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シルバーリングの輝きは、あの頃のままで

「あんた、この指輪何か覚えてる?」

たまたま実家に帰った時、母親に指輪を渡された。
センターにひねりが入っただけの、シンプルなシルバーリング。

「いらんのやったら捨てるし、私が貰っても良いよ」

冗談めかしながら母親が僕の部屋を出る。
僕は、机の上に残された指輪を見つめた。

この指輪を買ったのは、今から14年前。
僕が20歳の時だ。

指輪には傷や汚れがひとつとしてなく、恐ろしい程に変化がない。
まるで、指輪の周りだけ時が止まっているように感じた。

まあ、この指輪が変わらないのは当たり前だ。
だって、なるべく変化が出ないものを選んだんだから。

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『そのリング、プラチナでできているんですよ』

『プラチナ?』

店員さんに説明を受けた僕は、聞いた言葉をそのまま聞き返した。
当時の僕には、アクセサリーの知識なんて殆どはくて。
素材の違いや良し悪しなんて、全然分からなかった。

『プラチナは錆びに強く傷も付きづらいので、
 劣化が少ない金属と言われています。
 お二人にぴったりだと思いますよ』

『劣化しない…良いですね』

店員さんの受け売りのまま僕がそう言うと、彼女は少し顔を曇らせる。

でも、ちょっと高くない?
 予算を大分オーバーしてるよ』

学生だった僕たちは、ひとり2万円程度の予算でペアリングを探していた。
でも、このリングは女性用が3万5000円。
男性用は2万円以下だけど、お互いプレゼントし合おうと話していたので僕の負担がかなり大きくなる。
でも、僕はちょっとカッコをつけてこう言った。

『いいじゃん、これで。
 これぐらいなら、バイト増やせば大丈夫』

『でも…』

『これ、気に入ってるんでしょ?
 顔見れば分かるよ。俺もこれが良い』

そう、彼女はきっとこのリングを気に入っている。
他の人から見ても分からないかもしれないけど、僕にはそれが分かった。

『気を使わなくても良いよ。
 私の方だけが高いんだし』

僕は、ううんと首を振った。

『これが良いの!
 だって、劣化しないならさ。
 何年経っても、ずっとつけていられるじゃん。
 就職したり、結婚したりしたらまた新しいの買おうよ』

『…ほんとに良いの?』

彼女が心配そうに僕を見るので、余裕な顔を作った。

『楽勝楽勝!まだ貯金あるし。
 これにしようよ』

そう言いながら、僕は店員さんにお会計をお願いした。
もちろん、本当は貯金なんてない。
来月は、いつもの1.5倍ぐらいシフトを入れよう。
そんなことを考えていた。

『ありがとうございました。
 つけて行かれますか?』

店員さんがそう言ったので僕が目配せすると、彼女は笑顔を浮かべた。

『お願いします!』

喜ぶ彼女を見て、僕も嬉しくなった。

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『なんで、私がこのリング気に入ってるって分かったの?』

お店を出ると彼女が質問をしてきたので、僕は答えた。

『そんなの、顔見ればわかるよ』

そう言うと、彼女は少し照れくさそうな顔をした。

『そんなに顔に出てた?』

『余裕で。丸わかり』

『そっか。
 じゃあ、どこが気に入ったかも分かった?』

うーん。難しい質問だ。

『デザインとか?』

『残念。違います!』

彼女は楽しそうに言った。
性格悪いな。
こういう時は、下手に出るに限る。

『降参です。
 どこがポイントだったんですか?』

すると、彼女は満面の笑みを浮かべてこう言った。

『正解は、私もプラチナが良かったから。
 そしたら、ずっと綺麗なままだから。
 結婚するまで付けてられるでしょ?』

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あの時、二人が思い描いた通り。
指輪には、今も傷も汚れもない。
何一つ変わらないシルバーリングには、あの頃の空気が封じ込められている。そんな気がした。

僕は、指輪をそっと自室の机の上に置いた。
母に使われても、最悪捨てられても別に構わない。
でも、自分で捨てる必要もないと思った。

もう一度、指輪に目をやって。
心の中で、それに語りかけてみた。

多分、お前の相方はもうこの世界にいないけど。
僕は、自分の手ではお前を捨てないと思う。
あの頃の僕の瑞々しい気持ちが、お前の中に残っている気がするから。
だから、しばらくはそのままにしておくね。

思い出は、いつかは消えてしまうけど。
自然に消えゆくその日まで、あの日の気持ちだけは輝いて欲しいと願う。

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