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( 5 ) 無防備な時こそ、魔の手が忍び寄る

約2kmの白砂のビーチと周囲がサンゴ礁で覆われた無人島で、日本人、インド人、ベネズエラ人の一行が区分けした訳でもなく、自然とミックスしあいながらグループごとに遊んでいた。

護衛の兵士達も、周囲に誰もいないエリアと判断し、人型ロボットとAIに警戒にあたってもらい、宇宙飛行士達と一緒になってシュノーケリングに興じたり、ビーチで肌を焼いている。

4人の子供たちは一部の女性宇宙飛行士達に可愛がられ、遊んでいた。
遠目では微笑ましいものであったが、母親であるパメラが近くに居たら、怒りだしていただろう。過剰なスキンシップを意図的に演じていたからだ。幼児とは言えども男として異性に対して覚醒しつつある時期だ。少年たちの目の前で揺れる豊かな胸と共に、なぜか心も揺れる。胸をガン見する子供たちを見て、作戦通りに事が進んでいると大人が笑みを浮かべる。
わざと幼児の顔を胸に押し付けたり、幼児たちに日焼けオイルを塗らせて、胸や尻を強調してみせていた。急速に仲良しになる為に彼女たちなりに考えた作戦だった。
本丸のモリは調理にかかりきりになっているし、左右にはフィリピンの議員たちが群がっている。彼らの滞在を少しでも伸ばし、あわよくば子供たちとの再会を約束できれば「次」に繋がる。少なくともパメラ大使の長男のヤマトは、落ちたも同然だった。

この珊瑚礁の島に来る前に、パラワン本島の漁港に寄り、採った魚の9割以上をパラワン漁協に進呈してきた。漁港のセリは早朝で終わっているので大型冷蔵倉庫で保管して、月曜日のセリに出す。大量のサバと数十匹のカツオはパラワン漁協に無償提供され、その対価としてBBQ用の海鮮素材と大量の肉と野菜を受け取って、この珊瑚礁にやって来た。
無人島に上陸すると60人近い全員で食料品からタープやリクライニングチェアなどのキャンプ道具や遊具一式、マングローブ炭などの燃料を下ろして、手分けして設置する。
モリと妻達の担当は調理だ。モリはさっそく焼き手となり、小腹が減った人々に飲料提供ともども、焼いた貝やエビ、野菜炒め等を提供する。この日の主役は宇宙飛行士。饗す為にひたすら働く、休むヒマなどなかった。
焼くだけでなく、持参した複数の100均スキレットでクイック料理を作り始めると焼いたニンニクの香りが人々を惹きつけたようで三々五々集まって来る。
ニンニクを刻んでナンプラーとフィルター濾過した海水で鶏肉を炒めて、最後にバジルを絡めるモリ流ガバオや、刻みニンニクを少量の油で香り立たせ、ブツ切りのトマトと鶏肉を合わせて炒めて、海水と黒酢で味を整えると刻みバジルを載せて皆に提供していた。常にビールを飲みながらの調理だったが。

匂いに引き寄せられるように人々が集まり、ヤシの木の木陰が出店屋台の様になっていた。宇宙飛行士たちがハイボール、ビールとともに舌鼓を打つ。
海鮮BBQ、インド人でも食せる豚鶏BBQよりも、スキレットのまま提供される調理の方が人気を集める。おかげで皿としても使うスキレットが足りなくなり、、、誤算となる。
場所が場所だけに、スキレットをクッキングペーパーで拭き取ってから、海水でザッと洗って料理し、出来上がった料理を妻達が急遽製造した「アルミホイルで作った皿」に盛って提供する。

大統領再任後は登っていないが、登山時に食すスキレット料理だと言って提供すると、
「山でこんなの食べてるんですか!」「美味い!ビールに合う」「閣下は料理もされるんですね!」といった反応が次々と返ってくる。

調理しながら話す。

モリはインスタント食品が苦手で、こうなったと伝える。ガバオ等のアジア風料理は学生の頃に旅していた東南アジア、南アジアで覚えて、スキレットと登山用バーナーで自炊していたと語り始めると、宇宙飛行士たちも関心を持ったようだ。目前のスキレットを食べて酒を飲みながら笑顔を浮かべている。

