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プンコの魔法

少しずつ涼しさを感じるようになり、夏が終わろうとしている空気を肌で感じている。
暑さの和らいだ日中に犬の散歩をする人もちらほら増えてきた。小さな手で一生懸命リードを握る子とそれを見守る親の姿を見かけ、私は幼少の頃の自分を重ね合わせていた。

小さい頃、両親は共働きだったので私を育てたのはほとんど祖母だった。祖母は昔から厳しい人で、食事は正座でちゃぶ台だったし、配膳や片付けも率先してやらねば怒られた。その割にお箸の使い方は「クロス箸」だったりするのでよくわからない部分もあった。悪いことをすれば烈火のごとく怒られるし夕方学校から帰ると絶対に相撲中継しか見せてくれないので、祖母に苦手意識は少なからずあったが、祖母の作るまっ茶色で古臭い料理は抜群に美味しくいくらでもおかわりできた。ご飯前にお菓子やアイスを食べようものなら、やはりきつく叱られたが。

祖母との思い出はたくさんあるが、最も記憶に残っているのはとにかく屁をする人だった、ということである。

飼っていた犬の散歩によく祖母と行った。小学生の私と同じくらいの大きさの巨大雑種犬で、連れて歩くのが楽しかった。ワガママを言ってリードは私が持たせてもらい、祖母は後ろからニコニコしてついてきてくれる。散歩ついでにお墓参りにいくこともあり、コースは決まって川沿いを歩く。私にとってその夕暮れ時は、かけがえのない時間だった。

ある夏の日の散歩中、ジージーと鳴りやまないセミの鳴き声の中、祖母が言った。

「あ~プンコでる」

プンコというのは、我が家において屁を意味するオリジナルワードである。ちなみに名付け親は祖母である。稀に「プンコちゃん」とちゃん付けをするくらい可愛がることもあり、正直意味不明だった。孫のことは呼び捨てなのに、屁はちゃん付け。なんそれ。屁より孫のランクは下なのか。

話は戻る。その時の私は厳格だった祖母からプンコというワードを聞いただけで腹が爆発しそうになったのだが、続けざまに祖母は「たぶん、今から一歩ごとにプンコでるよ、聞いてみ」という。すると本当に歩調に合わせて「プンっ、プンっ、プンっ、プンっ」と爽快なリズムを刻みだした。さながら幼児のピヨピヨスリッパだ。私は世界が崩壊しそうなくらいに大きな声で笑い転げてしまい、その勢いで犬が逃げ出した。祖母は「あっ!」と声を出すと同時に犬を追いかけ始めたのだが、そのダッシュに合わせて「プンッ、プンッ、プンッ、プンッ、プンッ、プンッ」とまたもリズムよく刻まれた屁に、私はもう限界であった。

後ほど犬を連れて帰ってきた祖母は、リードを離した私を叱ったあと「面白かったやろ」と言いながら手をつないで帰ってくれた。夏の暑さで汗ばんでいた私の手を、なにも気にせずぎゅっと握りしめてくれた祖母のしわくちゃの手はとても暖かかった。
ご飯前にもかかわらず寄り道して買ってくれたアイスクリームは、いつもの何倍もおいしかった。

祖母は私が小学校6年生頃に亡くなってしまった。厳しくしつけてもらったおかげで、魚の食べ方などはそれなりに綺麗だとおもっているし、正座も苦にならない。相撲も興味深く見ることができ年上の人間と話を合わせることもできる。自分の所作の端々に見え隠れする祖母の姿は、いつも私を支えてくれたし、そんな自分が好きだった。

学生時代に付き合った彼女が、一度ふいに屁をしてしまったことがある。その時に場を和ませようと思い、「あ、プンコちゃん?」と口にしてみたのだが、恥ずかしさから混乱していたのか、彼女は私が「プンコちゃん」なる謎の女と浮気しており、今彼女と間違って浮気相手の名前を呼んだのではないか、と問い詰めてきた。誤解はすぐに解けたのだが、そのあとはなんだかうまくいかなくなって結局別れてしまった。

おそらくあの世でも元気にプンコをしながら歩いているんだろうな。
夏の夜、クーラーの利いた部屋で祖母に思いを馳せて一人プンコをしてみた。今はもう会えないはずの祖母に包まれているような気持ちになった私は、しばらく何もない天井を見つめたあとそっと布団に潜り込み、ぎゅっと目を瞑った。

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