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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その59


59.   100%ミュージシャン!



ステージへの憧れに火が付いた。
付いては消えて、また燃える。
ずっと燃え続けていないところが私らしい。


これは私の人生のテーマだ。
どこに行こうがついて回る私だけの問題だ。
いや、みんなそれぞれにある問題だろう。


なぜ私はステージの上に立つことに憧れるのか。


こんなにも気弱で臆病で人見知りで
声も小さくあがり症。
見た目もパッとしない。
髪の毛もヘルメットのようで目もチグハグで
鼻も低くて唇も分厚い。
猫背で中肉中背で短足。
足もずば抜けて遅い。



本当にパッとしない見た目と
パッとしない中身。
人と目もまともに合わせられなかった。


そんな私もお酒を知ってからは人が変わった。
酒さえ飲めば強くなれる!
気持ちが大きくなって、まるで本当の自分に戻れたかのように
振る舞える。


本当の自分?


そう。
10歳くらいの時の、
自分のことなど全く考えずに
おちょけていた時の私に戻る。


お酒の力を借りてちょうど
みんなの「普通」と同じになれた。


やっと「パー」だ。
ずっと飲み続けていないと
みんなと付き合えない。


でももうお酒を飲み始めて5年が経つ。
15歳で初めて飲みに行ってから5年。
もう飲んでない時でも飲んだ時の状態がわかるように
なってきた。
つまり、フリをすることが出来るようになってきたのだ。


飲んだ時のようなフリをすることで
やっとみんなと「普通」に付き合える。


やっと「普通」を知ったのだ。


気弱でオドオドしていた「オーバーパー」の私が
お酒の力を借りてみんなの普通である「パー」になった。
そして、欲張りにも「アンダーパー」を目指している。



それがステージの上だ!



みんなが私を見るためにやって来るのだ!
私は自分の中の何かを形にして作品にして
ステージの上に置く。


私がしたい事。
それは自分の歌を作って
ステージの上に置く事である。


思えば長かった。
死ぬか、それとも一気に80歳になりたかった14歳の時から
こんなにも人生がまともになっていくなんて。


生きていれば良い方向にも行くものだ。


悪い方向に行ったとしても
お酒を飲んでいれば良い。


死ぬよりはマシだろう。



だって、
お酒を作っている人達が儲かる。


それでは『憧れの火』が付いている間に行動するとしようか。


よし。
では、まずは見た目からだな。




私は以前に由紀ちゃんからもらった美容院のチラシを
こたつの上に広げた。


そして、
その横に「スクリーン」という映画雑誌から切り抜いた
イーサン・ホークの顔写真を並べた。



このイーサン・ホークの顔写真を持って、
この美容院へ行けば良い。
それで全てが解決する。



身も心もすっかりイーサン・ホークを演じきれば、
いつの間にやらミュージシャンくらいには、
なっているはずだ。



私はこたつの上のイーサンをひっくり返した。
イーサンの裏面には絶世の美女ウィノナ・ライダーが微笑んでいる。
どうやら私と付き合っても良いような雰囲気だ。


しかし!
今のままでは自分の殻から飛び出せない!
飛び出すにはまず見た目からだろう。
イーサンになりきって自分に酔って演じて振る舞うんだ!
演じきれ!直樹ホーク!


イーサンになってしまえば会う人会う人がそれはもう、
こう聞いてくるだろう。



「君ってバンドか何かやってる人でしょ?」


「えっ?分かります?
でもバンドじゃなくてソロのアーティストなんです。
あと、お芝居も少し。」


「へぇー。役者さんになりたいのかー。」



「えーっと・・はい!そうです!
作詞作曲が出来て歌もギターを弾きながら歌えて、
それから、
ドラマにも出演する役者になってもう役者なのか
ミュージシャンなのかよく分からない人物に
なりたいんですっ!!」