「旅先ではどうしても外食ばかりになるでしょ?土地の美味いものって、大抵濃厚でこってりした味付けの料理が多いから、どうしても栄養摂取のバランスが崩れる。
長期の旅行で外食ばかりしていると野菜や果物が不足しがちになるし、衛生状態の悪い国では腹を下すって良く聞く。理由は様々だろう。現地の水や氷だけが問題なものではなくて、旅行者の外食続きが最大の原因だと、僕は思ってる。

ウチの娘や孫たちもそうだけど、その土地土地の名物料理を動画に撮って投稿している。
確かに美味しいんだろうけど、過剰塩分とギトギト油分のカロリーオーバーな料理ばかりだ。インドの方々を前にして申し訳ないんだけど、いくらか上がったとはいえ、日本の平均寿命に匹敵する国は極めて少ない。南アジアと東南アジアの揚げ物比率の高さと、カレー料理や中華料理の数々は高カロリー食の象徴でもある。高カロリー食続きとビタミン不足でお腹を壊す人って、結構いるんじゃないだろうか。
僕の周りにいたバックパッカーって、腹の調子が悪いとか、体調を崩してブーたれしている奴らばっかりだったんだ。顔と尻に吹出物が出ちゃったりして。
僕は外食回数が少なかったからなのか、もともと腹が強いのか、腹下しや吹出物とは無縁だった。どんな小さな街でも、必ず市場が有る。外食するより食材を購入する方が安く済む。調味料は現地調達したオリーブ油とビネガーと魚醤の小瓶と小袋に入った塩を持ち歩く。今日のメニューで言えばバジルの代わりにセロリの葉や紫蘇を使って、味を変化させていた。
そもそもがクイックメニューなので、腹が足りなきゃ食材がある限り、何度でも作ればいい。自分の体と向き合いながら野菜や果物を摂取出来るし、外食費用と比べて浮いたお金でビールも飲める。一人で食事するのが嫌でなければおすすめしたい。

このスキレット料理なら、バケットに挟んでも白飯に乗せても合うでしょ?
山では少しでも軽い方がいいから、カットしたバケットか、タダで貰える食パンの耳を持ってゆくようにしているんだ。日帰り登山だと、パンじゃなくておにぎりになる事もあるけど・・」 

「・・養父はこんな人なんです。だから、農業や食料自給率に拘るようになったのかもしれません。スーパーや飲食店も手掛けちゃったし。そうそう、宇宙センターと訓練船での食事メニューも父が監修してるんですよ。野菜が苦手な人には苦痛かもしれませんけど」
「お前の店舗のほうが儲かってるだろう?」とモリが彩乃にツッ込む。寿司天ぷらチェーン店の利益率には、どうしたって敵わない。
「その話は場違い!」彩乃がピシャリと返してきたので、目の前の客人たちに話しかける。

「ここだけの話なんだけど、野菜嫌いな人は選考の段階で落とすようにしたんだ。
仕事量を月間で見た場合、休みがちで日々のパフォーマンスにバラつきがある人がチームに居ると、他のメンバーの負担になりかねないと考えた。よっぽど具合が悪いのは別としても、宇宙は隔絶した空間だから、欠員が度々出るのは好ましくないと思ったんだ。 

ちなみに、ベネズエラ政府のスタッフもどんなに優秀な人でも、野菜果物が苦手な人は採用していない。採血検査結果の数値がおかしな人は、根掘り葉掘り日頃の習慣を医師から聞かれる事になる。
そういいながらも僕も酒好きだから尿酸値が高めなんだけど、ビネガーを毎日摂取して酸化した体を中和するように心掛けている。今食べているチキントマトの方には黒酢を入れている。酸味はトマトだけじゃない。何となくタイ料理っぽい風味になってるでしょ? 
さぁ、皆さんウチの家族をご覧ください。実年齢を明かすと殺されるから割愛するけど、みんな若く見えるでしょ?実際、血管年齢が実年齢より10年以上若いんだ。原因は酢の消費量が多いからだと僕は思っている」

こんな話をすると宇宙飛行士は驚く。身に覚えがある人も居たかもしれない。「なんでアイツは最終選考に残らなかったんだろう?」と疑問に思っていたかもしれない。酔っぱらい達が急に真剣な目に転じたのが面白かった。
宇宙飛行士達が宇宙センターに戻ってから、島で撮った写真や動画を投稿するのだが、「大統領の山メシ、キャンプ飯」として、大統領のスキレット料理が話題になる。調理だけなら良かったのだが、バックパッカーを揶揄するような発言と、血液検査結果が採用条件に加味されている実態がプチ炎上する。炎上した所でモリ本人がSNSや動画配信をしていないので知る由もないのだが。

