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【経営学34】M&Aの重要条項解説 前編(キーマン条項、MAC条項、アーンアウト条項)

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はじめに

M&Aが一般的な言葉になってきて早数年。
読者の皆様の中にもM&Aを経験してきた方が多くいらっしゃると思います。

ただ、M&Aの契約書を熟読したことがある方や編集等したことがある人は超少数派ではないでしょうか?
おそらく経営企画、CFO、財務、法務の管理職クラスじゃないとM&Aの契約書をチェックする機会はほとんどないと思います。
実は、弁護士の中でもM&Aの契約書を作る経験をしたことがある人は少数派です。
多分全体の2割もいないのではないかと思います。

それくらいM&Aはまだまだレアケースなのでしょう。

そして、いざM&Aの契約書を見る機会に出くわしたとき、きっと思うはずです。

『うっわ…だっる…』

と🤣

稀に数ページで終わる短い契約書もあるんですが、たいていは10ページ以上あることが普通で、長いときは30ページを超えてきます。
その上で条文の構造、書き方もややこしいものばかりです。
最初にその雛形を作った人間は何を考えていたのかと思うこともあるほど。
たぶん文章を複雑に書くことだけに特化して来た方が作ったのでしょう🤔

M&Aの雛形にはそういうものが多いです。

しかし、それはある意味致し方ないのかもしれません。
なぜなら、M&Aは複雑かつ長期の交渉の末に成立することが多いので、細かい決め事まで全部契約書に反映させなければならないからです。
その場合、どうしても条文は長くなりますし、複雑化していきます。

M&Aに慣れている優秀な弁護士さんが作ったM&Aの契約書は、短い言葉でシンプルに書いていることが多いので、ページが嵩んでも非常に読みやすく、編集もしやすいです。
そういう弁護士さんに当たったときはラッキーなので、次回以降もその人に依頼することを強くオススメいたします。
契約書をわかりやすく書ける弁護士さんは貴重です。

そういう弁護士さんがお知り合いにいる方は全く心配いりませんが、まだ出会えていない方は、M&Aの契約書でよく出てくる重要条項について概要を理解しておきましょう!

ということで今日はM&Aの契約書に出てくる重要条項を解説していきたいと思います😁
前編と後編に分けて解説していきますが、この記事は【前編】でございます!

なお、本記事で使う用語は、以下の定義で使用しています。

売手:M&Aの売手
買手:M&Aの買手
対象企業:M&Aの対象となっている企業
M&A契約:原則として株式譲渡契約を想定しています



1.キーマン条項

最初に知っておいた方が良い条項は「キーマン条項」と呼ばれている条項です。


(1)キーマン条項とは


キーマン条項とは、M&Aにおける売手の重要人物(キーマン)について、M&A後も一定期間対象企業に存続してもらう義務を売手に対して課す条項のことをいいます。

ここで重要な点は、義務が売手に課されている点です。

M&Aはあくまでも売手と買手の契約なので、売手と買手にだけ契約上の義務が発生します。
そのため、売手の従業員(M&A契約との関係では第三者に該当)に対して一方的に義務を課すことはできませんし、効力もありません。

そのため、キーマンを対象企業に留まらせる義務を負うのは売手です。
そして、その義務に違反した場合、つまりは一定期間内にキーマンが退職してしまった場合は、売手側に義務違反が発生し、賠償又は違約金を支払うことになります。

賠償金の予定条項まで入れるかどうかは案件次第ですが、私は最初から賠償金の予定額を決めておくべきだと思っています。
その方が双方にとってリスクを読みやすいですから。

キーマン?


(2)キーマン条項を入れる意義


特定の個人が経営に及ぼす影響が大きいケースはよくあります。
中小企業の場合は特にその傾向が強く、利益の大半を一部の社員が上げているケースも多いです。

そういうケースではキーマン条項を入れておきたくなるでしょう。
これは買手にとって重要な論点です。

しかし、従業員や役員を対象企業に確実に留まらせる方法は今のところありません😰
辞める意志が固い人を引き止めることはできませんし、やる気のないキーマンに残ってもらっても買手の目的は達成できないでしょう。

そのため、キーマン条項にどこまでの意味があるのかは怪しいところです。
あくまでも売手の努力義務を規定するだけですから、あまり効果はないようにも思えます。

だからこそ、キーマンが退職した場合や転職した場合、在籍はしているけど全くやる気を出さずに怠業をした場合などにはお金で解決するべきだと思います。
そのためにも、キーマン条項には予め賠償予定額を定めておくべきでしょう。

一方で、キーマンが売手自身である場合(売手が個人株主で、かつ、代表取締役も務めているような場合)は、直接的な義務を課すことができるので、絶対に入れておくべきです。
また、キーマンが売手ではないが、対象企業の代表取締役や取締役クラスの人たちである場合も、M&Aのディールに深く関わっているでしょうから、契約書にキーマン条項を入れ込むことに意義があります。
その場での口約束を書面に落とし込むことである程度の心理的拘束力が生まれるでしょう。
この場合でも、賠償予定額は定めておきたいところです。