「そ、それは福山雅治くらいしか、いないんじゃないかな?」


「いえ、泉谷しげるがいます!」


「おーなるほど!しかし欲張りなタイプだねー。
それっぽいんじゃない君?いけるいける!」


「はい!ありがとうございます!
それでいきます!欲張り系でいきます!ありがとうございます!」




よしっ!これくらいにしておこう。
妄想によるイメージトレーニングは完了した。




いざ美容院へ。
きっと平日だから人が少ないはずである。


由紀ちゃんに紹介された美容院は恵比寿という街にある。
聞くところによると、
なんとも高級感が漂っているらしい。
洗練された大人の街だそうだ。



コンビニで地図を立ち読みしておいた。
位置の確認の為だ。


ほうほう。
駅でいうと渋谷と目黒の間か。
代官山というのも近いな。
広尾というのもこの地域か。
高級住宅街だと聞いたことがある。


やはり高級な街のようだ。



「恵比寿ガーデンプレイス」というのが美容院がある場所だな。
・・・・大丈夫か私。
気絶せずに済むだろうか?




渋谷や原宿、いや新宿の駅ですら私には遠い存在だ。



クラスで一番人気の男子が原宿君で、
クラスで一番女ったらしの男子が渋谷君だとしたら、
卒業して芸能界入りして売れっ子になった先輩が恵比寿君だろう。
新宿君はベテランの年配俳優。




今の私のお友達といえば高田馬場君だ。
いつも一緒に遊んでいる。





もうすっかりお友達だ。私だけはそう思っている。
彼と居るのが居心地が良い。




私の唯一のお出掛けと言えば高田馬場。
毎日行く銭湯のすぐ近くの駅『地下鉄東西線・早稲田』から、
たった一駅の高田馬場君。


そして高田馬場君の家でバーガーキングのハンバーガーを食べることだ。
最高だ。


帰りには本屋さんに立ち寄る。
公園で青空営業している古本屋があるのだ。


今日は、居心地の良い高田馬場君の家には行かずに
恵比寿先輩の家に行くのだ。緊張してきた。



致し方ない。イーサン・ホーク化するためだ。
この過程は私の今後の人生にとって必要な過程となるだろう。




では出発するとしよう。



着いた。


ハイソサエティな街。高級感が漂っている。
自分がのどかな下町に居たことを知る。


美容院に着いた。
私は由紀ちゃんにもらったチラシとイーサンの顔写真をポケットから出して手に握りしめた。すぐに見せられるように。


カランカラン♪
ドアを開けたら音がした。



「はい、いらっしゃいま・・・せ」


目があった瞬間に美容師さんの心の声が聞こえて来た。



「(うそだろ?おい。こいつの頭をいじるのかよ!)」



今だ!
早速チラシを見せよう・・・・いや待てよ。


こんなダサい男の知り合いだと思われたら、
由紀ちゃんに迷惑が掛かるかも知れない。
次にここに来た時に、(あのダサい男の知り合いか!)と
冷たい態度で接客されてしまうかも知れない。



私は紹介のチラシを出すのをやめた。



「ご予約のかたですか?」



「いえ、予約はしてないです。」


「初めてのかたですね?」


「はい。」


少しずつテンションが下がっていく美容師さんの
声のトーンを感じた。



「こちらにお掛けください。」


「はい。」



私は鏡の前の椅子に座った。



美容師さんは私ではなく、
鏡の方の私を見た。
そして鏡の方の私に声を掛けた。


「今日は、どんな感じにします?」



よしっ!きた!今だ!


私はイーサン・ホークの顔写真を
ポケットから引っ張り出して急いで広げた。
折り目が付いていてもイーサンは男前だった。




「こんな感じにしてください!」



おっと、裏面のウィノナーになっていた。
私は雑誌の切り抜きを裏返してイーサンに変えた。



私はもう一度、声高らかに注文した。




「こんな感じにしてください!」


答えが出るまでに時間はかからなかった。
いや、時間は必要すらなかった。



「いやー、無理・・・ですねー。」




えっ?なんだって?
む・り?




美容師さんはそう言って私の髪の毛を
触ったりつまんだり櫛で梳かそうとしてみたりした。




いくらなんでも「む・り」とは失礼ではないか。
もっと、こう、やんわりとオブラートに包んだ言い方が
あるのではないだろうか?




