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『おもてなし幻想』の話

今回は先日読んだ本を紹介したいと思います。

その本とは『おもてなし幻想 デジタル時代の顧客満足と収益の関係』(マシュー・ディクソン、ニック・トーマン、リック・デリシの共著)です。

サービス業に従事するものとして興味をそそるタイトルだったので手にしましたが、非常に驚きの内容でした。

まずは版元の実業之日本社による紹介文を引用させてもらいます。

「お・も・て・な・し」で上手くいく時代は終わった!

『ウォール・ストリート・ジャーナル』のベストセラー『チャレンジャー・カスタマー』の著者による待望の新刊!

一般的に、顧客ロイヤリティを上げるには、感動的な顧客サービスが必要だと思われている。しかし、9万7千人のお客さまに、顧客サービスの対応経験について統計的な調査をしたところ、その結果は私たちの想定とはまったく異なるものだった!

つまり、「感動的な顧客サービスは、顧客ロイヤリティを上げていくことには関係がなく、ある程度の顧客サービスを行っていれば、顧客ロイヤリティは一定に保たれる」ということだったのだ。

本書では、「ひとが問題解決のために、顧客対応した場合、顧客ロイヤリティに4倍悪影響を及ぼす」と説く。
たとえばその背景理由のひとつに、商品についてポジティブな体験をしても、25%しか周りに伝えないのに対して、顧客サービスでネガティブな経験をしたら、65%が周りに伝えるという。

では、私たちはどのような顧客サービスを提供すれば良いのだろうか?
……ヒントは、「顧客に努力をさせない」ことだった!

顧客と長く付き合っていくために必要なサービス・サポートのあり方が、
明確になる目から鱗の画期的な一冊。

「お・も・て・な・し」と言えば2013年9月のICO総会における滝川クリステルさんのスピーチが思い出されます。

彼女のプレゼンテーションは非常に印象的で、それが東京オリンピックの招致の決定打となったとまで述べる人もいたほどです。

その後しばらくのあいだ「おもてなし」という言葉が各メディアを通じて日本中でもてはやされていたことは記憶に新しいところですが、実はもうあれから5年が経過し、すでに東京オリンピックまであと2年を切っているのです。

この間の東京オリンピックがらみの話題といえば「新国立競技場問題」や「築地・豊洲問題」など大人の事情とも言える負の側面ばかりで「おもてなし」の具体的な内容がクローズアップされることまったくと言っていいほどありませんでした。

そして心なしか当時と比較して滝川さんをメディアで拝見する機会も少なくなったような気がします。

わたしがテレビをほとんど見ないせいかもしれませんが。

いずれにしても、東京がめざす「おもてなし」とはいったいどのようなものなのか興味は尽きません。

***★***

『おもてなし幻想』はタイトルが示す通り、これまでわたしたちが信奉していた「おもてなし」を否定する刺激的な内容となっています。

わたしたちが思い描く「おもてなし」は、”感動のサービス”だったり”手間暇かけて提供されるもの”だったり”なによりもお客様を優先すること”だったりと、心づくしのサービスを行うことでお客様との信頼を築いていく形態が一般的でしょう。

これは日本に伝統的に備わった美徳のひとつとして根強く尊重され、日本の誇りとも言える価値観です。

本書の主張、提示される調査結果、印象に残ったセンテンスを一部抜粋します。
・顧客の期待を上回るサービスの提供はロイヤルティにとってほとんどメリットがなく、業績にもほとんど関係ない
・顧客のロイヤルティを高めるためには「顧客に手間をかけさせないこと
・顧客満足と収益のバランスを保たなければならない(喜びの戦略は割に合わない)。
・カスタマーサービスは、攻撃ー顧客を喜ばせるために全力を尽くすーよりも防御ーイライラや遅延を防止するーに力を入れるべき。
・顧客はサービスの優れた会社をほめるより、サービスのお粗末な会社を切り捨てる方がずっと早い。
・顧客はただ約束されたものが手に入ればそれでとても満足している。
・カスタマーサービス・インタラクションはロイヤルティよりもディスロイヤルティを促進する可能性が4倍も高い。
・わたしたちは製品を理由に企業を選びながら、サービスの失敗のせいでその企業から離反することがたびたびあるのだ。
・たいていの顧客はセルフサービスで解決できれば何の不満もない。
・顧客努力は足し算の時代から引き算の時代へと突入している。

これらはほんの一例ですが、いずれもわれわれがこれまで正しいとしてきた価値基準へ一石を投じるものばかりで、いったいこれまでの努力は何だったのかと目を覆いたくなるような内容が並んでいます。

本書では「おもてなし」という表現に代表されるもてなす側の投じる過剰とも言える”時間的経済的心的コストが発生”するサービスは、顧客ニーズとしてはそれほど重要ではないものに対して余計な投資をしている状態であり経済的ではないと説明されています。

そしてまた、そういった過剰なサービスは時に「おせっかい」と見做され、顧客離反を伴うディスロイヤルティへと繋がりかねない危険と隣り合わせであるとも主張しています。

顧客にとってなによりも重要なのは、顧客努力を減らすこと。つまり、「期待以上のサービスだったよ」と言わせるよりも「おかげで手間がかからなかったよ」と言わせるべきであり「顧客努力を減らせば、顧客ロイヤリティは高まり、売り上げも伸びる」ということがこの『おもてなし幻想』の主題です。

***★***

最初にこの『おもてなし幻想』は「おもてなし」を否定する内容だと述べましたが、誤解のないように敷衍すると、正確には「おもてなし=過剰サービス」という認識を否定しています。

盲目的かつ一方的な「顧客第一主義」は本来お客様が求めているものとは違うもので実際のところは提供する側のエゴが多分に含まれている、ということを非難しているのです。

本書の副題である「デジタル時代の顧客満足と収益の関係」を見て分かる通り、”デジタル時代の現在(未来)”のお客様の視点に立って彼らが満足するレベルのサービスを企業としての収益性とのバランスを計りながら提供することが、顧客との関係性を長く継続する上で非常に重要な観点だということです。「おもてなし」の意味を現代版にアップデートすると言い換えてもいいでしょう。現代の情報化社会における顧客第一主義とは「顧客努力の軽減」つまりお客様の手間を省くことです。

当然ながら「顧客努力の軽減」は一律に求められるものではなく、業種ごとに違いがあるのが当然で、加えて地域差、環境差、世代、性別、などなど差異の発生する要素はいくつも存在し、また時代による流動性も伴うものなので、企業ごとの工夫が求められます。

現在世界で最も企業価値の高いAppleが非常にスマートかつシンプルで操作性の高い製品を扱っていること、そしてそれを猛烈な勢いで追いかけるamazonのECサイトが例えば楽天のそれと比較して非常にシンプルで目的の商品へスムーズに誘導してくれるデザインとなっていることは決して偶然ではなく、ストレスの少ない「UI(ユーザーインターフェイス)/UX(ユーザーエクスペリエンス)」設計を戦略的に構築しているからこそであることは、ここまで読んでくださったあなたならよくご理解いただけるでしょう。

今回の短い紹介だけでは説明しつくせませんし場合によっては誤解を招くこともあるかとも思いますので興味のある方はぜひご一読されることをおススメします。

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