかぶってるみたいだって!はっはっはっ!」


みんな笑ってくれた。



良かった。
楽しそうだ。


かろうじて持ち堪えた冷静さ。
自分を保っている私。



恥ずかしいような照れくさいような
なんとも言えない感じが全身を包んだけれど、
髪の毛を切った時の爽やかな自分自身を私は知っている。
それに2つも私は年上だ。
自分をネタにして笑ってもらう余裕が少しだけあった。



その後は学校のことや将来なりたい職業を
話した。



由紀ちゃんはフランスに行きたいそうだ。
小説家になる学校に行っている。


千尋ちゃんはジャーナリストになるべく
ジャーナリズムの学校へ。


麻里ちゃんは漫画家になるそうだ。
絶対なりそうだ。
似合っている。
天然な感じと奇抜なセリフが
全身から滲み出ていた。



私のギターとアンプを見て
どんな音楽が好きかを聞かれた。


誰も知らないような洋楽の外人の名前を答えた。
自分でも何を言っているのかわからない。


私は3人に好きな音楽は何かを聞き返した。


由紀ちゃんはJUDY AND MARY。
千尋ちゃんはミスチル。
麻里ちゃんは中島みゆき。



みんなそれぞれ自分の容姿や
雰囲気にあった音楽が好きなのだな。



私はこのまま、わけのわからないままに
歳を取るのだろうか。


みんなに合わせて
みんなの知っている音楽を答えるなんて
私には出来なかった。



そんなこんなで、
飲んでいるお茶も無くなりかけた頃。


何事にも素直で正直な天然の麻里ちゃんの首が
急にカクっとなったかと思ったら
半分寝掛けの顔になっている。


眠たそうだ。


なんども首をカクっとさせている。
そんな麻里ちゃんに気づいて
千尋ちゃんが言った。



「そろそろ帰ろうかな。なんか麻里ちゃん眠そうだし。」



(え、もう帰るの)という顔をしたのは
私ではなく由紀ちゃんだった。


今にも横に倒れそうな麻里ちゃんに
笑いながら「大丈夫〜?」と肩を叩いて言う千尋ちゃん。


「布団敷いてもらったら?」と由紀ちゃんが言った。


今すぐにでも布団で横になって眠ってしまいたい
麻里ちゃんが布団はどこかとキョロキョロした。



しかし突然「やっぱり帰ろう!」と
一気に立ち上がった麻里ちゃん。



不思議で面白い子だ。
漫画のキャラクターみたいな言動をする。
やっぱり漫画家になる人は漫画の中から
出てきたのだな。



3人は立ち上がった。


「ありがとう真田くん。また来るね。」


由紀ちゃんがそう私に言っている時には
もう麻里ちゃんは境内の砂利を踏みしめていた。




3人は帰った。



UNOもトランプもギターも
必要なかった。



ただ話をしただけで
楽しかった。


そんな素朴な関係が
新鮮で嬉しかった。


隣に坂井が居る事なんて
これっぽっちも忘れていた。



〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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