美容師さんは続けた。
今度はイーサンの写真に向かって言い始めた。
私の髪を触りながら。




「んー。この髪質ですと、
こんな感じにまっすぐには伸びませんし、
第一に頭の形が全然違いますから、
このようなシルエットというか髪のラインに
なることは決してなくて、近づけたくても
近づけることすらできませんねぇ。
離れていくいっぽうです!
ダメです!生まれ変わっても無理です!」




美容師さんはそう言った後、
お店の入り口に行き、雑誌を一冊手にとって、
こちらに戻って来た。




そして、
その雑誌を私に渡して言った。




「他にもいろいろありますよ・・・」




私は告白した。


「実は僕、ミュージシャンやってまして、で、
もっと、それっぽいヘアースタイルにしたいなーって・・・」



「あっ、なるほどね。では・・・これなんかどうですか?」




美容師さんが私の太ももの上にある雑誌のページの
最後の方をめくった。




ん?なんだこれは?ジャマイカと書いてある。
「ドレッド・ヘアー」と書いてあった。



それはレゲエ音楽をモチーフにしたパーマが紹介されていた。



髪を三つ編みにしたままパーマを当てて、
まるで髪の塊が頭にくっ付いていて、
それはまるで生きた蛇のように・・・・メデューサだ!
そうだ!イメージはメデューサそのものだ。
雑誌の中のボブ・マーリーが微笑んでいる。



「これなら絶対!どこからどう見てもミュージシャンですよ!お客さん!」




100%ミュージシャンに見えるだと!
かっこ良くなくても、イーサンでなくても、
まず見た目が100%ミュージシャンになるのならいいか。



そう思った。



「よし!じゃあ、これでお願いします!」



「わかりました。じゃあまずシャンプーしますねー。」




曲がりくねった髪を束にして、
上手に織り込んでいく美容師さん。


私の癖のある髪の毛たちを三つ編みにしていく。
三つ編みの横にまた三つ編みを作っていく。


そして私の全て髪が三つ編みになったところで一気に熱を加える。


私の頭に何かをかぶせて機械を引っ張って来た。
この機械が頭をすっぽりと覆う。



あとは紅茶でも飲みながら、雑誌を眺めていれば終わる。
男のファッションと男のおしゃれアイテム。
それらの雑誌を読みながら仕上がるのを待った。



頭がぽわ〜っと温かくなってきた。
良い心地だ。



おしゃれな街でおしゃれな大人たちの仲間入りをしている気分。




いや、もうすっかり仲間だ。

これで私の役目が決まるのだ。


「あなたは【ミュージシャン】ですね!」

「はい!私は【ミュージシャン】です!」


これだ!



よし!
今日からは毎日ギターの練習をしようと心に誓った。
順番はこれで合っている。




私の「ドレッド」が完成した。



おそるおそる顔を上にあげて、
自分の姿を鏡で確認した。




髪の毛が大蛇になっていた。
私はついにギリシャ神話の神たちの仲間入りをしたのだ。


もう私の口から何かを話すことはなくなった。
これからは全てこの頭に宿る大蛇たちが話をしてくれる。
食事だけはいつもの口で、しようか。




時計を見た。
3時間掛かったのか!やばい!夕刊に遅れそうだ。
こんなに時間がかかるとは!


急いで大金を払って外に出た。
電車のスピードが猛烈に遅く感じる・・・



部屋に戻らずにそのまま直接お店に向かった。



お店に着くと、優さんが入り口で待ち構えていた。
完全に入り口は塞がっていた。



「なにやってたんだ!
遅かったじゃな・・・い・・・かって・・・
なんだ?!その頭は?」



そうだった!すぐに忘れてしまう!
私はもうメデューサを従えていたのだった。
ヘッド部分だけ100%ミュージシャンになっていたのだ。




あれ?何かいい匂いがする。
食堂に電気がついてる!もしかして!



