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新連載 『 15ちゃい 』


第3話 千円札たちの笑顔


新聞配達はやめた。
さんざんだった。


雨の日の配達ほど惨めなものはない。
真っ暗な夜道で一人。


新聞が重すぎて自転車を何回も倒した。
倒れた自転車が駐車場の車に当たった。
黄色いライトの部分が粉々に割れてしまった。
誰にも見られていないだろうか何回も振り返って確認した。
こんな時間、誰も起きてないだろう。



周りを見渡した。
全ての窓の電気が消えて真っ暗だ。
大丈夫。
みんな眠っている。



5階建ての団地が等間隔に並んでいる私の住む町。
いつも、どこかの窓から誰かに見られているのではないだろうかと
いう感覚があった。
実際に目が合う時があるからだ。
そんな町で育った。
両親ももちろん家の中からカーテンを少しだけ指でずらして
外にいる私を見ている。



店長のおっさんは良い人だった。
私が配達を終えてお店に戻ってくるたびに 
ポケットに手を突っ込んで200円をくれた。


「これでなんか飲んで帰りぃ。」

「ありがとうございます。」

「ほら。」


そう言っておっさんは目とアゴでお店の目の前にあるジュースの自動販売機を促した。ここで今すぐ買えと言わんばかりに。


私は100円でライフガードを買った。もう100円はポケットの中にしまった。
私がジュースを買ったのを確認して、ウンウンと頷くおっさん。


「あと、これが今日の配達料や。」


そう言って2千円くれた。



こうして毎回配達が終わるたびに2千円と200円が手に入った。
いや、2千円と100円とジュース1缶だ。
私は今は飲みたくないジュースを自転車のカゴに入れて家に帰った。
そして自分の部屋の机の引き出しからお菓子のアルミの缶を出して、
2千円と100円を入れた。



お金ってこうやって増えていくのか。


特に欲しいものはなかった。
使わないからどんどん千円札が溜まっていく。


貧乏の意味がわからなくなってきた。
仕事をすればこんなにも多くのお金が手に入るというのに。


貧乏になるということは、つまり、仕事をしていないということだな。
私は今まで仕事をしていなかったから貧乏だったんだ。
なんせ母に頼まれたお使いという名の仕事のお駄賃50円の40倍もらえるのだ。


桁が違う。もっと良い仕事をすればもっとお金がもらえるのだろうか。



違う仕事をしよう。
仕事なら、あの求人雑誌の厚みほどにある。求人雑誌に載っていない仕事も存在するのだから、ほぼ無限。なんて豊かな国に生まれたんだ。



そんな「収支」という言葉を知らない子供の私は、
親が私にどれだけのお金を使っているか全く知らずに平和に生きていた。




高校生になった。
新聞屋さんには「高校がアルバイト禁止みたいなんで春休みだけ仕事したらいったん辞めます。」と言った。
結局8日間しか新聞配達はしなかった。
それでも机の引き出しの缶には16枚の千円札たちが笑っていた。
満面の笑みだった。



自転車通学の許可が下りた。
学校に行くのに歩かなくていいなんて夢のようだ。
帰りにどこにでも寄れるような気がした。



さっそく私はまっすぐ家に帰らずに、
いろんなところに寄り道するようになった。



お気に入りは百貨店が二店舗もある駅のショッピングセンターだ。
家から自転車で20分で行ける。
あの自転車で3分で行ける近隣センターとは比べものにならないほど楽しい。



3階建ての建物が連なっている。食堂やレストランがいっぱいある。
オフィスビルも楽器屋さんもパチンコ屋さんもある。
母がお気に入りのドムドムバーガーも。
道はロータリーになっていて、
いろんな方面に行くバスが八の字を描いている。
にぎやかだ。



そして真ん中の広場にはステージもあって、
少しだけ有名な芸能人がたまに来たりする。



小さい頃、親に連れてきてもらった時にはバカでかい風船のような空気で膨らんでいるビニールの人形のようなアトラクションがあり、親にお金を払ってもらってその中で飛んだり跳ねたりして遊んだ記憶がある。



ステージ。
アトラクション。
子供達の笑顔。
人々の喜びの笑顔。



これも仕事だよな。
こんな仕事がしたいな。
人を笑顔にしたらお金になるのかな。


あいにくステージには『アルバイト募集』の紙は貼られてはいなかった。



私は学校帰りに、
催し物がない日の誰も使っていないステージの前の、
観客席と言う名のベンチに座って一人、
ドムドムで買ったパリパリチョコレートのアイスクリームを食べながら、
ずっとステージを眺めていた。



「お、真田やんけ。」



斜め前方から声がした。
中学の時の同級生だった。



「なにしてるん?こんなところで。」



私はまだ自分の思っていることをそのまま
ストレートに言える年頃ではなかった。


「ん?おー、久しぶり!
今このパリパリのチョコレートアイスのパリパリのチョコの部分だけを食べてアイスを丸裸にしようと・・・」



「子供か!」



そういって同級生の中田は私が今着ている制服を眺めているようだった。



「真田ってどこの高校に行ったんやったっけ?」



私たちは現状を説明した。



「チャリンコ通学か。ええなぁ。俺電車や。朝の満員電車たまらんで。」



良い方の『たまらん』ではないことは雰囲気で分かった。



「だからバイク買うたろうと思ってんねん。
俺もう来月で16になるから免許取れるしな。」



私は1月の早生まれだからまだ15になったばかり。
中田は5月生まれだからもう来月には16歳。



「バイクかー!いいなぁ!めっちゃ楽チンなんやろうなぁー。」


「楽なんてもんちゃうで!もうどこにでも行ける。日本縦断もできる。」



私が最近自転車で覚えた『どこにでも行ける』が恥ずかしくなってきた。



「でも金が無いからバイトしようと思ってな。」



「なるほど。バイクっていくらくらいするん?」



「俺が欲しいやつは40万や。」



よ、よんじゅうまん!
千円札が何枚だ?
缶の中の私の千円札たちの笑顔が消えた。



「めっちゃ高いやん。めっちゃバイトせなあかんやん。」



「そうやろ?だから今バイト探してんねん。」



「なるほどなるほど。実は俺もバイト探してんねん。」



「おっ?ホンマか!じゃあ一緒にバイトしようや?」



「うん、いいで。」



「お互い初めてやから一緒のほうが心強いしな!」



「せやな!」



私は自分の記憶の中から『新聞配達』の文字を消去した。




「ところで、真田は何買うん?」




私は返答に詰まった。
欲しいものが無いからだ。



「し、CDかな?」



「や、安いな。」



〜つづく〜

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