ーーー

フィリピンの議員たちとパメラ大使のガードが高く、15人居る女性宇宙飛行士達が大統領にどうしても近づけない。夕方には大統領一行とは分かれるので、女性議員たちに接触してから本丸攻略といった段階を取っている時間が無い。
すると、議員たちは夜行のフェリーでスービック市に戻るらしいと誰かが聞きつける。

宇宙飛行士たちのチームワーク力を、モリ家は侮っていたかもしれない。
「もっと閣下のお話を伺えないでしょうか?せめて夕飯まで、ご一緒できませんか?」とチームリーダーが口火を切る。

「酔っ払うと、口がかなり軽くなる」
大統領の傾向を察知した宇宙飛行士達は、大統領を飲ませて判断を鈍らせる手段に出る。同時に、大使の4人の子供に「まだ一緒にいたい」と言わせるように仲良くなるように画策する。議員たちには、ルックスに長けた男性と場の盛り上げる祭がある人材を充てがって、絶えず笑わせ続ける。「我々のチームワークの強さ、思い知るがいい作戦」がいつの間にか遂行していた。
最初に折れたのは議員たちだった。ホテルに連絡して大人8名と子供4名の夕食追加が可能か問い合わせる。可能だとホテル側から返答を貰うと水着のインド女性に囲まれた酔っぱらいに確認を求めると、夕飯を作らずに済むと安堵したのか、嬉しそうに頷いた。

皆で出店を撤去して、荷物を観光漁船に運び入れると宿泊地の島まで移動して、宇宙飛行士たちを降ろす。
議員一行は島の反対側に停泊している小型客船に乗り込み、各自シャワーを浴びて夕方まで自室で過ごした。
夜まで我慢できない議員の何人かの襲撃を受けて、全く休めぬまま観光漁船に乗り込んで、再びホテルの桟橋まで戻ってきた。

「何故、彼らを饗さなければならないのだろう?」と疑問に思いながら腰を伸ばしながら舵を操舵し、桟橋に接岸する。

モリの左右にはアユミ・ダグラス役の杜 蛍と、ショウコ・イグレシアス役の杜 翔子の2人の妻が居る。しかし、この場では3人がそれぞれ政治家として振る舞う。抽選で権利を得た、メディア3社が取材に来ているからだ。それ故に同じホテルに宿泊するのは止めた経緯がある。夜の睦言は人里離れた場所でなければならない。
メディアが予測していなかった大統領ー家の夕食会への参加は、取材権利を得たメディアにとってはツキに恵まれた格好となる。

夕日が美しいビーチで3社のインタビューに3人で応じる。離れの無人島でモリの手料理を食した経緯を宇宙飛行士から既に聞き、動画の提供も受けたというので放映を認める。何を彼らに話したのか細部の記憶が酔った為に無いのだが、無人島では常時そばに居た彩乃と志木さん曰く「問題ない」と言うので、公開に応じた。

浜辺でのインタビューを終えて、ホテルの夕食会の会場に入ると、グランドピアノとアコースティックギターがあるので頭を抱える。嵌められた事に気付く。不思議なもので喉がイガらっぽかったのか、翔子が軽い咳をして小さな声で「あー」と、発声練習を始めた。本人は歌う気なのだろう。先程まで、いい声で鳴き続けていたので
「問題ないです。いつも通りにやって下さい」と翔子に言うと、満面の笑みが返ってきた。
歌声は良くても音痴の蛍は、2人のやり取りが分からず首を傾けていた。

宴会場となる部屋に配置されたテーブルは円卓になっていた。議員をテーブルごとに分散配置する事に決めて、とりあえず1箇所に纏まる。中国人と台湾人観光客が多いのかもしれない。中華料理用の回転型テーブルだった。

パメラが子供たちに「パパ呼び禁止令」を再度徹底している。ヤマト、ムサシ、ナガトの3人は慣れているが、ミカエルは禁止令は今日が初めてだ。スザンヌとスーザンがミカエルにスペイン語で説明している。複数の妻が居ると既に理解しているミカエルは姉妹の説明を理解しているようだった。

