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断りきれない。ああ、貉。

「影は、私を掬ってくれる?」

自分の身体が恐ろしいほど強烈な浮遊感に襲われているような感覚に、身震いした。

腕にも力が入らない。頭は、頭痛とは違った"違和感"に悩まされ、わたしは奇妙さを覚える。

痛くはない。

ただ頭にある"核"みたいなものが、自分の身体の外へ放り出され、ひとりでに動いているような、そんな感覚だ。

わたしは次第に生きている心地さえしなくなり、街を有象無象に駆けゆく人々は、上司から下された司令を忠実に熟す特攻隊のように見える。

ああ。それはね。純真で、脆くて、どこまでも透き通った海の中を泳いでいるような気分なんだ。

あなたには、それがきっとわかると思う。

とっても、怖いんだ。

目印にできるものすらそこにはなくて、自分がどこを泳いでいるのかも、わからないの。

深く穢れのない、真黒に染まりきった透明な海の底で、

自分という存在が、わからないの。

わたしの周りを泳ぐ人々が、わたしに近づいているのか、離れているのか、それさえも。

それがどのくらい怖いか、わかるかな。


それは、言葉を持たない赤子なんだ。
それは、形をもたない撚り糸なんだ。
それは、名前を持たない痛みなんだ。

かき消される。透明な真黒い海の底では、私がどれだけ言葉を放っても、それは誰にも届くことのない声となって、弾けてしまう。

小さく、静かに震えて、溶けているの。

こわいな。あたたかいな。

私なんか、いなくなっちゃえばいいのに。

パチンッ。

でもね、あなたの声が、聴こえたの。

「どんな騒がしいところでも、キミの声ははっきりと、聴こえる。だいじょうぶ。」

大好きなあなたの、その纎く優しい声が、
触れたら消えてしまいそうで、脆くて、食べてしまいたいくらいに、たまらなく愛おしくて。

近くにいるのに、どんどん遠ざかってゆくような気がするんだ。

きれいなのに、むさくるしい。
しあわせなのに、さびしい。
あいたいのに、はなれたい。
だいすきなのに、だいきらい。

世界が滲んでみえるけれど、ほんとうは私自身が滲んでいるだけなのかな。

消えかけて、いるだけ、かな。

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