「優さん!もしかして優子さん・・・居るんですか?」




「おー。居るぞ。今日から復帰だ。」




「やったー!」




私はカニのように横向きにすばやく走って
瞬間移動して食堂を覗いた。
優子さんと目が合った。


「優子さん!復活ですね!いえーい!」


私は両手でピースして見せた。



「な、なに!その頭?」



私はまた自分の頭の蛇たちの事を忘れていた。



「ふわぁ!」



後ろからも声がした。



振り向いた。
やっぱりこの声は由紀ちゃんだった。




遠くから、しーちゃんは無言でこちらを睨んでいる。
さすがは堂々としていらっしゃる。
こんなことには慣れているのだろう。きっと。
社会の荒波にこれから揉まれる仕事をするのだ。
私の頭もジャーナリズム的だ。
解説してもらわなければ。



やっと、しーちゃんが口を開いた。




「いいんじゃない?めっちゃミュージシャンっぽいよ。
なんかこんな感じの音楽あるよね?アフリカだったっけ?チリだったっけ?チリチリだからチリだったっけ?」



「いや、レゲエって言うねんけど・・・」



「民族音楽ね。」



「は、はい。まあそうですね。」



「あーいいじゃん!民族音楽に専攻変えれば?
ニッチな需要あるかもよ!あんま居ないんじゃない?」



優子さんがうんうんとうなづいて、
まな板の方に体を戻した。




「うんうん!そう言われたら、なんかすごいミュージシャンっぽいね!」



由紀ちゃんからもミュージシャンのお言葉を頂けた。




「まじっすか?ミュージシャンっぽいって。
くぅ!!
やっと!・・・ついに!・・・・そのお言葉を頂戴したぜ!!」




しーちゃんが笑った。




「どっからどう見てもミュージシャンじゃん!
ミュージシャン以外には見られないって!ははは!」



「なんでそこで笑う?」



でも笑われた方がすっきりする私。




優子さんが包丁を持ったまま言った。



「いやー、でも思い切ったねー。」


「優子さんが料理してる・・・感動!」




            『おーい・・・はやく行けよー・・・』



由紀ちゃんが手を自分の顎に当てて何か考えている。



「んー。服じゃないかなぁ・・・」



私は聞いた。



「服?」



「そう。服が合ってないのかも・・・
だからなんか面白いのかなぁって。」



しーちゃんの笑った原因を考えてくれていたようだ。




「そうだそうだ!なんか面白いと思ったら服だわ服!頭の下よ!
頭以外の全てのところよ!もっと、そのレゲエっぽい服にしなきゃ。
ネックレスとか要るんじゃない?いっぱいジャラジャラ付けてさ。
ピアスとかしたら?顔も、なんかこう、ヒゲいっぱい生やしたら?」




ずっと目を大きく見開いている由紀ちゃん。




ついに優さんがキレた。



『おい!お前たち!早く夕刊配ってこいよ!話はあとだ。
真田!お前その頭で配達できるのか?」



「え?配達?こんな頭で恥ずかしくないのかって意味ですか?」



「ちがーう!動きにくくないのか、それ?
なんかこう引っかかったりして自転車とか危なくないか?大丈夫か?」




「なるほど。たぶん大丈夫ですよ。
逆に髪の毛に手伝ってもらったら配達が早くなります。」




「は?は、はやくいけ!」




「はい!」



冗談を言う時間ではなかったようだ。




みんな、あっという間にいなくなった。




しかし外見を変えただけで、
こんなにも気分が変わるとは思わなかった。



このまま一気にミュージシャンを演じきるんだ!



自転車に乗ってお店を出て、
歌おうとした瞬間に、両手をポケットに入れたままこちらを見ているイカつい男にぶつかりそうになった。


「あーん?」


声のする方を見た。



やっぱり大野だ。



「なんじゃそれ?!すげえカブリもんじゃねえか!
学校で文化祭か何かあったのかよ?
んで、それ。付けたまんまで配達するんかよ!」




「じ、地毛っす。」



「ま、マジか?」




スゥーっと手が伸びてきて私のメデューサ達をけがしていく大野。




「痛い。痛いっす。」




容赦なく引っ張る大野。



「まじかよ!やるじゃねえか!ロックだねぇ!」




さすがはイカれポンチ。
心にロックだましいを宿す者。




表に出る形がどんな形であれ匂いであれ、
ステージの上に置く作品がどんなであれ、
常識を打ち破る形。


それの答えはロックである。



ロック臭がする私は今、
見た目100%ミュージシャンである。




ロックよ永遠に・・・・




〜つづく〜

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