日本の女性陣は、漁船で採ったカツオとサバをどう調理するのか、中華っぽくなるのか、フィリピン料理として登場するのか、議論している。カツオは採れたてなので、刺し身がありがたいと思って、蛍を見ると既に眠っている。変な時間に欲求を満たそうとするからだ。 

志乃がモリの視線に気付いて「なに?」と聞いてくる。
「志乃さん、カツオおろせましたっけ?無理なら、蛍にやってもらうのですが」
ところ構わずウトウトしている蛍を見て志乃が笑う。
「分かりました。お刺身でいいですか?タタキは無理です、出来ませんよ。藁や半紙なんて都合の良いものは無いでしょうし」

「各テーブルに1尾づつお願いします。醤油と薬味が厨房に無ければ、諦めましょう」

「了解です。3枚におろすとなったら、今夜は高く付きますからね。覚悟して下さい」
日本語で捨て台詞を残して志乃が部屋を出てゆくので、日本人議員がモリを見て笑う。

叔母の大胆な発言に迎合するように彩乃も動く。「先生、あれって演奏しろって事だよね?試し弾きしておくね」彩乃が笑みを浮かべて立ち上がる。どうせ最初からその積りなのだろう。歌いたくてウズウズしている翔子と同じだ。

「お前しかいないんだから任せるよ。
翔子さん、ツェッペリンは今日は無理そうです。しっとり歌うなら、何がいいですかね?」

「無難にビート()ズというのは如何でしょうか? hey jude を宇宙へ向かう応援歌にして、Let it beで締める、というのは?」
やはり翔子は歌う気マンマンだった。

「なるほど・・。ちょっと彩乃と相談してきます」と言って立ち上がると、ピアノの利用許可を貰いに行っていたのか、部屋に戻ってきた彩乃と顔を見合わせる。昔からの習慣で思わず頭を撫でてしまう。
彩乃は笑みを浮かべてからピアノに向き合い、鍵盤に指を当て奏で始める。我が家で一番ピアノが上手いのは彩乃だ。それに、ウチのピアノよりいい音色だなと思う。

20年前、我が家へやって来た第一世代の末っ子は、当時、中学生だった。もの静かな娘だった彩乃も今ではフィリピンで下院議員として政治家の道を歩みだした。無垢だった娘の人生を一つの方向へ導いてしまったのも、我が家の一員になったが故だろうが・・。

「歌い手が翔子伯母さま一択なんだから、任せましょう。今まで何度も演ってる曲だし」
翔子のアイディアを伝えると彩乃は合意した。

30を過ぎても童顔なままの彩乃は、モリの中ではまだ学生の扱いだった。孫の三人娘と扱い的には同格に近いかもしれない。孫の方が可愛いのは事実だ。
彩乃との間でも2人の子を成したが、その子達は彩乃の母親である幸乃の実子のような気がしている。彩乃の姉の幸の場合はそうは思わずに、「サチとオレの子」という認識でいるのだが・・。 

「でも、その2曲だとギターはいらないよね? ギターも見せたいから、先生が弾ける曲を教えて・・」
媚びるような顔をしながら言われると、座った彩乃の胸を上から覗き込んでいた視線を、アコースティックギターに移す。ギターを手に取ると、明らかに安いモデルだと分かる。
真新しいのだが、聞いたこともない会社の製品だった。フィリピンは個人製造が乱立しているので、そのうちの一つかもしれない。手にとって弾いてみるとすごく最初は柔らかな優しい音なのだが、音が共鳴してしまうのか、それとも反響するのか、篭ったノイズ音がやや残ってしまう。マイクをギターから離して、音を拾うベターな配置を探そうと考える。

チューニングをしていたら、ミカエルがゆっくり近づいて来たので、音ズレのまま咄嗟に思いついた曲を演奏する。ホワイトアルバムから選曲「I will」だ。ミカエルに向かって思いを込めて歌い始める。
彩乃がピアノを弾くのを止めて、立ち上がる。ミカエルの背後に移動して肩に両手を当てて2人で聞く体制に入った。親子には見れず、「年の離れた姉と弟」と見てしまう。ミカエルが彩乃を見上げて2人で微笑んでから、こちらを見る。童顔と幼児の組合せだからなのか「なんか似てるなぁ」と思っていたら、テーブルにいた議員たちもこちらへゾロゾロと集まってくる。

