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読み物としても意外に深い。『みんなのユニバーサル文章術』安田峰俊


うまい文章を書くのには才能が必要で、どれだけ練習しても、経験を積んでも難しいです。文法的に正しくても名文にはなりませんし、状況によっては単語の羅列だけでも、すばらしいメッセージが伝わります。

でも、最低限ちゃんと相手に伝えないといけない文章なら、がんばって練習すればできます。それが、この本のコンセプト「今すぐ役に立つ「最強」の日本語ライティングの世界」でしょうか。「最強」かどうかはわかりませんが、一般読者の平均を中学生くらいに想定するのは、かなり妥当だと思います。きっと安田さんが、以前大学生を相手に仕事した経験が活きているのだと思います。

この本で、安田さんは基本の「キ」から教えてくれます。例えば、なるべく一文は短くして、主語と述語を対応させる。算用数字とアラビア数字を統一する。同じ言葉や表現を何度も繰り返さない。漢字や専門用語の間違いがないことを確認をするなどなど。

どれもめちゃくちゃあたりまえなのですが、私の日常的体感では、20代から30代の人の半分以上が「普通に」文章書けません。大体が一文30文字くらいの短い文章の羅列になります。がんばって長く書こうとすると、言葉遣いがあちこち不自然で、接続詞や助詞がおかしくて、漢字の間違いもあり、本当に読みにくいです。まあ、意味はわかるんですけど。

久美沙織さんが、むかし『新人賞の取り方教えます』という本を出したのですが、まず最初に「小説の新人賞に応募するなら、まず、ちゃんと小説を完結させてから原稿を送ってください」と書いています。信じられないかもしれませんが、世の中、あたり前のことをあたり前にできる人は、想像以上に少ないです。「いい文章」以前の「ちゃんと読める文章」も実はハードル高いです。

以前、斎藤美奈子さんは『文章読本さん江』という本をまとめた中で、昭和にたくさん書かれた『文章読本』は、男性の有名な文筆家が「人生のあがり」として、一般女性をターゲットに書いたと喝破しました。そして、彼らのいう「いい文章」や「名文」の定義はあいまいで、新聞記事とか雑誌記事なんかの文章を想定した権威主義的なものだったとも指摘しています。

しかも、そういう『文章読本』を書く名文家たちは、小説家でも新聞記者でも型破りな人たちで、他の人には書けない個性的な文章を書いてきた人たちです。でから、『文章読本』で彼らが「いい文章」と言っているものを、実は彼らは書いていないという矛盾。

そういう意味では、この安田さんの本は、男性視点、そして世間一般の人の「文章力」をちゃんと理解したアンダーな視点から、斎藤さんの『文章読本さん江』を補強する内容になっています。

安田さんは主にウェブ雑誌に記事を書いて、その後、それらの記事をまとめて本を出しているフリーライターさんです。だから、ウェブに掲載する文章の単価がどれだけ安くて、アクセス数をかせがないと執筆料を上乗せできないか、アクセス数を稼ぐにはいかに下世話な話題で多くの人を惹きつけないといけないかを、ユーモラスに教えてくれます。

そして、ウェブサイトに掲載する文章と、書籍用の文章が別ものという指摘は、かなり重要だと思います。これはご自身の最初の本が、ブログの書籍化だった経験から実感されたのでしょう。安田さんのブログは、専門的な話から下世話な話まで、うまくオブラートに包んでユーモアに表現しているので好きでした。

そして、ウェブメディアに掲載した文章を本にするときには、ちゃんと文体を考慮してまとめて、なおかつ読みやすさはそのまま維持できる点がすごいです。大学院でも歴史書を読むトレーニングもされているので、取材時点での事実関係の正確さは担保されていますし、中国語ができるので、日本人以外の人を取材するときには、ちゃんと信頼できる通訳を同行する重要性も知っています。でも、そういう彼の数々の長所は他人にマネできるものではないので、この本には書かれていません。

今の10代の人たちは、日常的にはLINEの短いメッセージを、ある程度の情報を共有できている人とだけ送り合います。そして、大学生になって初めて大学の先生や就活関係でメールを使います。100字以上の文章なんて、ほとんど書かない人が普通だし、書いてあることもちゃんと理解できず、誤読する人も多いです。

この安田さんの本は、そんなLINE以外の長い文章を書いたことのない人や、よく知らない相手に文章を書きたい初心者向けです。SNSを使って、うまくコミュニケーションをとりたい初心者の練習にも楽しいエピソード付きでわかりやすいです。

だから、本当に文章をどう書いたら良いかわからない人には、前半がおすすめです。自分の文章に自信がある人は、後半のウェブ関連の部分はおもしろいです。そして、今どきのウェブメディアやSNSに興味がある人にも楽しい読み物になっています。



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