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(3)キーマン条項の期間設計


キーマン条項の期間は、案件によって様々です。
幅としては3ヶ月~5年程度の開きがあります。
一般的には、キーマンが代表取締役及び取締役であれば2~3年、管理職で1~2年、その他社員で半年前後という感じかなと思います。

買手は、キーマンが在籍している間に代わりとなる人物を採用するか、育てるかしないといけません。
人は必ずどこかで引退・転職しますから、早めに代わりを見つけておくと良いでしょう。

一方で、売手としてはキーマン条項の期間をできるだけ短くしておく方が良いです。
あまりに長く義務に拘束されるのはM&Aの成功を不安定にします。
売手の多くは、エグジット(利益確定)を目的としているでしょうから、いつまでも過去のディールに縛られるでは意味がありません。

できる限り早く引き継ぎを済ませ、いつでも辞められる状態にした方が双方にとって良いかと思います。

お疲れ様でした!



2.MAC条項

続いてはMAC条項について学んでいきましょう!
この条項も多くのM&A契約に入れ込まれています。


(1)MAC条項とは


MAC条項とは、「Material Adverse Change 条項」の略称で、契約締結日からクロージング日(決済日)までの間に、対象企業の経営に重大な悪影響を及ぼす事象が発生した場合に、買手の決済を免除することが定められた条項のことをいいます。

つまり、この条項は「買手を守るための条項」であるといえます。

不動産取引をしたことがある人はわかると思いますが、不動産にも似たような決まりがあります。
売買契約から、実際の引き渡し(登記)までの間に、不動産が滅失したり、火事になったりしたら、売主・買主のどっちがそのリスクを負担するのですか?という論点です。
この論点については、原則として、引き渡し時点までは売主(旧所有者)にリスクを負担する義務があります。

M&Aでも似たような決まりになっているわけですが、M&Aの法整備はまだ整っていないので、どちらがリスクを負うかは当事者の合意によって決められます。
そのため、MAC条項は、その合意を明確にしておくために設けられる規定です。

ただ、単に規定しておけばいいかというとそうではなく、何がMAC事由(重大な悪影響を及ぼす事象)に該当するのかをしっかり話し合わないといけません。

双方納得の上で契約!


(2)MAC事由とは?


どのような事象をMAC事由と位置づけるのかについては、アメリカと日本で大きな違いがあります。
アメリカのM&A契約は非常に長い文章で書かれるので、契約書が一冊の本くらい分厚いことがあるそうです🙄

一方で日本では、長くても数十ページです。
そのため、MAC条項を入れるとしても抽象的な規定でしかなく、具体的に何がMAC事由に該当するのかわかりにくい契約書になっています。
そのような契約書だと、いざMAC事由らしき事象が発生したときに争いになります。

この点について、日本の裁判所はかなり限定的な解釈を採用していて、MAC事由に該当する事実は、財政状態に悪影響を及ぼす具体的な事実だけだと解釈しています。

例えば、不動産市況が悪化したこととか、単に営業利益が予想より下がったことなどはMACに該当しないという判例が出ています。

【東京地裁平成22年3月8日判決】
社会的な不動産市況の下落というような、対象会社であるY2の資産に固定に生じるものではない一般的普遍的な事象については、本件株式譲渡契約書2条2項における譲渡代金の調整の原因にはなる余地はあるにしても、本件株式譲渡契約書6条4号3文(MAC条項)においてY2による表明保証の対象となり解除の原因となるものではないと解するのが相当である

ただ、太字で示したとおり、解除事由や決済の免責事由にはならないけど減額事由にはなり得るといっています。
これは一つのヒントですね😏

買手視点でいうと、MAC条項をもし入れるのであれば、まずは何がMAC事由に該当するのかをできる限り具体的に書くべきです。
当事者でよく話し合って、MAC事由を列挙しておきましょう!

それでも尚、MAC事由が発生した場合は十中八九争いになるはずなので、最低でも減額事由に該当するように条文を作っておくべきだと思います。
これが買手としての防衛策です。

一方で、売手視点で見ると、MAC条項そのものにメリットがありませんから、極力排除した方が良いです。
通常、M&Aは売手の方が強いですから、そこは交渉次第でなんとでもなると思います。
しかし、買手がほとんど見つからず、売手の交渉力が弱い場合はMAC条項を入れざるを得ないだろうと思います。
その場合でも、極力MAC事由を限定的に列挙して、リスクを明確にしておきましょう。

裁判所が限定的に解釈してくれるとしても、その裁判費用、時間的コストを考えると、争いになるとマイナスしかありません。
具体的に列挙しておけば、比較的争いになりにくくなるので売手にとっても良いでしょう。

契約書は明確に!