モリの生歌は初めてだったのだろう、目覚めの蛍が驚いている表情が愉快だった。何度も目を擦ってはパチクリしていたので、夢と現実の間に妻は居たのかもしれない。女性に向かって歌を捧げた事は一度もないが、その手の行為に及んで見るのも今となってはアリなのかもしれないと考えて、途中から蛍を思いながら歌う。必然的に蛍と時折、視線を合わせる。蛍の頬が赤みを帯びて、視線を合わせられなくなり下を向いてモジモジし始めたので、やはり試す価値はありそうだと改めて思った。

その頃、一同が知らぬ間にホテルが面する浜辺でちょっとした事態が起きようとしていた。

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手漕ぎの双胴船が闇に紛れるようにして浜辺を目指していた。
幸いにして波も穏やかで、順調に向かっていた。エンジン音もしないので軍隊には見つからないだろうと言うフィリピン軍人の読みも間違えではなかった。

フィリピン兵の読みは少々甘かったが、浜辺への到達は達成できそうだ。既に赤外線スコープで監視している中南米軍のロボットと兵士に双胴船と漕ぎ手3人は捉えられていた。ホテルの明かりが3人を輝かんばかりに照らしている。暗闇でも見えるのだから、僅かな反射でもこうなってしまう。彼らの目的は検討もつかないが、ひょっとしたら、ホテルに連絡してきた、乗り遅れた記者かもしれない。既に到着している社のメンバーから合流手段を相談されたが、例外は認められないと却下した。それでもトライして来たのなら、受け入れるしかない。
「上陸したらデルタ組は奴らの背後に廻れ、オリノコ組は奴らの正面に廻れ!全員、盾を忘れるなよ。影から突然現れて、相手が何も抵抗しなければ職務質問を始めろ。いいか、近隣の島の住民やメディア関係者の可能性もある。単なるファンが押しかけたのかもしれない。ひよっとしたらホテルの従業員関係者かもしれない。とにかく3人の見極めを第一とする。スコープで捉えた体型では、どう見てもプロとは思えんのだよ、オレには」

「了解」と幾つかの笑いを含んだ声が重なる。

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「こんな目に合うとは思わなかった・・」

島の沖合まで曳航されてくると、ボートだけで3人で2時間近く漕いできた。目的の島へ向かう船は全て運航停止で、漁船に交渉しても厄介ごとはゴメンだと断られた。港を封鎖しているフィリピン軍に聞いても諦めろ、無理だと言われた。

マニラタイムズのフィルグ・アーガス記者は事故渋滞で飛行機に乗り遅れ、取材チームから一人、遅れてしまった。見習いの新人記者とベテランカメラマンが現地に居るので、フィルグ無しでも取材は出来るが、当初は予定に無かったベネズエラ大統領の訪比により、同社の看板記者としての誇りが掻き立てられた。取材の権利を得た3社ではマニラタイムズが最も知られているので、このチャンスを逃したくはなかった。人類が月面で活動を始める最初のメンバーとプロジェクトの事実上のオーナーとの懇親の場だ。発着も訓練も会議も全て、祖国フィリピンが舞台となる。なんとしても外れる訳にはいかなかった。名記者として名を成した人物だけに、しつこさと諦めの悪さは、手練の記者達同じだった。港の埠頭で停泊中の船の船舶主や船長に土下座しながら訴え続けていた。
記者の熱意に絆されたのか、フィリピン軍の兵士が発言する。エンジンを積んでいない船なら島に近づけるかもしれない。中南米軍がどの程度の保全体制を島で敷いているかわからないが、仮に島へ近づけたとしても上陸を許されるかどうかは分からないと言う。
兵士の助言を得て、記者は再度漁船主と港湾会社に直訴し、社が必ず全額支払うし、あなた方に一切の迷惑は掛けないとフィルグ記者は頭を下げた。

商売上がったりでヒマになっていたパラワン島の港で、フィルグ記者がこの日の唯一の金づるだった。

ーーーー

「組織」にとって、大統領と議員一行を襲撃するには最良のタイミングなのだが、この厳しい警備を掻い潜る策が見当たらないでいた。その八方塞がりの状況下で、名記者だと知られている男が頭を下げて方方でお願いしまくっている。

「手漕ぎ船で島への上陸のサポート」
日雇いの船員として埠頭にたむろっている男達の中に紛れていた2人は、仕事依頼に手を上げる。

「ダメ元で、記者と行ってみようじゃないか」と決意する。島へ上陸出来ても出来なくても、新聞社から相応の給金が貰えるのだから。

(つづく)


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