見出し画像

【ヒモ男シリーズ】拝啓、ヒモ男様

 あなたとの素晴らしい一夜を過ごした後、またお会いしたら普段の生活に戻ることができないと思い、もう会わないと決めたものの、繋がりは失いたくなくて、ときどきメッセージを送らせていただきましたが、律儀に返ってくるあなたのからのメッセージの一字一句に、心おどらせたり落ち込んだり、一日のうちで何度も躁鬱状態を繰り返し、気も狂わんばかりですが、お返事をくれたタイミングからあなたの行動を想像し、身近に感じ、折れそうな心を何とか支えてきました。しかし、未練がましくこんなことをしていてもきりがないので、このメッセージを最後に、あなたとの関係を終わらせるつもりです。
 あなたのように愛してくれた方は他にはいませんでした。たとえ一夜でも、なんの取り柄もないわたくしのような女を、まるでお姫様かなにかのように崇め、大切に扱ってくださったあなたを、愛さないでいる方が無理なのです。あなたの優しい愛撫を思い出しただけでも、体中が熱く燃え上がります。しかし、あなたは仕事柄、相手にする女性たち全てに対し、同じように振る舞っているのだろうと考えると、狭量なわたくしにとっては、ただただ胸が締め付けられるほどにつらく、嫉妬で気が狂いそうになってしまうのです。あらゆる女性に対し、平等に接することのできるあなたは、多くの人には真似のできない素晴らしい素質の持ち主だと思います。わたくしのような独占欲の強い人間とは真逆です。このギャップを埋める折り合いのつけ方など、果たして存在するのでしょうか。
 わたくしはこの苦しみから逃れるために、こう考えることにしたのです。あなたは男という精霊……女に悦びを与えるために、あらゆる場所を吹き抜ける"風"のようなものなのだ、と。なまじ肉体のつながりを求めるから、会えないとつらいのです。でしたら、あなたの存在を不可視の空気にまで昇華させ、いつも身近に感じることができれば、わたくしはこれ以上悩むことはなくなるのではないか、と。
 そう思うようになってから、ふっと気が楽になったのです。わたくしだけのものではないけれど、いつでも存在を感じ、吸い込むことができる。体という枠に限定されなければ、きっとこういうことが可能なのです。わたくしはここに、未来の男性の姿を見ます。
 男を男たらしめているY染色体が消滅するのではないかと言われていますが、生物の長い歴史の中では、オスとメスのあり方もひとつではありません。カタツムリのように雌雄同体であったり、オスがメスに、逆にメスがオスに性転換する魚も何種類もいるのです。もしも人間やそれに類する動物のオスがいなくなる運命にあるとしても、きっと新たな繁殖の方法を見つけることでしょう。 
 わたくしが効率が良いと思うのは、ブルーヘッドという魚のように、群れの中で一番大きなメスがオスに変化するというものです。もともと皆メスなら、今ほどには嫉妬に悩まさせることもないでしょうしね。人間に置き変えたら、きっとあなたとの関係を性欲処理として割り切って持続させることのできる強靭な精神を持つ女性が、オスに変わるのでしょうか。
 未来の男性と書きましたが、もしその存在を感じさせるだけで女を悦ばせることができたとしたら……ふうっとひと息吹けば、女という女に幸福が訪れる世界……あなたはその先駆けなのでしょう。宇宙人は、人間にはめったに見えない、別次元の存在だと聞いたことがあります。ヒモさん、きっとあなたは宇宙から来た方なのです。現在の人間には感知することが不可能な未来の生物が、人間の姿を借りて現れたのです。誰にでも分け隔てなく優しいあなたには、その可能性があります。そして、そうあってくださることで、わたくしのような女が救われるのです。
 このように思わせてくれたあなたとの出会いに感謝します。どうかこれからもお元気で、さようなら。

(了)


次話「ヒモ男のとある1日」

前話「ヒモ男と歌うたい」

第1話「ヒモ男のラブラブラブホテル」

この記事が参加している募集

眠れない夜に

多様性を考える

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?