3.アーンアウト条項

前編の最後はアーンアウト条項について解説していきます😁
最近のM&Aではちょいちょい見かける条項なので、知っておいた方が良いと思います。


(1)アーンアウト条項とは


アーンアウト条項とは、クロージング(決済日)からの一定期間で、あらかじめ合意した経営目標をクリアしたことを条件として売買代金の残金を支払うという条項です。

要するに、経営目標をクリアしたら残りのお金を支払ってやるぜ!という買手有利の条項です😁
条件付き分割払いみたいなものです。

この条項はなぜ生まれたのか。

それは、売手と買手で価格の折り合いがなかなかつかないからです。

M&Aというものは、売手側に情報が偏っています
これを売手と買手の情報の非対称性といいますが、この情報格差が発生していることによって、買手は慎重な価格設定をせざるを得ません。
バラ色の未来を想像して価格を決定してしまうと、高値掴みをさせられますし、それはM&Aの失敗に直結します。

それゆえ、買手はできる限り価格を抑えたいのです。

一方で、売手は対象企業のことを誰よりも理解していることが多いです。
自社の未来を信じて経営を行っているでしょうし、自社のビジネスモデルに自信もあるでしょう。
だからこそ、売手は高い売値を設定してしまいがちです。

この両者の溝はおそらく一生埋まりません😱
M&Aでは双方が100%納得して売価が決まるなんてことは稀です。
どちらかが高い又は安いという思いをしています。

それを調整する一手段としてアーンアウト条項が生み出されたと考えられます。
アーンアウト条項を入れておけば、買手としては、一定の経営目標が達成された段階で支払えば良いのである程度高値掴みリスクに対する予防ができます。
売手も経営目標さえ達成できれば残金を貰えるので、より多くのお金を手にすることができます。

そういう趣旨で規定されるので、アーンアウト条項は最近のM&Aでは少なくとも検討の対象にはなると思います。
特に先が読みづらいベンチャー企業のM&Aでは重要な条項の一つです。

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(2)経営目標の設定


アーンアウト条項で最も難しい論点は、どのような経営目標を設定するかだろうと思います。
ここが最大の悩みどころです。

売手としては、経営目標の明確性とコントロール性を重視したいと考えるでしょうから、通常は売上高目標を基準にしたいはずです。
非常にわかりやすい経営目標です。

一方で、買手としては、利益が重要ですから、販管費やその他コストを考慮しやすい営業利益目標、純利益目標、EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)目標などを基準にしたいと考えることが多いです。

私の見解でいうと、売上高目標は止めたおいた方が良いと思っています。
売上は「作れます」からね🤔

また、キャッシュフローを考慮しない形式的な利益(営業利益等)を目標とする場合も注意が必要だと思います。
売上や利益はある程度恣意的に作れるものなので、より具体的な目標値に落とし込んだ方が安全度は高いかなと。

ただ、売手の経営陣が信頼できる人たちで、会計処理もしっかり行っていて、売掛金や在庫操作などで売上・利益を水増ししたりしないといえるのであれば、売上や営利を目標としてもいいと思います。
その場合であっても、会計処理は買手側でやった方が良いでしょうし、大きな案件の売上は契約書の実在性に対するチェックを入れたほうが良いと思います。

粉飾は意外と多い



(3)期間の設定


経営目標を設定した後の論点は、その目標をいつまでに達成するのかという論点です。
アーンアウト条項の相場はまだないと思いますが、通常は1~3年程度の期間を区切って経営目標の達成度合いを見ます。

ただ、M&Aディールがあまりに長く続くのは双方にとって得策ではないでしょうから、3年はちょっと長いのでは?と思うところもあります🤔
1~2年で良いのではないかと。

もちろん、経営目標がかなり高い目標で、かつ、目標達成によって支払われる対価も大きいのであれば、3~5年の期間設計でもおかしくないと思います。
このあたりはM&Aの価額次第だと思います😁

ただ、売手の視点でお話すると、あまりに長期に及ぶアーンアウト条項は、将来発生しうる不確実性リスクを全部引き受けることになってしまうのでオススメできません。
ここ数年の出来事でわかったとおもいますが、世の中いつ何が起こるかわかりません。
将来の不確実な事象に基づいて対価が支払われる条項というものは、買手には有利ですが、売手にはあまりメリットはありません。

できる限り短い期間設計で区切ってM&Aディールを終わらせた方が公平だと思います。
そして、期間を長く設定するのであれば、それ相応の対価をもらうべきだと思います。

こんなはずじゃなかった



おわりに

今日はM&A契約でよく出てくる重要条項について簡単に解説させていただきました。
まだ前編なのですが、結構難易度高くなってしまったなと思っています🤔

やはりM&Aは難しいですね。
だからこそM&Aにかかわる士業やエージェントは報酬が高いのだろうと思います。

これから10~20年くらいはM&A業界は活況だと思うので、一発大きく稼ぎたいぜ!という方はM&Aの実務を学べる会社に行くと良いかもしれません。
ただ、お金以上に信頼がものをいう世界ですから、本当の意味でのプロフェッショナルを目指す方が得策だと思います。
そのためにも、会計・法律・経営戦略の基礎を学んでおきましょう!

M&Aのプロを目指す若手の皆さん、又はすでに経験豊富で売手・買手双方の立場に立ったアドバイスをしたいという方は是非WARCも候補の一つとしてご検討ください!
募集枠が空いていればM&A事業部をご紹介します😁👍


では、次回後編でまたお会いしましょう🎵



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著者:瀧田 桜司(たきた はるかず)
役職:株式会社WARC 法務兼メディア編集長
専門:法学、経営学、心理学
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