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ひとつなぎ

悪い出来事は、まるで何かのトリガーをふと引いてしまったみたいに、短期間に、繰り返し、集中して起こってしまう。

そしてなんとなくだけど、わたしはそういう悪い出来事が起こる予感を、肌で感じ取り、察知することができるようになった。

ううん。なってしまった、の方が正解。

「だめや。あかん。これは今、なにやっても上手く行かへん。」

わたしは、物事がそんなふうに「ああ、自分の思い通りにならへんのや」とわかった瞬間、目を両手で覆い、見えないふりをする。

「いまのわたしには、何も見えへんし、聞こえへん。誰のことも知らん。どうなってもいいの。わたしの知らへんところで、勝手に過ぎ去ってしまえばいいのや。」

遅刻や寝坊、音信不通なんて日常茶飯事。「またあの子ドタキャンしてはるわ」なんてことを言われ続けてきた。大好きだった親友には裏切られ、大学を卒業してもアルバイトを転々とする、そんな人生を過ごし、今年の春で30歳が過ぎた。

そんなん自分が社会不適合者なんてとっくのとっくに分かっとるわ、なんてことを、混雑した人の多い表通りに立ち止まり、大っぴろげに言いたくなるけど、

結局素直な気持ちを言ったとて、相手のもつ「だらしない」という私に貼られたレッテルを、わたし自身が拭うことなんてできへんし、言い返すのも阿呆らしい。

だから、言わんかったの。

そんなふうに、黙って、黙って、耐え続けて、偽りの仮面にわたし自身を灯す。そうすると人生の厭なことの大半は、割に早く過ぎ去ってくれる。

急に学校や会社に行きたくなくなる理由って何なん?って、聞かれることが多いけど、

仕事が嫌とか、人間関係に困ってるとか、ぜんぜんそんなことやない。

頭やお腹が痛いとか、雨が強く降っとるとか、買ったばっかりの新品の服が汚れてしまったとか、そんな、仕事とは何の因果関係もない、些細などーでもいいことがあっただけで、

今日はなんか行きたくないな、的な気分になる。

たぶん、わたしと同じような気持ちでおる人は、たくさん社会の中に潜んで隠れているんやないやろうか。

でも、誰にも気づいてもらえないのよね。


厭なことが1つスタートをきってしまうと、糸で数珠玉を貫くみたいに、多くのものを、ひとつなぎに、駄目な調子にする。


逃げて誰かを傷つけて、迷惑をかけた。

それだけのはずやったのに、わたしだけの問題やったはずなのに、地球上に存在する予定調和の全てが、音も立てずにポロポロと崩れ去っていく。


朝起きてから、腹痛が治まらない。

彼と会う約束をしていた日に、彼が体調を崩してしまった。

親しい友人を、交通事故で亡くした。


関係ないはずの、1つひとつの出来事が、まるで繋がることが当然であったかのように、するすると、糸に絡みとられていく。


わたしはこわくなった。

このままやと、わたしはまた、周りの大切な人たちを、ひとつなぎにして、殺してしまうのではないやろうか、という恐怖に。

わたしは胸がはち切れそうになった。

苦しかった。息が詰まるくらいに。



わたしはある日の仕事帰り、駅ビルの7階にある大きい本屋さんへ立ち寄った。

特に本を買う予定もなかったけど、ふとした1冊に偶然出逢えることを期待して、出口の分からない迷路に彷徨った男の子みたいに、

溢れんばかりの冒険心と、少しの緊張感を胸にして、歩き、探し回った。

その時だった。近くから、赤ちゃんの啜り泣く声が耳に入ってきた。それはそれは、人を悲しく愛おしい気持ちにさせる泣き声やった。

右の方を振り向くと、絵本に興味を示し、それを手に取ろうとする赤ちゃんと、危ないからと、ベビーカーを絵本から遠ざけようとするお母さんの姿が目に入った。

赤ちゃんは気にいった絵本を自分のものにできなくて泣いたのだろうけど、

そのとき、なぜか、わたしの目には、1粒の涙が、滴り落ちていた。

驚きやった。

今まで、大人になってから自分がどれだけ悲しい感情を抱いても涙を流せんかったのに、

このあと二度と見かけないかも知れない赤ん坊が、わたしの「泣く」という感情の代弁者となってくれた。

すごいな、赤ん坊。すごいな、赤ちゃん。

わたしは、思った。



わたしも誰かの感情の"代弁者"になりたい。
わたしも誰かの感情の"表現者"になりたい。



そう。

いまも世界中の赤ん坊は、泣けない人のためにどこかで涙を流している。


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