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走馬灯

走馬灯の中に
自分の知らない映像が紛れていた

「経験した事しか流れないですよ」

そう言われはしたものの
全くもって心当たりが無く
ただ思い出せずにいる片隅の記憶なんだろうか?

知人に紹介をされて来たのは
現時点までの走馬灯が見る事が出来ると言う場所
そこはアパートの一室で
ベルを鳴らすと中年の女性が出迎えた

もし自分が今死んだとしたなら
現時点で見るであろう走馬灯を
生きているうちに見られると言う
不思議な体験が出来るらしい

ソファーに寝かされ軽い催眠をかけられる
意識ははっきりとしたまま夢に堕ちる訳でも無く
いくつもの映像が頭の中を駆け巡った

ただそれが本当に走馬灯なのかどうかの確証は無く
でも子供の頃の忘れていた映像や初恋の思い出
他人には知り得ない事が蘇っては切り替わる

そして最後に出て来たのは身に覚えの無い記憶
見た事も会った事も無い女性がそこにいて
仲良さげに腕を組みながら僕に笑顔を向けていた

どこか懐かしい雰囲気を感じものの
一体誰だったんだろうか?と
体験が終わった後もずっと気になって仕方ない

その女性は絵に描いたような理想の顔と性格で
実際に会っているのなら忘れるはずなど無くて
モヤモヤしながらその日が終わり
布団に入って電気を消した

天井に貼られた蛍光シールを眺めながら
もしかして、と思ったのは
妄想の中で作り出した人では?と言う事

寝る前に、眠れない夜によくイメージをしていた
架空の女性を頭の中で作り上げて
デートをしたり遊んだりと言う寂しい妄想遊び

寝つきが悪い時などは特に
その人の生まれ育った環境や好きな音楽
ファッションや学生時代の事など
細かい設定まで創り上げた

すると、ごくたまに夢にまで出て来てくれて
夢の中でデートの続きをしたりもする

もちろん翌朝に目覚めたらその姿は無いけれど
現実にいない人まで走馬灯に現れるなんて
どれだけ女っ気が無いのやらと笑ってしまう

無意識下の脳にまで刻まれるほどの
幸せな経験をしている夢の中の自分がズルく思えた

どんな顔だっけ?
昼間だと集中して創り上げるのは難しく
街を歩きながらすれ違う人を見て
あんな感じか、いや全然違うか
あれでもない、あの人は?いやもっとこう

なんて薄い記憶を辿りつつ見比べていたら
全身に電気が走ったような衝撃が突然走った

正面から、まさにその人そのものの
容姿と服装と髪型と、が歩いて来て
頭の中のイメージとぴったりと重なった

思わず足が止まって時間が止まって
いやスローになって、瞬きさえも忘れるほどに

そんな僕の見惚れた視線に気づいたのか
振り向いたその人と目が合って
あれ?今は夢の中だっけ?
と錯覚してしまいそうなる

でも確実に今起きている現実で
初めて会う人のはず

ただ通り過ぎてすれ違うだけの人のはずなのに
でも何故か軽く会釈をされて
つられて僕もお辞儀を返して

やっぱりどこかで会った事が?
いやそんなはずは無く

すぐ横を通り抜けるその女性を
そのまま気のせいだと見送る、のを
何とかしたいもどかしさで振り返ると

その人も足を止めて振り返っていて
でも何て声をかければいいのやら

「どこかでお会いしましたっけ?」
なんてありきたりすぎて
「夢の中で似た人を」
とか本当の事だけどキザなナンパみたいで

近寄って何も考えずに出て来た言葉は

「いきなりすいません、…走馬灯でお見掛けして」

そんなおどおどした声が出て
かなり不審に思われたことだろう

でも女性はポカンと驚いたような顔をして
「私を、ですか?」
と嫌な素振りを見せずに答えた

そして「何ですかそれ?」と笑い出した
よほど面白かったのか腹を抱え涙目にまでなって

その笑顔に少し安心して緊張がほぐれて行く

たどたどしくも走馬灯が見れる所があって
そこに登場して、と説明をしたら

女性は真っ直ぐに目を見てこう言った

「私もです」

「え?見たんですか?」
「私も走馬灯であなたを見た気がします」

「え?同じ所に行ったんですか?」
「いえ、そんな気がするだけです」

話しが嚙み合わないまま、でもそれが心地良くて
そのままの流れで場所を変えてお茶をすると
ものの数分で打ち解けて気が合って

そして女性はこう打ち明けた
「たぶん夢の中で何度も会ってると思うんですよ」

気持ち悪がられるのが嫌で
寝る前の事や夢の中の内容は話していなかったのに

「僕も会った気がするんですよね」
「じゃあ、初対面じゃないですね」

何だか夢のような気持ちで、でも確かに現実で
夢なら残酷すぎるからもう覚めてくれと思いつつも
いやずっと続いて欲しいと矛盾しながら

珈琲に砂糖をひとつ入れる女性を見て

「あれ?砂糖は三つじゃ無かったですっけ?」

思わずそう言っていた
片隅にある夢の中の記憶がそう告げていた

「バレました?大人ぶってみたのに」

すでにお互いのいろんな事を知っていて
答え合わせをしながら新しい事も知っていく

「今は夢かな?現実かな?」

と何度も二人で言い合いながら
気づけば何時間も過ぎていた

案外夢の中の出来事はあなどれなくて
現実ともしっかりと繋がっているのだろう

次に走馬灯を見る時が来たらその時は
彼女がその大部分を占めているに違いないと思った

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